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スープ リンゴ酢と具沢山の野菜のスープ 完食

「いやはやお嬢さん! フリーガン殿はまったくもって素晴らしい魔術師殿であらせられるのです。彼は地の呪い水の呪い風の呪いなどを駆使し、未開であった荒れ野を瞬く間に開拓してくだすったのです。その上特殊な呪いの力によって、収穫物の巨大化にも協力していただけました」

「収穫物の巨大化ぁ? お前それって、もしや外法の類じゃねえだろうなぁ?」


 眉をひそめて苦言を漏らすバシュターナに対し、とんでもないとモラルとタードナーは首を振る。


「くさの根っこに地の呪いをかけただけだって! そんなだいそれた呪いじゃあないからもんだいないって」

「そ、そうですぞそうですぞ! 拳ほどの大きさだった果実が熊の頭よりも大きく育ってしまう程度の呪いでしたぞ」

「……いやそれ、かなりヤバないか? 熊の頭よりでけえって……」


 身をのけ反らして引いてしまう。

 そのような呪文を安易に唱えてしまったせいで、モラルは此処まで肥え太ってしまったのではないかと懸念してしまうほどであった。


 この話題はよろしくない。軽傷で済むうちに何とか話を逸らさねばとタードナーは通りがかった村のおばちゃんに、慌てて鍋を持って来る様命令する。

 おばちゃんは命令されて少しムッとしたようだが、タードナーの隣に今回の収穫の最大の功労者であるモラルが座っている事に気付いて笑顔に一転、ぱっと駆け出してみせたかと思えば、あっという間に三人引き連れて、あれよあれよと鍋を三つに食器を一つ、持ち運んで戻ってきた。


「あいよお、魔術師のお兄さん! あんたのおかげで育ち切った、季節の野菜の汁もんだよ! たぁーんと食べてくんな!」


 鍋は三つともどんとモラルの目の前に置かれ、おばちゃんは一つしかない器にその中身を注いでバシュターナに手渡した。

 バシュターナは首を傾げた。

 モラルの分の食器が無いのだから。


 いやいやモラルの分はどうしたのだと、バシュターナは疑問を浮かべてしまうのだが、おばちゃんは器に注ぐのに用いたおたまをそのままモラルに向けて差し出して、満面の笑みで頷くのだった。

 モラルはおたまをむんずと掴んで受け取ると、鍋から直接掬ってばくりと口に運んだ。

 所謂直食いというやつである。

 モラルはばくばくばくばく食べ始めた。


「あっはっは! 相変わらず良い食べっぷりだねえ魔術師さん! まだまだ鍋は残ってるから、足りなくなったら取りにおいで!」


 そう告げるとおばちゃんは、お前二人の邪魔すんなよというか現場監督がこんなところで油を売っているんじゃねえと、タードナーの脇腹をしこたま強く小突いて悶絶させると、後ろ襟首をむんずと掴んで無理矢理引きずりその場を去った。

