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魚料理 魚介の酒蒸し~中サダラ王朝期の辛口仕立て~ 注文

 シャレンドラは激怒した。

 まさかアイラとペスに続いてバシュターナまでもがモラルを連れ帰ることが適わないとは思っても見ていなかったらしく、その苛立ちと失望は先日のそれとは非にならない程であった。

 おかげでシャレンドラの並べ立てる罵詈雑言は、より一層の苛烈さを増している。


 しかし、それを聞かされているバシュターナは思いの外に涼しい顔を浮かべていた。

 それは何故かといえば直前に、シャレンドラの怒りよりももっと恐ろしいものに出くわしてしまったからである。

 温厚そうな表情を浮かべていたただの村人のおばちゃんが、まかない料理を馬鹿にされた()()で問答無用の攻撃を繰り出してきたのが原因だった。


 キレたおばちゃんたちが浮かべる末恐ろしき表情、点呼もせずに即座に囲む結束力、そして何より正確無慈悲に急所目掛けて投擲される刃物類の数々を思い返せば、単に怒鳴り声をあげるだけのバシュターナの叱責など恐れるに足りないちょっと蒸し暑い真夏の夜風のようなものであった。

 もはやバシュターナの恐怖の感情を揺り動かすことが出来る存在は、神話の時代の怪物くらいのものである。


 叱責自体はバツが悪いなと顔をしかめてしまうものの、恐怖体験の印象が強すぎる分、バシュターナはいまいち反省する気分になれないでいた。

 それをシャレンドラに不真面目な態度と見とがめられて、再びの叱責地獄が始まろうとしていた。


 しかしそうはならずに済んだのは、二人の間にタルタドポスが割り込んで来たからである。


「お待ちなされよ、勇者殿。今はバシュターナを過度に責め立てる場面ではありますまい。モラル・フリーガンを連れ戻す件も大事ではありますが、国より依頼された任である、卑死操団を名乗る死霊使い(ネクロマンサー)どもの掃討作戦の方を優先せねばなりませぬ」

「ムゥゥ……」


 感情を爆発させている時に横から正論を吐かれた場合、人の反応は二通りに分かれる。

 より激しく逆上するか、水をかぶせたかのようにあっさりと鎮静化するかである。

 幸いにもシャレンドラは後者に分類される性格であった。

 タルタドポスの言葉によって落ち着きを取り戻したシャレンドラだが、しかし即座に別種の難題に気付き悩まし気なうめき声をあげてしまう。


「……しかしだな、タルタドポス。生命を冒涜する死霊使い等を殲滅しきる為にもだ、呪文戦を得意とするモラルの力が必要ではなかろうか?」


 先ほどまでの感情論とは異なり、今度は戦力計算した上での冷静な判断で、モラルの身柄を欲し始めた。

 一周回って全く同じ問題点へ行きついたわけだが、タルタドポスはこれにもすでに対策を済ませてある。

 彼は自信満々に、胸を張ってこう言った。


「無論、この件は駆け出したばかりの半端な腕前の魔術師ですら参列させたい依頼ではありますな。ですが、三か月もの間戦いの場を離れていたフリーガンに真っ当な戦働きを期待できるとは、某には思えませぬな」

「ムムム……それは、確かにお前の言うとおりではあるか」


 絶え間なく浴びせられ続ける正論に、シャレンドラはぐうの音も出てこない。

 ならばこそ、ここが更なる押し時と、タルタドポスは更なる提案をたたみ掛けた。


「そもそも此度の依頼は、複数のパーティが合同で行う大規模掃討作戦であります故、呪文戦は他のパーティに任せてしまうが宜しいかと。あるいは、呪文使いたちの盾役を担うという手段もありますな」

