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ナインティーがモラルの前から立ち去ってから、ひと月近くの月日が過ぎた。
その間モラルの元に、昔の仲間は誰一人として訪れる事が無かった。
それまでは数日おきの間隔で女性陣ばかりがモラルの元へと訪問してきていたのだが、それが突然止んでしまい、彼は少し困惑していた。
おのれに向かって戻ってこいだとか、連れ帰るだとか言っていた筈なのに、何があったか突然やって来なくなったのだ。
モラルは二種類の不安を抱きながら、まんじりとせずに日常を過ごしていた。
彼が想像した不安の一つ目は、自分の事を見放したのではないかという、自虐からくる予想である。
形ばかりの帰還要請だったのか。
ついぞ完璧に見放されたのではないだろうか。
元仲間としてお情けで、声をかけていただけでは無いのだろうか。
ほんの少しではあったのだが、自分は彼ら彼女らの元へ戻ってみても良いのかもしれない。
その様に考えていた期待の気持ちを裏切られてしまった様に思えてしまい、モラルの気分は陰鬱なものに変わり始めていた。
そして、もう一つの不安であるが、こちらも彼の気分をさらに盛り下げてしまう予想であった。
即ち、依頼か何かに失敗して、誰かがその命を落とすか深い手傷を負ってしまったのかもしれない、という考えである。
モラルはシャレンドラたちの実力を疑ってはいないものの、だからと言って彼らにだって敵わない存在が居る事くらい、当然ながら知っている。
ドラゴン、魔神、悪魔に魔王。
遥か神話の時代から永遠の時を生きる永命の怪物たちを前にすれば、如何に当代の勇者と言えど、敗北は必至であると理解していた。
シャレンドラや、あるいはそれ以外の誰でもだが、自分の所に訪れないのはそれらの怪物たちとかち合って争いになり、敗北してしまったからではないのだろうかと、いやあになってしまう事ばかりを考えてしまい、モラルは更に気を落としていた。
そんなに不安になるのなら、一つ手紙も出してみれば良いのだろう。
もしくはあえて自分から、シャレンドラたちの住まう第二王都にまで足を運んでみれば良かったに違いない。
しかし、モラルは動かない。
逃げ出してしまった自分が今更どの面を下げて会いに行けばいいんだと、ロモニー村から動けずにいた。
ある種彼は意固地になってしまうと同時に、仲間たちに対して少し甘えた部分もあったのだ。
何も無ければ、きっと向こうからやってくる。
だから自分があちらへ出向く必要性は無いはずだ。
それにすれ違いになってしまったらお互い困ったことになるだろう。
だから、自分が向かう必要性は、きっと無いに違いない。
何かがあれば向こうの方から手を差し伸べてくれるに違いない。
モラルは終始、その様な考えに耽っていた。
と、ここで普通の人間であるならば、積もるに積もった負の感情で睡眠不足に陥ったり、食欲不振を引き起こす事であろう。
だが彼は往々にして並の人間からはるかにかけ離れた体質を持っている。
食欲は一片たりとも陰りを見せる事は無く、ご飯はいつも通りの大盛で、夜は満腹感でぐっすりであった。
昼間の畑仕事の手伝いも、顔を真っ赤に染めながら大汗をかきながら行っているが、それは単なる汗っかきなだけである。
心の内の絶妙な不安と焦燥感とは半比例して、肉体の方はまったくもって健やかで、むしろ好調な状態が続いている程でもあった。
その理由の一つには雨季にある。
土地柄の影響か、モラルが現在住処としているロモニー村は、丁度夏が始まろうとするあたりから天気模様が崩れ始めて、カンカン照りの晴天と、しとしととした雨の日が、見事交互に訪れるという非常にデブには住み心地の良い気候をしていたのだった。
何週間も晴れ間が続くのであれば、うだるような暑さに滝の様な大汗をかいたり汗疹に苦しめられてしまうだろう。
逆に雨がひたすら続く天気だと、気温のせいか、はたまた空気の質が変わるせいか、それとも日光を浴びれないせいなのか、並みの体格の人間に比べ、肥満体系の人間は体調を崩しやすい傾向がある。
薬師や治療師たちはその現象の事を水と空の気の病と呼んでいて、肥満あるいは痩せぎすの人間、それと月のものが訪れた女性や老人たちに起こりやすい症状であると口にする。
