肉料理 ガッツリ鹿肉ハンバーグ 配膳
「卑死操団という集団を知っているか?」
「……ひしそーだん? いまわしき、死霊使いどものケッシャだろ? それが、いったいどうしたっていうのだ?」
突然話題が妙なところに飛んでしまった事により、モラルは目を白黒とさせながら、ついついタルタドポスの問いかけに返事をしてしまっていた。
タルタドポスは鷹揚に頷き返しながら、モラルに話しの続きをする。
「ついひと月ほど前の事ではあるが、我らが勇者殿に、やつらの殲滅作戦の音頭をとっていただく様にと、国からの依頼があったのだ」
「あいつらあいてにか? しょうきか、タルタドポスッ!?」
卑死操団とは死者を自らの手足・道具として扱うのを良しとする、生命そのものに対する冒涜的な行いを好む、異常教義実証者たちの集団である。
使い勝手の良い手下を増やす為に村一つ滅ぼしただとか、永遠の命を求めた隣国の国王に呪文を掛け、傀儡政権を作り出すなどと、国勢にもかかわる規模の被害を出している極悪集団だ。
その本拠地あるいは主要施設がこの国内で見つかったという事も驚きだが、その討伐にシャレンドラが指名されていた事にもモラルは驚きを隠せずにいた。
「仕方があるまいよ。希代の勇者殿をかかげずにして、誰を神輿に据えろというのか? 他のものでは足りぬまい……勇者殿が適任よ」
「だからって、そんな……いや、そんなことはもういい、あんたがここにいるってことは、すべてはおわったあと、ということなんだな!? それで……みんなは、ぶじ、なのか!?」
「ほおう……勝手に行方を眩ませた半端者が一丁前に心配とはなあ」
「……ッ! そ、それとこれとはカンケイがないだろお!? それで、どうなったんだ!」
指摘され、一瞬だけ言葉に詰まってしまうものの、それでもモラルは声を振り絞って問いかける。
タルタドポスはといえば、神妙な顔を浮かべたまま少しだけ顔を俯かせ、淡々とした調子で語る。
「まず最初に、ナインティーが死んだ。連中の仕掛けた毒の罠を見抜けずにな」
「……は?」
「バシュターナは左腕を失った。アイラは必死の治療を行っていたところを狙打ちにされ、頭部に深い傷を負ったまま、意識不明の重体だ。そして、勇者殿は……」
「そんな、そんなそんな、馬鹿な……う、うそだ、うそにきまって――」
次第に声が震えてしまい、感情を抑えることが出来なくなったタルタドポスは沈鬱な表情を浮かべながら目頭を押さえ、モラルから顔をそむけてしまう。
彼が告げるそのあまりな凄惨な内容に、モラルは顔を引き付けたまま、否定の言葉を吐き出した。
と、その瞬間、
「――なあんてな! もちろん嘘に決まっとろうが。ふはは、馬鹿がおる、引っかかっておるのう、ふはははは!」
憎たらしいほどのひょうきんな顔を浮かべたタルタドポスが即座にネタ晴らしを始めていた。
その言動の落差にモラルは顔を赤くあるいは青にと交互に染め上げ、言葉にならない怒りの息吹を鼻の穴いっぱいに広げながら勢いよく吹き出していた。
タルタドポスはそんな間抜けな顔をしているモラルの事を気にも留めず、口調を元に戻しながら話をつづけた。
「無論多少の手傷は負ったが大事に至る程でもない。平穏無事だ。そもそもが、国が掲げる勇者が亡くなられたとあれば国中が大騒ぎになるであろう。であれば、この村にも自然と伝聞が行き渡り、お前の耳にも入った事だろうよ」
「あんたは……我をからかいにきたのか?」
モラルの問いかけにタルタドポスは首を振る。
「な訳があるか。オレは卑死操団討伐成功による連日の祝賀パーティに参加できんのでな、暇を持て余すのももったいないと、お前の所に説教もかねて説得にやって来たというわけだ。勇者殿のご執心だからな」