 その様子とモラルの食べっぷりを、困惑しながら交互に眺めるバシュターナ。

 しかし彼女もこの場であれこれ言っても無駄だろうなと悟ったのか、モラルと同じように匙でスープを掬い取り、まずはくんくんと匂いを確認した。


「――酸っぱいっ! いやおい、酸っぱい匂いがするぞ、なんだこれっ!?」

「そりゃあ、冬りんごで作った酢がたっぷりとはいっているからなあ」


 何を当たり前の事を聞いているんだと言いたげなモラルに対し、バシュターナは嫌な顔をして器を突っ返す。


「酢かよ! やめろよ、酢漬けはもうたくさんだ! 長期遠征とかで散々酢漬け野菜を食わされて以来、酢の物が嫌いだって知ってるだろお前もよォ!」


 しかしモラルはその器を掴んでバシュターナへと無理矢理突っ返す。


「ンまいから、くえ、くえ! ダイジョーブだ、ふつうにンまい!」

「やぁだからなぁー! あたしは苦手だって言ってンだろぉ!?」

「まあまあまあ、うまいから、うまいから。だまされたとおもってのんでみろって!」


 しばし二人は応酬するが、如何に歴戦の蛮勇士といえど、直接的な腕力に限れば身の丈二倍のデブには敵わない。

 器を突っ返され切ってしまった。

 ごくごく一般的なただのデブとは異なって、ここまで育ち切ったデブの身体は、生きていくだけでも相当な筋力を必要としてしまう。

 もはや貧弱であった頃の彼ではない。

 モラルは非常に筋肉が発育してしまった、規格外のクソデブ男になったのだ。


「くっそ、こいつ、無理矢理に……ええい、こなくそ! 飲みゃあいいんだろ飲みゃあよぉ!」


 啖呵を切るとバシュターナは勢いよくかっ込んだ。

 嫌いな味付けのものはさっさと嚥下して飲み干してしまうに限るという判断ではあったのだが、ぬるんと口内を流れるその味わいのまろやかさに思わず動かす匙を止めてしまう。

 確かに酸味は匂いの通りに強いのだが、それ以上に野菜や果物の甘みの方が強く出てる。

 むしろそのくどくなりそうな甘味部分を、りんごの酢の味がさっぱりとさせてくる。


 ひとさじひとさじゴロゴロとした野菜を掬って口へと運び、奥歯でしっかり噛んでみれば、トロ火で煮えた甘味がばばぁーと広がって、その後ろを追いかけるようにりんごの風味と酸味がじわじわやってくる。

 かつての野営で散々食べさせられた酸っぱいだけの保存食と違い、きちんと手間暇かけられた酢の味はこんなにうまいものなのかと、バシュターナは驚愕する。

 その真横では早くも鍋の一つを食べつくしてしまおうと、鍋を持ち上げ大きく広げた口の中へとがっぽがっぽと具を流し込むモラルの姿が意地も汚く存在していた。


「オラァ! もっと味わって食えよてめぇ!」


 足技が勢いよくでっぱた腹へと突き刺さる。

 しかしあり得ないほどにぶくぶく育った贅肉は、その衝撃を完全に受け止めて、ぶよん、ぶにょんと身体全体を震わせその威力を分散した。

 ある意味打撃に対する強い耐性をモラルはその身に宿してしまっていたのだった。


「な、な、なんだなんだあ! たべたくない、たべたくないっていってたのに、こんどはたべるなたべるなっておまえさあ……」

「食べるなって言ってるんじゃねえって、もっと感謝とありがたみを持って味わって食べろって言ってんだよ!」

「かんしゃしてたべてるよ。あたりまえじゃあないか」

「嘘をつけ嘘を! そんな食べ方で感謝の意を示しているとは言わせねえぞ馬鹿野郎!」


 拳、拳、拳の連打が脇腹へと繰り出される。

 平手打ちに比べれば実は大して痛くも無いが、そんなに振動を与えられると胃袋が蠕動してしまうので、食べ辛くなってしょうがない。

 モラルは反撃の為に鍋をスーッと下に降ろすと、それで拳を受け止めた。


 ――ボガォッ!


 鈍い音が辺り一面に響き渡る。


「――痛ってぇ!」

「我のハラにさわるなっていったよなあ? ヤクソクをまもらないからそういうメにあうのだ」


 拳骨を擦り、息を吹きかけ痛みを和らげようとするバシュターナを横目にしながら、モラルは最後の一滴まで残さぬ様に唇をつけ吸いつくす。

 ずぞっずぞっずちゅちゅっちゅっちゅうう――じゅぞっ!

 幾分耳障りな音色であった。


「お前なあ……それで防ぐのは正直言って、無しだろ……」

「ヤクソクをまもらぬやつがわるい! そんなことより、おまえはけっきょくナニしにきたんだバシュターナ」

「何ってお前、そりゃあ――……あ、ああっ!?」


 モラルに尋ねられた事でようやく本来の目的を思い出し、バシュターナは立ち上がる。

 次なる鍋へと伸ばされた腕にしがみつき、全力で邪魔をしながら理由を言った。


「そうだった、あたしゃお前を連れ戻しに来たんだった! ええいモラル、こんな村で農家のまねごとなんぞやってないで、とっととみんなの元へ戻るぞ!」

「はあ? なにいってるんだよ、いまさらさあ。もどれるわけがないだろう」


 バシュターナが説得とも呼べない言葉でモラルを無理矢理突き動かそうと試みる。

 モラルはモラルで言葉少なにもう戻れないと言い返す。

 言葉不足が原因で、ここで二人の認識に齟齬が発生する。


 モラルは三か月間ずうっと勘違いしたままの内容、つまりはパーティが物理偏重主義に陥っているという認識のまま、バシュターナを拒絶する。

 魔術の才能しかない自分が戻っても、何の役にも立てないに違いないだろうという思いがあっての返事である。

 一方バシュターナはといえば、三か月間連絡一つ寄こさなかった事だとか、言葉に言い尽くせないほどにまでデブデブに太ってしまった事に気が引けて、戻るに戻れない気持ちに陥っているのではないかと予想をしてしまったのだ。