モラルは偶然にもロモニー村の気候によって助けられていたが、もしこれが他の土地であれば他のデブたちと同じように、水と空の気の病に苦しめられていた事は想像に難くない。
適度に晴れと小雨が交互に続く事によって、デブにとってそれなりに過ごしやすい天候が続いていたのは、幾分救いとなっていた。
そんな小雨が降りしきるある日の事。
村長や村人たちから特別な何かを頼まれない限り、雨の日はやることがろくすっぽ存在しないモラルはといえば、飯屋の屋根付き野外席にて食事を適度に摘まみながら、雨に濡れる草花といった風景をただただぼぉーっと眺めていた。
以前のモラルであれば、雨の日は呪文書の熟読に励んでいた事だろう。
だが、戦いの魔術師である事を辞めた現在の彼には、その様な行為に浸る必要性も無かった為、しばし退屈な日々を送っていた。
そんな最中、モラルが眺めている通路とは反対側の方面から、一人の男が全身すっぽり雨具で覆った格好で、真っ直ぐにやって来た。
男は雨を凌げる屋根の中に入り込むと、モラルの背後でばさばさとした音を鳴らしながら雨具を脱いで水滴を取っ払い始めていた。
人がすぐそばに居るというのに迷惑だなあとモラルが顔をそちらに向けると、そこには見覚えのある、懐かしい顔が存在していた。
それもそのはず、その男はなんと昔の仲間、タルタドポスその人であった。
ほぼひと月ぶりに現れた戦友の顔に、モラルはぎょっとしてしまう。
一方のタルタドポスは特に気にする風でもなく、雨具掛けに濡れた雨具を引っかけると、断りもなくモラルの正面側の椅子に腰を下ろしてこう言った。
「久しぶりだな、フリーガン。フン、噂通りにぶくぶく醜く太ったものよ」
「……あなたのほうは、おかわりがないようで……タルタドポス」
ある意味一番出会いたくない相手と出くわしてしまい、モラルは少しだけ言葉に詰まってしまっていた。
彼は幼馴染であるシャレンドラとモラルにとっての後見人のようなものであった。
若くして勇者の認定を受けてしまったシャレンドラと、幼馴染の手助けになれればと魔術師を目指したモラルの身元を預かった、いわば義理の親にも近しい存在である。
そんなタルタドポスと二人っきりで顔を突き合わせて面談をするという事は、親には内緒で家のお金を博打で使い果たしてしまった長男が説教を受けてしまう時の様な、何とも気まずい感情を抱いてしまうものである。
モラルはごくり、と喉を鳴らして唾を嚥下する。
果たしてタルタドポスは、思いの外静かな口調で切り出してきた。
「乗合馬車を乗り継いで約二日の距離か。距離としてはなんとも絶妙な位置にあるな」
「……おっしゃるいみが、わかりませんな」
タルタドポスは表情一つ変えることなく真顔のままで鼻で笑う。
モラルにとってその癖は、あまり好ましいとは思えない嫌あな笑い方だと思っていた。
「遠いといえば確かに遠いがさほどの距離がある訳でもない。少し足を遠くまで運んでみれば、難なく見つけ出すことが出来る、その位の距離であるかな」
「……べつに、みつけだしてほしかったなんて、おもっちゃあいない。このむらの食事が、たまたまきにいってしまったというだけだよ」
この返答に、タルタドポスはおや驚いた、びっくりだ、と言いたげなワザとらしい表情を浮かべている。
「おやあ、某の方こそお前が何を言っているのか、まるで理解が及ばぬなあ。食事が旨くて賑やかな、気候も穏やかで過ごしやすいこんな村を、態々情報屋なんかに尋ねなくても、自分の足を使って出歩いてみれば見つかるだろうなあって話をしているだけなのだが?」
タルタドポスの巧みな話術に、モラルは見事引っかかる。
わざと見つけ出して欲しくてこの村を選んだのではないか。
いやさ、他人に指摘された事ならともかくとして、自らそれを口にしたという事は、それがお前の本心ではないのかと、タルタドポスは言外にそう指摘していた。
未だ年若いモラルでは、この手の読み合いは不得手としている。
決して不用意な言葉は発しまいと、口を横一文字にぎゅうと噤んで沈黙を守ろうと試みるも、むきになっているその態度が、却ってモラルの本心を如実に表してしまっていた。
タルタドポスはそんな態度を示しているモラルの事を、真正面から見据えつつ、更に揺さぶる言葉を浴びせかける事にした。




