魚料理 魚介の酒蒸し~中サダラ王朝期の辛口仕立て~ 配膳
世の中には、誰にでも気兼ねなく話し掛けられる人間というものが存在する。
ナインティーはまさしくその様な性格の女性であった。
歳の頃は二十を少し上回った頃で、大のおしゃべり好きな性格。
バシュターナ以上の気分屋で、かなりの楽観主義な所がある。
常に興味がころころと移り変わる癖があり、新しいものに注目する度すぐに口を開いて会話を始めるものだから、彼女の周りは常に賑やかな様相であった。
例えば、ロモニー村にたどり着いてからの彼女の言動の一部を抜粋してみよう。
「ねえ、そこのアナタ、ちょっと尋ねたい事がって、うひゃっでっかぁ! でっかいわね、この野菜。えぇー、何これ私の頭よりも大きいんじゃない? こっちのも肩幅より大きいし、そのお芋なんて私のお尻よりも大きいんじゃないのこれ?」
「あ、ワンちゃん! わんわんわん、こんにちワン! 君は猟犬なのかワン? オトコノコかな、オンナノコかな? わんわんわ――あ、猫だ! にゃんにゃんにゃん、あっ逃げるにゃん! まてー、ひとなでさせるにゃんーっ!」
「うん? あれはちびっ子達のお遊び用の射的台かな? ……ちょっと射っちゃろ」
「あはははは、君らが何人がかりで勝負しようと、私に勝てる訳がなーいのだ! お、悔しい? 悔しい? ごめんねお姉ちゃんは強いから、君ラジャてんで相手にならないなあ。お、飲み物売りだ。フムン、よし。なんだかんだで頑張った君らには、お姉ちゃんが甘い飲み物をおごってやろうぞ! そぉーれついてこーい!」
「うぅーんっ甘いっ! お遊びを楽しんだ身体に染み渡るぅっ! あ、そうそう君たち、モラル・フリーガンっていうでっかいデブの事知らない? お姉ちゃんアイツ探してここまで来たんだけどさあ」
「見つけたぞッ! 脂肪の塊!!」
「だれがシボウのかたまりだあ……って、こんどはおまえかあ、ナインティー」
散々遠回りをしたところでようやくナインティーは食事中のモラルと遭遇した。
今日は生憎の晴天の為、農作業は辛かろうという事で、村人たちは農作業を早めに切り上げており、過剰なまでにデブってしまって汗っかきとなってしまったモラルも村人たちと同様に、まだ日も高いうちから野良仕事をほっぽり出して、食事処にしけこんでいた。
テーブルにはすでに大の男性三人分ほどの食事が運ばれており、それを半分ほど抓んだところでモラルはナインティーに声を掛けられれた。
モラルがうんざりとした表情を浮かべているのは食事を邪魔されたからか、あるいは近頃ひっきりなしに訪れてくる、昔の仲間たちに対しての億劫さが原因か。
いずれにせよ、モラルの気分は見る見るうちに盛り下がっていった。
「いやあモラル、君ったら本当にここまでよく育っちゃってびっくりこいたねいやほんと。君って確かシャレンドラと同じ十八だったか十九だったろう? まだまだ成長期が終わってなかったんだね驚きだねえ、だけども限度ってものがあるとお姉ちゃんは思うなあ。あ、そうそう限度っていえば――」
「はやいはやいはやい、ハヤクチすぎてききとれない。それと、だれがおねえちゃんだ、だれが。あんたのおとうとはナイントゥーだけだろうが」
降りしきる雨が如く数多くの言葉を浴びせかけてくるナインティーに、モラルは待ったをかけていた。
何せほおっておけば十分以上は一人で喋り散らすことが出来る乙女である、無理矢理にでも言葉に割って入らなければ、コロコロ変わる話題の数々が矢継ぎ早に繰り出されてしまう事を、モラルはこれまでの経験で痛いほど理解していた。
それに対しナインティーは意外にも、自分の話題に割り込まれる事に嫌味を持たない性格をしていた。
彼女的には会話さえ続いていれば、どちらの側が口を開いていようとも、さして気になる事柄ではないらしい。
彼女はおしゃべりも大好きだが、それ以上に人の話を聞く事も、大の好物であったのだ。
「いやあ、君らは私よりも二歳か三歳年下じゃん? だったら私はやっぱりみんなのお姉ちゃんよ、お姉ちゃん。さあさあ、お姉ちゃんがお迎えに来てあげたんだから、一緒におうちに帰ろうねえ」
「いやなにいってるんだあんたは。ひとのリョーショーも取らずにうでをひっぱるなふくをひっぱるなはらをひっぱるな」
「ううーっ……はぁ、なんだこいつ、とんでもねえ重さだ……!」
格別に優れた膂力も無ければ神々や精霊の加護も持たない極々一般的な冒険者であるナインティーに、馬四頭分の重さはあると思われるモラルを引きずり連れ戻すことなど到底不可能な事柄である。
ナインティーは腕力に物言わせて連れ帰る計画を一旦止めて、モラルの対面側の椅子にどっかりと腰を下ろしたのだった。
「うぉう……座って眺めるとさらに圧がすごいなあ。突っ立ったままのタッポのおっさんよりも、座ってる君の方がよっぽどでっかく見えるよたまげたなあ。チミはこれ以上育ったらオーガか何かと勘違いされて討伐依頼を張り出されるんじゃないかね」