「しゅくがパーティにさんかできないって……ああ、なるほど。国のひも付きのあんたがいっしょに居るんじゃあ、色々とつごうが悪いってコトか」
「概ねその通りだ。お前が居ると勇者殿の武勲が下がるだとか、特定貴族の派閥に影響が出るだとか、好き勝手な事を言われるからな。庶子とはいえオレも貴族のはしくれだ、この手の勢力闘争に勇者殿を巻き込むわけにはいくまいよ」
深々とため息をつくタルタドポス。
モラルも少しばかりは同情するも、だからといって仲間の生命に関わる話題で謀ってきた事には納得がいかず、半目で睨みつけるのを止める事は無かった。
もっともタルタドポスの方は気にしている風でもなかった。
政治闘争などに比べれば、モラル一人に睨まれようが恨まれようが、大して気に障るほどのものではないのだろう事は予想の範疇にあった。
まったくもって無駄な行為であるのだろう。
だからといってモラルは止める気にもなれず、タルタドポスが店員を呼びつけて、特大の肉料理と酒類を注文している間も睨み続けていた。
「ふうむ……フリーガンよ、何時までもそう睨み続けるものではない。周りのものに、不審な態度と見咎められるぞ」
「ひとをおこらせるようなたいどをとってきた、あんたにだけはいわれたくないな」
「はて……最初に某らの期待を裏切り起こらせるような行いを取ったのは、果たしてどこの魔術師であったのかな?」
モラルの顔が引きつった。
してやったり、タルタドポスはほくそ笑む。
しかし、この挑発的な発言は、ここにきて一番の失策であったことをタルタドポスは理解しない。
モラルがシャレンドラらのパーティから外れた理由は、実力不足やパーティ全体の方針から完全に外れてしまったものだと思い込んでしまった所に由来する。
故にタルタドポスの指摘はモラルにとっては、期待していたほどの力も無いカス野郎だとか、呪文ばかりに傾向していて肉弾戦の一つも行えない軟弱な奴といった、罵倒の意味で捉えられてしまう。
これにはモラルもしこたま強く打ち据えられた。
胸を押さえ、苦悶の表情をも浮かべてしまう。
モラルの勘違いをあずかり知らぬタルタドポスはこの反応に気分を良くし、更にねちねちと言葉で弄ずる策を決行する。
「まあ、正味お前が居なくなった事を、某は少なからず喜ばしい変化だとは思っていたがね。勇者殿はややもすればお前に依存しているところがある。気の移ろいと呼んでも良いかもしれんな。相談するにもいの一番にお前を頼るところから始まる。それではいかんと、某は思うのよ」
「……いかんとは、なにが……?」
「一つはお前を込みで政治闘争に巻き込まれるという可能性。お前の呪文の師であるフリーガン・バライユ一級宮廷魔術師殿は、親第一王子派だ。取り込む事の利がありすぎる。第二に問題とされるのは、お前の死だ。勇者殿の目前でお前が死ねば、どのように取り乱されてしまうか判ったものではない。あまり勇者らしからぬ言動をされるとな、国としては困るものよ」
「………………」
タルタドポスは国家の為にシャレンドラのパーティに所属している。
彼だけは、仲間となった経緯が異なる。
友情よりも信頼よりも、国家の繁栄を何よりの目的としている彼にとっては、勇者シャレンドラも国を盛り立てる為の手段の一つに過ぎないのであろう事は、薄々モラルも察知していた。
しかしこうもあからさまな発言をされてしまうと、モラルの中でも様々な感情が複雑に絡み合ってしまい、怒ればいいのか嘆けばいいのか、あるいは同意でもしてやればいいのかも判らなくなって、何一つ言葉を返せなくなってしまうのだ。
そんな沈黙が二人の間に漂う中、タルタドポスが注文していた肉料理が満を持して運ばれてきた。
