肉料理 ガッツリ鹿肉ハンバーグ 完食
それから半月近くが経過した。
ロモニー村の気候そのものは相変わらず過ごしやすく、食事も同じくとても旨い。
しかしとある事情がモラルの平穏な日常を、みごとぶち壊しにしてくれていたのだ。
「ううーむ、フリーガンよ。今日は雨だから畑仕事は休みだな? ならばバシュターナ並みにきわどい恰好をしている女の子ばかりが居るお店で、オレと一緒にいけない遊びにふけらんかね、むふんっ」
多種多様なきつい香水の匂いをぷんぷんと漂わせたタルタドポスが、モラルの小屋へと朝帰り――否、朝訪問にやって来た。
小雨の日に恫喝して以来、タルタドポスはずっとロモニー村に滞在していた。
第二王都に戻るのはまだ早い等といった言葉を吐いてはいたがそれは全くの嘘偽りで、連日ハメを外したいが為の下手糞な言い訳である事は誰の目から見てもバレバレな事実であった。
タルタドポスは連日この調子だった。
果たして何時睡眠を取っているのだろうか、彼は連日いかがわしい店をはしごをし、雨の日はモラルを無理矢理女の子が居る店へと連れ出そうとし、晴れの日はモラルが畑仕事などに精を出している間、勝手にモラルの住まう小屋に女連中を連れ込んで乱痴気騒ぎを起こすなど、やりたい放題な生活をおくっていた。
これらの行為はモラルにとって、先の言葉責め等よりもよっぽど心に堪えていた。
己の生活空間に勝手に土足で上がり込んでくるどころか、人の生活習慣そのものにまで関わって来られれば、誰でもきっと腹に据えかねるものがあるだろう。
モラルは本気で迷惑がっていた。
ここまでくるとタルタドポスがモラルの元にやって来た目的が、別のところにあったのではと邪推してしまう。
それこそ女遊びの為だとしか思えない。
あるいは連日女遊びで悩ませる事によって、モラルをこの村から追い出そうと図っているあまりにも遠回りな計略である可能性も、否定は――いや、それは無いかとモラルは思い直す。
思い返せばタルタドポスは、出会った頃からスケベおやじであった。
大人の勉強だと称してはモラルの事をダシに使ってみたり、人の名前で勝手にお店の予約を取る、嬢を呼ぶ、迎えに来させる、酔っ払って暴れた弁償費用を立て替えさせる、お気に入りの女の子が店をやめたと絡み酒をしてくる、女がらみの話題でモラルに濡れぎぬを着せる、他のパーティの女性を口説き始める、バシュターナやアイラたちにちょっかいを掛けて半殺しにされる……等々、碌でもない思い出ばかりの毎日であった。
やはり自分はシャレンドラの元へと帰らない方が安泰なのではないか。
勘違いだとか呪文の威力不足であるとか関係なく、タルタドポスの存在こそが諸悪の根源なのではと、モラルは口にこそ出さずにいたが確信を得てしまっていた。
何はともあれ今日も今日とてタルタドポスは酒臭い息を吐きつけながら、モラルに女遊びの誘いをかけてきたのだった。
「おいおいフリーガンちゃんよぉ……返事はきちんと返すものだぞ? ほら、支度しなあ支度ぅ。朝からだって開いてる店の一つや二つあるだろうさ」
「まあまて、タルタドポス。じつは、あんたをまちかまえているステキなじょせいが、今へやのおくにきなすっているんだ」
「――ほぅ! ……詳しく!」
だんまりを続けていたモラルをせかそうとしていたタルタドポスだが、すでに女が尋ねて来ていると聞くや否や、顔をきりりとさせて顔を向き直す。
「オレもとうとうこの村でも女連中に顔が売れてきたかあ。しっかし、お前が女性の容姿で褒めるとは、よっぽどの美人が尋ねて来てるんだろうなあ……ふひひっ! あっ、お前、まさかとは思うがな、先に手を付けてたりはしないだろうな? オレんだぞ、オレの」
「アンシンしろ、それはない」
そう言い残し、モラルは横へと身を引いた。
とんでもない巨体デブがどけた事により小屋内へと入り込めるようになったタルタドポスは、ウキウキしながらお邪魔するものの色欲にまみれた下卑た笑いは、奥で待ち受けていた女性の顔を見るや否やガチガチに凍り付いてしまっていた。
「――ほおう? 一体、誰が誰のものだと言うのかの、タルタドポスよ」
果たしてそこにはココカラ・ペスが、青筋を立てながら鎮座していた。
「げ、ゲェーッ!? こ、ココカラ……何故此処にッ!? ま、まさかフリーガン、お前が呼んだのかッ、コイツをよぉーッ!?」