「ちょっとふとっただけでおおげさな」
「ちょっとぉ!? いや、これをちょっとは流石にそんじゃそこらのデブに悪いよ悪すぎるよ。君ちょっと立ってみ? そうそうそう、それで周りを見渡してごらんよ、君と頭の高さが同じにある人なんて全然居やぁしないでしょーが」
「そりゃあみんな、すわってるしね」
そうじゃねえだろ、そうじゃあよお! と言わんばかりにナインティーは激しく二度テーブルを拳で打つ。
がぁんと食器が音を立ててテーブルの上で跳ねあがるが、ナインティーはさして気にも留めていない。
モラルのおかしな認識の方が、よっぽど気掛かりな部分であった。
「君ねえ、太るってのは確かに生き物にとってはある程度必要な行動というか、習性というか、ええと、何ていえばいいんだろうこういうのは……能力?」
「体質、だろ?」
「そうそう、それだそれ、体質! まあ体質でも能力でも何でもいいけどね、何事にも限度ってものがあると思うよ。今の君ほどにでっぷりと太ってしまった人間、初めて見たしね。一体何を食べたらこんなに育つのやら」
椅子を左右にカタカタ揺らして遊びながら、ナインティーは至極真っ当な疑問を口にする。
しかし格別何か変わった事など行わず、ただひたすら食べて寝て過ごしただけのモラルには、一体どこに疑問があるのかが判らない。
彼にとって人間とは、食べれば必ず太る生き物だという考えしかなかったのだ。
「この村のたべものが旨いからとしか、いえないなあ」
「いえないなあって、君はさあ――」
「――おやぁ、嬉しい事言ってくれるじゃあないの、魔術師の旦那ぁ! っと、はいよ、注文を頂いてた貝の酒蒸し、あがったよ! 熱いから気を付けてくんなぁ!」
料理を届けに来た店員が、モラルの言葉に満面の笑みを浮かべながら、ゴトン、とテーブルの上に一際大きな皿を置く。
やや底の浅めな焼き皿の上で、ぱかあと開いた二枚貝が、ぐつぐつ、ジュウジュウ、じゅわあじゅわあと食欲を誘う香ばしい匂いと音を鳴らしながら、盛大な湯気を立ち昇らせていた。
「なにこれ、貝料理?」
「むかし、となりにあったくににサダラおーちょーってのがあったんだが、そこではやった料理らしい。カラい酒にカラい香草をふりかけて、ムシヤキにするそうだ」
「へぇー、おいしそうじゃん……お、そうだ!」
何かを思いついたのか、ナインティーはぱぁんと両手を叩いた後に、モラルに向かって指を突き出し宣誓する。
「勝負だ、モラル! いやさ魔術師モラル・フリーガンッ! この勝負に負けたなら、お前は直ちに我々のアジトへ戻るのだッ!」
「……とつぜんナニいいだすのだ、あんたは。ケットーだとか、ショーキなのかあ? だいいち、ここでやるとか、ジョーシキがないんじゃあないのか?」
モラルの反論に、ナインティーはチッチッチと舌打ちをして否定する。
彼女には彼女なりの考えがあるらしい。
再び指をモラルへと突き付けて、その勝負の内容を言い渡す。
「何も暴力だけが勝負事にあーらずっ! 腕相撲、とっくみあい、口喧嘩、コイン遊びに恋占いッ! 人間はぁ、何だって勝負事にからめることが出来るのだあ! そう、それは当然、早食い勝負にも当てはまるわけだよ!」
「は、はやぐい……だと……?」
「そうだ! この目の前にある貝料理、この皿の中身をより多く食べたほうが勝ちとする! 私が勝てば、さっき君に言った通り、シャレンドラの元へと帰還してもらうんだからね!」
ナインティーはその白髪をかき上げると同時に立ち上がり、再度対決を申し込む。
食い物関連を勝負事に絡められた事にモラルは困惑を隠せずにいた。
「我にはそのショーブ、うけてやる利がないようにおもえるのだが?」
そう簡単には乗ってこないモラル。
しかし、ナインティーは更なる挑発をもって対決のテーブルに着かせようと弁を振るう。
「おやぁ、食べ物関連の勝負なら乗ってくるかと思ったのに、逃げるんだなあ君ってば。なぁーんだ、そこまで節操無しにぶくぶく太った割にはさあ、肝っ玉とかちっちゃいままなんだねえ。いいよぉ、別に。チマチマチマチマおちょぼ口で一つずつ一つずつ、ゆっくり食べて最後の方は料理を冷ましてしまってもいいんだよぉ。だけどそんな食べ方じゃあ、真に美味しいアッツアッツの時期を逃してしまうんじゃ――」
「――べつに、あんたがナニをいおうとじゆうだがね」
モラルがナインティーの長文に割り込んだ。
その語調は穏やかなものであったが、確かな意志が込められている。
モラルはゆっくりと言葉を続けた。
「ヒトはそれぞれじゆーなはやさで食事をとればいいとおもう。じっさい我もそうおもうし、そうしてきた。……だがッ! あんたのそのヒトをこばかにしたたいどであおってくるすがた! その態度ぁきにいらねえーッ! いいだろう、ちょうせんを受けてやるッ! おまえに食わせる貝はねえ、覚悟しろナインティーッ!」
今ここに、極めて異端な早食い勝負の幕が切って落とされる事となった。