「ああ、そうであったな……確かに、集団での戦闘になるのであれば、パーティごとにある程度の役割を割り振っておいた方が、現場での混乱は少ないか」


 シャレンドラはタルタドポスの巧みな話術に誘導されて、話の主題を死霊使いの討伐作戦にすり替えられた事に気付かなかった。

 伊達にパーティの中で一番年齢を重ねていないわけではない。

 姓を名乗れぬ庶子であるとはいえ貴族の六男坊であり、国の騎士団に入った兄の従卒役から叩き上げで出世してきた男である。

 未だにおのれの半分ほども生きていない青二才の相手をするのは、小鬼一匹殺す依頼よりよっぽど容易いもんだとタルタドポスは内心ほくそ笑んでいた。


 とはいえ、鞭ばかりを叩きつけるわけにもいかない。

 厳しい言葉を向けた後には、甘い蜜を嗅がせる事も肝心である。


「とは申すものの、余力はあって困る事もありますまい。ここは一つ、モラルの元にはナインティーを差し向けるのが妙案であると思いますれば」

「ナインティーを? ボクが向かうのでは駄目か?」


 少し不満げな表情を浮かべるシャレンドラに、タルタドポスはしかめっ面で首を振る。


「なりません。此度の死霊使いの掃討計画の旗印を担う役は、国に選定された勇者であらせられるシャレンドラ殿を除いては他の誰も当てはまりはしますまい。この重大な任を仰せつかってしまう以上は、他のパーティメンバーたちからの求心を得る為にも、続々と討伐部隊の集まるこの砦から離れる訳にもいきますまい。どうか、辛抱してくだされ」


 モラルを連れ戻す為に部下を差し向ける行為は認めるが、自身が直接出向く行為は許されないとタルタドポスは告げる。

 心情的には今にもモラルの所へ飛んでいきたい風なのは見え見えではあったのだが、その気持ちを責務と正義が押さえつけた。


 シャレンドラは正義の人である。

 悪を憎み、不徳な行いを恥じる、善良な民草たちと変わらない感性を持っている。

 故に、自らの欲望の為に神々の定めた法に反し、不徳で貪汚な行いばかりをする卑死操団を放置して、個人のわがままを押し通す事などシャレンドラには行えない。


 多少の不満は残るものの、タルタドポスの提案通り、ナインティーを向かわせる事でシャレンドラはひとまず納得する。

 しかしモラルへと差し向ける相手がナインティーである事には疑問が残るのか、再び首をかしげていた。


「だが、モラルを呼び戻す役目をナインティーに命じてもよいのか? 魔術師もだが、斥候(スカウト)も廃墟に隠れて活動している死霊使い共を見つけ出す為には必要な戦力であろう?」


 これにもタルタドポスは完璧に近い答えを用意する。


「左様。ですが斥候の出番は作戦当日までありませんので、今ならナインティーを自由に動かしても問題は無いかと。むしろナインティーは過度にお喋りなところがありますので、息抜きも兼ねてモラルのもとに送りつけて好きなだけ喋らせてやるのが良いかと思われます」

「ああ、確かにナインティーは独り言が多いな。なるほど、連れて帰ることが出来ればそれで良し。失敗したところで出先で散々喋り散らした事だろうから、卑死操団への襲撃時に独り言が抑制される可能性がある、と」

「まさしくその通りでございます。何でしたら、モラルを連れ戻せなかった事に軽く触れるだけでも、あの喋りな口も掃討作戦の時には大分静かになる事でしょう」


 ならばよし。

 そう言いたげにシャレンドラは両手をぱぁんと打ち鳴らし、議論が終わった事を宣告する。


 やるべき目標が定まれば、二人の行動は早い。

 シャレンドラは卑死操団掃討作戦に加わる他のパーティとの交流の為、タルタドポスはその補佐とナインティーを派遣させる為、連れだってその場から退室する。


 部屋にはタルタドポスとの話し中、学が無い故に一切口を挟むことが出来ずにいたバシュターナだけがポツン、一人残された。

 バシュターナの存在は、二人から完全に忘れ去られてしまっていた。

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