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2、剣士

 俺の住む世界には、魔獣や魔法、そして神も存在する。ま、今のところ俺は神には会ったことがないけど。

 そしてこの世界の平野にぽつんと佇む小さな村が一つ。その村は、俺が住んでいるキワカ村。特産品はぶどう、梨、酒、以上。そして、生活の脅威になる魔獣も極たまーにしか出ない平和な村。そんな村でまともに戦えるのは、村に一人ずついる剣士と魔道士。

 普通、村には、王国の『ギルド』から派遣された派遣戦士がいる。しかし、この村は、派遣基準である、一年に魔獣の襲撃五回以上という基準を幸運にも満たしていないため、派遣戦士はいないのだ。

 でも、この村にはさらに幸運なことに、もとから住んでいた剣士と移住してきた魔道士がいたため、今まで難を逃れている。しかもその剣士と魔道士は最強クラス。下手な派遣戦士よりもよっぽど強い。

 で、俺の話に戻そう。

 俺は昔から勇者の話が好きだった。子供の頃から好きで好きでたまらなかった。他の子も好きで、一緒に勇者ごっこなんてしてたっけ。でも、みんな、大人になるに連れ気づいていく。勇者なんて存在しない、虚構なんだって。

 でも俺は、作り話か実話かなんてどうでもいいんだ。勇気を与えてくれる、それだけでいいじゃないか。他のやつがどう思おうとも、俺は好きなものは好きだと胸を張って言おう。

 そのせいか俺は、ある職につきたいと強く願うようになった。それは、魔獣狩りを専門とする職業、ハンター。

 ハンターは、王国で認められた腕利きの戦士にしか、なることを許されていない。心技体、全部が揃った猛者にのみ許される職業。

 だから俺は十五歳のころ、夢を叶えるべく、村に住む剣士、ガヤエアに弟子入りをすることを決めた。



         ――ネリア・ハラベスト十五歳――


「弟子にしてください!」

 俺は村の剣士である、ガヤエア・リーストに弟子にしてくれと頼み込みに行った。剣を本格的に学ぶためには、この人のもとに行かねばならないと考えた俺は、何の準備もせず、扉を叩き、愚直に頭を下げた。

「おーおー、今時珍しい若者だな。このご時世に剣を習おうとは」

 ガラリと扉を開け、ふらりと出てきた筋肉質の男性。この人が、ガヤエアである。

「嫌いじゃないぜ? そういう熱いの」

 おっ? 好印象?

 しかし、返って来た返答は――

「だが、めんどいからいやだ」

「……へ?」

 この一言である。なんともまあ、嘘の無い言葉であろうか。良く言えば真実を包み隠さず言った、悪く言えばあまりにも適当。少なくとも、口に出して言っていい言葉ではないことは確かだ。

「そ、そこをなんとか!」 

 しかし俺は諦めない。食い下がる。

「お願いします! 本格的に剣を学びたいんです!」

「嫌だと言ったら嫌だね」

 ガヤエアはものすごくめんどくさそうに嫌な顔をした。いやもうね、もう見るに耐えないぐらいの嫌な顔。

「お願いしますっ!」

 しかし俺は諦めない。諦めたら負けだ!

「いやだよ、他を当たってくれ」

 しかし、返ってくるのは無情にもNOの言葉のみ。俺の言葉など、もう耳に届いていないのか――?


 ……仕方がない、こうなったら最終手段――

「……わかりました。……はぁ、ササラさんにガヤエアさんに断られったって言ってこよう……」

 わざとらしくトボトボと帰るフリをする。あくまでフリである。

「そうだ、とっとと帰って…………なに? ササラさん?」

 ピタリと動きを止め、ガヤエアはその言葉をゆっくり反芻した後――

「……よし! お前を弟子にする、するから戻ってこい! 頼むっ!」

 いきなり血相を変え、必死に俺を引き止めようとする。ちょろいぜ!

「本当ですか!?」

「お、おう! もちろんだ! この村の未来を担う若者を養育するのが俺の使命だからな!」

 若干ヤケクソ気味だが、今確実に俺を弟子にしてくれると言った! 

「っしゃー!」

 これが俺の弟子入りが決定した瞬間である。

 あ、ちなみにササラさんと言うのは、ガヤエア、つまり師匠が気になっている花屋の女性だ。笑顔が魅力的で、思わず守ってあげたくなる、そんな女性。で、ガヤエアさんはですね、それはもう村の人全員(ササラさんを除く)に思いはバレている。しかし、本人は隠し通しているみたいな顔をしているから困ったもんだ。もうお二人さん付き合っちゃいなよ。でも、残念ながら師匠は今もプロポーズすら出来ていない。生暖かい目で見守ってあげよう。