「貴様の帰りが余りに遅いものでな、ワシが自発的にここに参ってきただけの事よ。そやつの意志は関わっておらぬわ」
片刃の剣に手を掛けた状態で、ペスはゆっくりと距離を詰める。
タルタドポスは完全に腰が引けていて、じりじり後退するものの、酒の入った身体では思うように動くこともままならず、あっという間にひっつかまれて転ばされてしまう。
「あ痛ぁッ!」
「何があ痛、だ。散々遊び惚けておった不埒物が、一丁前に痛がるな。虫唾が走る、汚らわしい」
「そ、そこまで言う事は……いた、あいたたたたたたた痛い痛いやめろぉ髪を掴むな引っ張るな!」
まるで不倫がバレて家族から制裁を受けている夫のようだとモラルは冷めた目線で眺めると同時に、このような情けない姿をさらしている男に散々悩まされていたのかと、少し自虐的にもなっていた。
ともあれこれで苦痛からは解放される。
はた迷惑なタルタドポスを連れ戻しに来てくれたペスの事を、モラルは心の底から崇めていた。
「汚物、愚物、恥さらしの色魔がっ! 貴様のその好き勝手な行動が皆の協調性を乱すのだ! 反省しろ……この、ド低能のクズめが……ッ」
「や、やめとくれえ! 髪をひっぱ、ひっぱるのはいだだだだ! ぬ、抜けるッ! 毛根があ、最近気になる毛根が死ぬるううううう!」
「よかったな、全部死なせれば今後一切気にすることは無くなるであろう。……モラルよ、貴様にはこやつが迷惑をかけたようだな。追って謝罪は致すので、今日の所は目を瞑って貰えるのならば有難い」
「ああ、かまわんよ。それよりも、さっさとそのめざわりなゴミをひきとってくれ」
モラルはペスの方に向く――と、同時にペスが一瞬ふらり……と身体をふらつかせる。
相変わらず今のモラルの姿の直視は精神に不調をもたらすらしい。
ググッと奥歯を噛み締めて、まるで苦虫でも噛み締めたかの様な表情を浮かべると、ペスは何とか意識を持ち直す。
口の端からはわずかに唾液が漏れていた。
「悪いがこちらに顔を向けるのはよしてくれぬか。貴様の顔は、見るに堪えない。醜悪すぎて、刺激が強すぎる。意識をいつ失ってもおかしくは無い。今でさえ、奥歯に薬丸を仕込んで気を失いそうになる度に噛み締めなければ倒れてしまいかねんのだ。ワシの身を案じてくれるならば、決して顔を拝ませるな」
中々にひどい言葉を吐いてはいるが、これでもペス的には気を使った言い回しである事は、五年来の付き合いがあるモラルには察することができていた。
しかし外見の事をそこまで悪し様に言うものだろうかと、デブはデブなりに心に傷を負いながら、慌てて振り返り背を向けた。
「気遣い、礼を言う。では、これにてワシらは帰投する。また何れ誰かしらが貴様の元を訪れる事になるだろうが……息災でな。それでは……ゆくぞ、この助平駄目親父が!」
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あッ!! 頭皮が、頭皮がぁぁぁ~!! お、オレのボインちゃんが、そんなぁぁ~! た、助けてくれえフリーガン! モラル・フリーガーーーンッ!!」
タルタドポスの悲鳴に対し、モラルは種族国家時代神魔竜精異世界すべてにおいて共通とされる、最大限の侮辱のしぐさを披露する。
即ち、利き手の中指を天へと突き立ててやったのだ。
その決定的とも呼べる決別の意志を目にし、タルタドポスはここにきて最後の恨み節を口にした。
「お、お前ェェェェッ! う、裏切りモンがあああ! お前なんぞ死、死んでしまえええ!! いやっ、嘘です戻って来てくださいお願いですから戻って来てええええっ! 今のパーティ男二人だけで色々辛いんです女ばっかりで色々持て余すんですだから某が大人の夜店に行ける様にそなたが取りなすなり身代りになるなりして某を某を大人のお店にあああああああああ毛があああああああああ」
タルタドポスは支離滅裂な言葉を言い残し、ペスに引きずられて雨の中を去って行った。
あれでは恐らく尻を含めた下半身はびしょぬれになってしまうだろうが、モラルはとても痛快な気分で見送った。
いい気味だ、ざまあみろ。
口にこそ出さないが、モラルは玄関にて両の中指を降りしきる雨雲へと突き立てたまま、タルタドポスの姿が完全に見えなくなるまでひたすら侮蔑の感想を抱いていた。