じゅわじゅわと旨そうな薫りと音を漂わせている大盛の肉料理だが、今日この時に限っては、あのモラルでも何ら食欲が湧いてこずにただ茫然と眺めてばかりいたのだった。
「ふむ、旨そうだな。一口だけ戴くぞ?」
返事も待たず、タルタドポスは手のひら四枚分はありそうな巨大なハンバーグをナイフで切り分け、一つ抓んだ。
「ほふっほふっ……ふうう。鹿の肉か、王都の方ではあまり好まれてはいない類の獣肉であるな。しかし、これはきちんと香草を利かせているから臭みも無く、食べやすい。貴族様方の好みは判らぬが、庶民の口には合うであろうな」
一口と言っておきながら三口ばかり頬張ると、タルタドポスは金貨を一枚テーブルへと置き席を立ち、おもむろに雨具掛けの方へと近寄ると自分の雨具に手をかけた。
「その残りはお前にやろう。なに、それだけ太れる才能が有るのなら、そのくらいは容易く平らげられるのであろう? ……それと、勇者殿は今しばらくは王都を離れる事はできまい。お祭り気分が当面抜けきらないという面もあるが、それ以上に卑死操団の残党が残っておるやもしれぬからな。反撃を警戒して、今しばらくはとどまってもらわなければならぬのだ」
「……それを、我におしえるいみは、なんだ?」
まだ雨で濡れそぼっている外套を纏いながら、タルタドポスは振り返りもせずに言う。
「覚悟を決めよという事だ。勇者殿の元へ戻るというのであれば、内心は兎も角某は何も言わんでおこう。だが、その気がないというのであれば……どこぞの国にでも疾くと去れ。半端なものが手に届く距離の元におるのでは、勇者殿の心身に障るものがあるのでな」
雨具を着終えると、別れの挨拶も無しにタルタドポスは雨の中へと歩き出し、雨粒にかすむ風景の中を踊る様に立ち去って行った。
後には食べかけのハンバーグと打ちひしがれたモラルの姿だけが残されていた。
モラルは――しばし沈鬱な表情を浮かべていたものの、テーブルに置かれたナイフをひっつかみ、未だ熱気を放っているハンバーグへと叩きつける様に突き刺した。
「……くそったれが……」
「――あ、そうそう。聞きたい事があるのだが」
「ぶひぃっ!?」
八つ当たり気味にハンバーグに突き刺したところに何時の間にやら戻って来ていたタルタドポスに話しかけられてしまい、モラルはまさに豚のような悲鳴をあげてしまう。
これが他の女性陣たちであれば、散々馬鹿にしおちょくりからかうのであろうが、タルタドポスは他に気掛かりな件でもあるのかモラルの悲鳴は気にも留めず、至極真面目な表情を浮かべていた。
態々戻って来てまで問いかけるとは、一体何事か。
更なる言葉責めか、シャレンドラが王都から解放される猶予期間の伝達か。
開かれたモラルの口元を凝視しながら、モラルはごくりと唾を飲み干した。
しかし、予想に反してタルタドポスの問いかけは、モラルにとって肩透かしな内容であった。
「この村にも当然、いかがわしい店もあるよな? オレは今、丁度お目付け役からも解放されちゃってる訳だしなあ、軽く羽を伸ばしてしまいたい気分なのだよ。お前の勧めで構わんから、どこか良い店知らんかね?」
雰囲気一転、余りにも個人的な欲望にまみれた要求に、モラルは疲労感と共にガクリ……凄まじい肩透かしを受けてしまっていた。
一方タルタドポスは色欲にまみれた表情を浮かべながら、弾んだ声を何度も何度も向けるのであった。
「っぱ乳がでかくてくびれるところがくびれているお嬢さんが居る店が良いなあ。なあ、お前も同じ男なんだし判るだろぉ? なんだかんだでお世話になってるんじゃあないのかね。別にお前のお気に入りの子を取ろうだなんて思っちゃいないからさあ、良い店見つけてるなら教えてくれよ、なあなあなあ~」
死んでしまえ。
モラルは初めて人の死を心の底から願ってしまった。