 兎に角、俺は晴れて剣士ガヤエアの弟子になったわけだ。





           ――そして現在――


 俺はガヤエア師匠の家の前にいる。今日は週に二回の稽古の日だ。

 あ、ちなみに弟子は俺一人。なんでも弟子は取らない主義らしい。まあ、どうせ、面倒だからであろう。

 そして師匠であるガヤエア・リーストは身長百八十センチで俺と同じ黒髪。今年で三十歳の華麗なる独身。顔はいいけど、中身が残念! 超がつくほどのめんどくさがり屋で、常にけだるげ。まあ、戦いとか打ち合いのときは、目が爛々と輝くんだけどね。……そういやこの解説、バレたらあとで怒られそうだ……。(すっげぇ怒られました)

「んじゃ、まずは素振りからな。百回でいいぞ。ほれ、始め」

 師匠は例のごとくけだるげに稽古のメニューを俺に言い渡す。二年目ということもあり、もうリースト流剣術の技の練習に入っている。

「うっす!」

 俺は張り切って木刀を構える。リースト流基本の構え、諸行無常。無駄な力を抜き、自然を感じる。

 あらゆる攻撃から柔軟に自分を変え、同じ自分はもうそこにいない――――これぞまさに諸行無常也。

「……はっ!」

 一振り一振りをしなやかに、無駄なく。師匠の教えだ。常にどこからでも、どんな角度からでも剣をベストの状態で振るえるようにとのこと。

 そして俺は剣を振るいながら、まだまだ未熟だった一年前を思い出す。



「いいか? なんでこんなにリースト流の技を教えるのが遅いのかと言うとな」

「はい」

「お前に才能が無いからだ」

 師匠が一年前、俺が単純な素振りに耐えかね、技を教えてくれとせがんだときに発した言葉だ。

 いやー、衝撃的だったね。面と向かって、才能がないと言われたんだから。まあ、理由はそれだけじゃないみたいだけど。

「あと一つ理由がある。ネリア、試しにこの人形の芯を百回打ち抜いてみせろ」

 と師匠が指差したのは師匠が彫った木製の丸太人形スティーブンくん。

「成功したら、技を教えてやるよ」

 当時、延々と続く素振りに飽々していた俺は、喜んでスティーブンくんに木刀を振るい続けた。

「八十二、八十三、八十よ、あっ!」

 スパァンという、快音ではなく、ドスンという芯を外したときの鈍い音が響いた。そして手に返ってくる衝撃。

「はい、芯から外れた。最初からな」

 本を読みながら師匠は、俺にやり直しを命じる。

「くっそ! 次こそは成功させてやる!」

 そして、この後も散々挑戦したが、惜しいところでいつも集中力が切れてしまい、芯を外してしまっていた。

「なあ、なんでこの修行をさせると思うか?」

 成功の兆しのないまま挑戦してから一ヶ月、師匠は俺に問うてきた。

「……いじめですか?」 

 あと少しというところで失敗! というのを繰り返していた俺は、少し渋い顔で師匠の問に答える。

「ブブー。正解は、お前を強くするためだ」

 そのまま師匠は続ける。

「実戦でのミスは許されない。ミスをしたらお前は死ぬぞ? そして俺の技は、基本、つまり百回振って、百回全部が芯に当たるぐらいじゃないと、習得出来ないからだよ」

 少しふてくされていた俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。

「まあ、ゆっくりやっていこうぜ。まだお前は剣術という、果てしない荒野に足を踏み入れたんばかりなんだから。ほれ、飯にすんぞ」

 ここから俺は、真摯に素振りに取り組み、いつの間にか芯に百回当てることができるようになった。そして技を習得し始めたんだよな……





 おっと。俺が過去の回想をしてたらあっという間に百回の素振りが終わった。

「次、リースト流二連線行きます!」

 そして俺が習っているリースト流剣術というのは師匠が立ち上げた流派だ。王国からの認可も得ているので、立派な流派の一つである。一対多数の状況を想定して作られた戦い方で、特徴としては『手数で勝負』である。周りに気を配り、常に警戒、そして、どの方向から襲われてもいいように気を研ぎ澄ます。

あ、ちなみにリースト流体術もあるからね。この紹介はまた今度。


「リースト流二連線!」

 俺はリースト流第一の技である二連線を空に放つ。二連線は返す刀、つまり二発目に重きをおいた技である。一発目はあえて外し油断させ、二発目で確実に仕留める。そのため、手首の力加減が重要になってくる。

