1 はじめまして学生寮
私が住んでいた町は田舎だったんだな。駅の改札を出て人波に流されるままに迷子になりかけた私は、自分が田舎者であることを悟った。地元の大型ショッピングモールに匹敵するほどの人々が行き交うのは、くそ広くてどこかの宮殿みたいに荘厳なただの駅である。
構内の案内板の前、しゃがみ込んで自販機で買ったミルクティーを飲みながらバス乗り場を探す。うーん。あっち、かな?行く先に首を向けると私と同じ歳くらいの女の子と目が合った。
「あの、ハルマ学園の新入生の方、ですか?すいません私、道に迷ってしまって。バス乗り場までの道ってわかりますか?あっあの私タツキです。タツキ・ミヨシです」
私と同じ制服を着ている茶髪で大人しそうな可愛らしい女の子が泣きそうな瞳で声を掛けてきた。そこはかとないシンパシーを感じ、立ち上がってこちらも名乗る。
「私メリル・サイフレット。同じ学校だね、よろしく。ちなみにミヨシさんはどっちの方向から来たの」
あっちです、と指差したのは私が向かおうとしていた方向だった。うん、駅員さん探そっか。
1.バス乗り場
親切な駅員さんの導きにより私とタツキはなんとか目的地まで辿り着いた。都会に揉まれて若干疲れた私達を出迎えたのはローブを纏った優しい雰囲気の綺麗な女性。
「こんにちはハルマ学園中等部の新入生ですね。長旅お疲れ様、ようこそ学園都市オルファムへ。私はアイラ・ロビー、学園の教師です。よろしくね」
藍色の長髪を後ろで一つに括ったアイラ先生がフフリと微笑む。すげぇな、都会の女教師はこんなに綺麗なのか。
「こんにちはアイラ先生。メリル・サイフレットです。よろしくお願いします」
「こんにちはアイラ先生。タツキ・ミヨシです。よろしくお願いします」
「はい、よろしく。一応学生証を見せて貰えるかしら。…ありがとう、もういいわよ。バスの席は決まっていないから好きに選んで。出発は一時間後、それまでは自由に過ごしていいわ。ただしあまり遠くに行かないこと。時間までに帰って来なかったら置いていかれちゃうわよ」
下手に動くとまた迷いそうだと思った私達はバスの中で待つことにした。中に入るとすでに十数名が席についている。それぞれと挨拶を交わし、前の方の席に座った。
みんなでどこから来ただの都会は凄いだの、先生が美人だのカレー食べて来ただのと話したり、新たにやって来た人に挨拶したりしている内にあっという間に時間は過ぎたようで。
「全員揃いましたね。それでは学生寮に出発です」
『はーい!!!』
これから三年間暮らす学生寮に向けてバスが動き出した。
2.ハルマ学園中等部女子学生寮
アウデム駅から二時間、ビルが立ち並ぶ都会を抜けて森の中を進みしばらく。開けた先には赤茶色の屋根と白い外壁の街並みが広がっていた。
アウデム駅周囲にあった高層建築物は殆どなく、それ故に時計塔やら一部の建物がより印象的に映る。雑誌やテレビの画面越しではなく肉眼で見るオルファムの姿は想像の何倍も綺麗だった。
美しい街を数十分行くと遂に学生寮に到着したようでバスはゆっくり停車した。みんなそれぞれ固まった体をほぐすように伸びをして降車していく。
「皆さんお疲れ様です。既に荷物は届いていますので各自部屋に向かってください。何か不備があったり、わからないことがあれば寮長さんに言ってくださいね。それでは私の案内はここまでですので、これで失礼します。また学園でお会いしましょう」
アイラ先生にさよならと返し、各々割り振られた部屋に入っていく。この寮は二人一部屋で、事前に渡されていた部屋割りによると相手はエリカ・アニストンさんである。
「と、いうわけで改めまして。私はエリカ・アニストン。これからよろしく、メリル」
「メリル・サイフレットね。こちらこそよろしく、エリカ」
肩までかかる薄緑色の長髪、可愛いよりかはカッコいい系って感じの美人さんだ。私よりちょっと背が高い。バスの中でも少し話したが中々気が合いそうな感じだった。
「さてと、じゃ最初に一つ。右と左どっちがいい?」
風呂トイレ付きの1DK。収納棚が中央を区切るように固定され、左右対称に机とベットだ。どっちがいいか聞かれても別にどっちでも一緒だよな。しかし相部屋って聞いた時は窮屈そうだと思ったけど、実際見てみると普通に広い。
「私はどっちでもいいよ。エリカが好きな方選んで」
「おっいいの?じゃあお言葉に甘えて、右で。」
「ん、オッケー私は左ね。そんじゃ荷解きしますか」
おー!と言うエリカとそれぞれ作業を始めたがお互いそれほど荷物もなく割とすぐに終わり、共用部分の掃除当番等のルールを決めていった。
「あとはー。ご飯どうする?メリルって料理する人?」
「殆どしないね、食堂で済ますつもりだし。エリカは?」
「得意って訳じゃないけど作るよ。いや食堂もいくけどさ、運動部系って配布食券だけじゃ足りないって話しよく聞くじゃん。その分は自炊したほうが安くつくからね」
あーお父さんもいってたなそれ。一応食費込みで振り込むって話になってたし、横で食べてるの見てたら私も食べたくなりそうだな。
「家の親もその話ししてたわ。お前も絶対足りなくなるっていわれたんだよね。食費も出してくれるしやっぱ私もやるかなー」
「そう?じゃどうしよっか。んーそうだなぁとりあえず調理器具は割り勘にしない?」
それから色々協議した結果、調理係は週交代で食費は割り勘にすることに決めた。あくまで仮決定、しばらくは様子を見て適宜変えていくって方針で。まだお互いのこと何にも知らないわけだしね。
3.頂上決戦どんぐり
「ひ、引き分けで」
まあそうだろな。タツキ審判の判定に否という者はいなかった。
「不味くはねぇよ。うん、食える食える。なんか足んねえけど」
「おっ前さあああ!一番できないくせに何で上から目線なの!?」
ミラ・ロバーツの発言にエリカがキレている。三者三様、もたつく手付きで作った料理はそれぞれ似たり寄ったり微妙な出来であった。エリカの気持ちも少しはわかる。一番もたついていたのはミラだ、だが我々もそれほど変わらない。三人そろってモタモターズだよ。
入寮から三日。私とエリカで一回ずつ料理をしてみた結果、最初のうちはこんなもんだろうとお互いの傷を舐め合うことになった。そんな話をタツキにしたところ、私お料理得意だから教えようか?と救いの言葉をかけてくれたのである。
タツキと同室のミラも参戦してのお料理教室になったのだが、まあご覧の有様だ。何がいけなかったんでしょうか先生。
「うーんと…色々?」
そうでしょうね。じゃあ気合を入れて一から教わるということで。頑張ろうね二人とも。
「私はいいや、暇だったから遊びに来ただけだしな。つかタツキが作ってくれるし」
ざっけんなよてめぇ!!
「その分他の家事はやるんだからいいだろうがよ。僻むんじゃねーよモタモタシスターズ」
『誰がシスターズか!!!』
飛びかかったけど二人まとめて転がされた。強いなこいつ。
そんなこんなで一週間、いよいよ明日は入学式。私達の学園生活のはじまりだ。