 つまりは両者、ともに見当違いな内容で、仲間の所に戻れないと判断してしまっていた。


「なんだよお! シャレンドラにゃああたしが何とか取りなしてやるからさあ! お前だって、飛び出してから三か月間連絡入れてなかったから、意固地になってしまってるんだろ? その辺もあたしがどうにかしてやっから、大人しく帰ろうぜ」

「我ぁ帰らん! 帰らんったら帰らん! あっこにゃもお我のいばしょはナイんじゃあ!」

「ンな事言ってんじゃねえよおい! つーかお前を連れ帰らんとあたしがシャレンドラに殺されかねねーんだよ! オラッ、いいから帰るぞデブッ! 引きずってでもお前を連れ……連れ……う、くうぅ……っ!」


 強引に引っ張ろうとするも、余りの重さにピクリとも動かせない。

 祖霊の力の加護によって、大の大人一人を担ぎ上げる事くらいは余裕であったバシュターナでも、さしもの今の体格のモラルを運ぶことは敵わなかった。

 モラルの体重は全身鎧を着こんだ成人男性数人分以上の重さを有していたのだ。

 バシュターナは息が切れそうになるまで無理矢理モラルを引っ張ろうとするが、その行為が無駄であると悟り、荒々しい息を吐きながら次なる手段を思いつくまでの間、話術で何とかしてみようと必死になって話しかけた。


「お前なあ、いい加減みんなに顔くらいみせてやれよ。お前だってそろそろ再会したいなあって、思ったりはしないのか?」

「……べつに。我はべつにあいとぅない。それより、このスープをのみほすほうが、今はとってもだいじなのだ」

「おい、おい! 人が真面目に話してる時に、ンなチンケなスープを飲んでんじゃねえって! そんな何処でも売ってそうなモンから手を放してだな、あたしの話を――」


 その瞬間、強い殺気を感じ取ってバシュターナは背後へと振り向こうとするのだが――


 ――ブオンッズサッ!


 とてつもない勢いで投擲された出刃包丁がバシュターナの股の間を通過して、つま先スレスレの所に突き立った。

 出刃包丁は地面に刺さっただけでは威力を完全に殺し切れなかったのか、ぶるぶると小刻みに振動していた。

 予想外の蛮行に、バシュターナも肝が冷える。


 ぎりぎりぎり。

 まるでスケルトンが首を動かすときのようないびつな動作で振り返ってみてみれば、先ほどニコニコ顔で鍋を持ってきてくれたおばちゃんが、伝説の悪魔ベルゼンスレーンも即座に地獄に逃げ帰りそうなほどの恐ろしい笑顔を浮かべ、バシュターナに向かって話しかけてきた。


「あ、ら、あ、ら、お嬢さん……どこの村のスープがチンケで安っぽいくそったれの汚汁だなんて言うのかしら?」

「ひっ……! い、いえ、そんな、あのですね……別にあたしは、そんなつもりじゃ……」

「ああっ!? てめぇがさっき抜かした文句一言一句そのまま身体に刻み付けて二度と忘れられないようにしてやろうか、ンアアァーッ!?」

「ひぎゃッ!? いや、え、待って、あの……ちょっ……」


 怒れるおばちゃんの様子を察しておばちゃん仲間が現れた。

 手にはどんな野菜も一発で分断できそうな、鋭い出刃包丁が握られている。

 二人、三人、五人六人……。

 続々と増えていく。


 バシュターナは何ら上手い言い訳も思いつかない状態のまま、次第に取り囲まれつつある状態に田舎の結束力の末恐ろしさと身の危険を感じ始め、じりじり、じりじり後退をし始めてしまった。

 助け船を求めてモラルに視線も向けるのだが、彼は彼で巻き込まれたくない一心でそっぽを向いて口笛なんぞを吹いている。デブの癖に器用である。

 だがそれはそれとして、バシュターナの身の上は絶体絶命の様相であった。


 もはやこれまで。

 打開策も思いつかず、バシュターナは最後の手段を取ることにした。


「……きょ、今日の所はお前の顔が見れただけでも満足って事で帰らせてもらうわほなさいならあああああああ!」


 捨て台詞だけをその場に残し、全速力で村の外へと駆け出していた。

 逃げ出すバシュターナの背を追いかけて二、三本ほど刃物が飛び交ったような気もしたが、関わり合いになりたくなかったモラルはワザとらしい音をたてながら冷たくなりかけた鍋の中のスープを啜り、


「あぁ~、ウンまい! セカイジュウどこを探してもこんなにうんまいスープが飲めるのはこのむらだけだろうなああ!」


 全力でヨイショをし、自分はあいつとは違うんですよと下手糞な演技をするのであった。

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