 師匠いわく「これは俺の尊敬する佐々木小次郎の燕返しから着想を得たもので……」とかなんとか言っていた。まあ、佐々木小次郎が誰かは知らんが。

 そして俺は、二十回程度二連線を放った。

「やめっ!」

 師匠の号令で俺は木刀を下ろす。昔はこの時点で体力切れで、地面に倒れ込んでいたが、今では息を切らす程度までになった。

「んーなんだかなぁ」

 師匠ががりがりと頭を掻きながら俺に近づいてくる。

「お前、ほんっとに才能ないな」

 とまあ、毎回毎回ダメ出しばかりである。厳しい……。

「二発目の振りが遅い。手首のスナップを忘れるな。いいか? こうだ」

 ビュン! と師匠の木刀が風を斬る。風圧が俺の眼下を通り抜ける。スレスレで危ない。

 しかし、俺の振りとは雲泥の差だ。なによりもスピードが違う。

「言ったことは覚えてきてはいるんだけどな……なんか、その、覇気が感じられないっていうか、弱そうっていうか」

 師匠は言葉を濁す。そして笑顔で付け加える。

「まあ、あれだ、そこらの一般人よりかは強いと思うぜ? そこだけは俺が保証してやるよ!」

 胸を張ってフォロー? してくれる師匠。

「全くフォローになってませんから」

 なんともまあ、悲しい慰めである。いつになったら、強くなれるのやら……

「師匠、そんな悲しい慰めはいいから、手合わせお願いします!」

 体力が回復した俺は、いつものようにまた無謀な戦いに挑む。

 今日こそ一発入れてやる!

 なんてったって今日の俺はひと味違うぜ? 何度も挑んではボコボコにされてきた俺には、秘策があるのだ。

「おう、こいよ」

 師匠は肩をコキコキ鳴らし、手招きまでしてくる。ナメられてますなぁ。

「じゃあ行きます! せやっ!」

 俺は木刀を片手に師匠に勢い良く跳びかかった。低い姿勢での突撃、師匠のリースト流の技に頼るのではなく、戦略で戦う! 

「お、今日はいつもよりも積極的だな」

 師匠はどうせ当たらないとタカをくくっているのか、余裕そうだ。あくびまでしている。

「はっ!」

 重心を崩さないということを心がけ、丁寧に木刀を振っていく。いつでも攻撃から防御に移れるように。ま、師匠が本気を出したら、防御なんて意味は無いけど。

「おいおい、こんなヌルい攻撃じゃ、眠っちまうぜ?」

 師匠は片手、しかも素手で俺の攻撃全てを捌き切る。木刀の横っ腹を正確に叩き、受け流す。間違いなく普通の剣士には出来ない芸当だ。まあ、俺の剣速が遅いってのはあるんだが……

それにしても、強すぎる。持っている木刀すら使ってくれない。それなら秘策を使うしか無い!

「とりゃぁ!」

 油断している今がチャンスと感じた俺は最近練習を重ね、なんとか習得した秘策、「突き」を繰り出す。突きはモーションが少ない、さらに迫ってくる剣先が点ため、防御は難しい。警戒していないと避けられないはずだ!

「うおっと」

 しかし師匠は少し声を上げたものの、俺の渾身の突きをひょいっと軽く避けてしまう。

「あー、くそっ!」

 その後の攻撃も軽くあしらわれる。

「お前はまだ、木刀すら扱いきれていない! 木刀を振り回しているだけじゃだめだ! 木の枝を振り回してるんじゃないからな!」

「う、うっす!」

 俺の頬から汗が滴り落ちる。気がつくと、俺は体力を大幅に消耗していた。これが師匠の戦略である。いつもこれに引っかかるんだよな……

 師匠は恐ろしく受けがうまい。やんわりとすべての攻撃を受け、受け流してしまう。攻めるのは体力を使う。それも、連続してやると成るとなおさらだ。

 師匠の戦略にハマってしまった俺は慌てて呼吸を整える。

「んじゃ、そろそろ反撃開始と行きますかね」

 師匠が不敵に笑い、木刀を握り直した瞬間――


 ゾワァ。俺の背中に嫌な汗が流れた。

 マズい、この殺気……本気だ。気を抜けば、本当に俺の首が飛びかねない!

「まずは手始めに、そうだな……リースト流陽炎!」

 師匠がゆったりと木刀を振るう。上段からの振り下ろし。一見、普通に避けられそうだが、この技は違う。

 振り下ろされる木刀は、ゆらゆらと蜃気楼のように動いて、まるで剣が分身したかのような錯覚を覚える。これがリースト流陽炎。真の太刀筋が見えず、受けることが出来ないため陽炎と名付けられている。


その剣、まさに陽炎の如し、振り下ろされたる剣は揺らぎ、己が真実を惑わせる――


「くっ!」

 だが、知っていれば対処は可能――

「ほれ、がら空き」

「なっ!?」

 師匠は陽炎を中断し、大きく後ろに避けた俺の横に素早く回り込む。

「リースト流四神!」

「いててててっ!」

がら空きの腹に四人に分身したように見える師匠からすかさず四連撃を繰り出される。東西南北、つまりは四方から攻撃をするリースト流四神。四人に分身したかのように、技を叩き込む。この技を習得するには、リースト流青龍斬、玄武流し、白虎猛撃、朱雀穿ちを会得しなければならない。

 つまりは他の四つの技と共に俺の手に届かない、高みの技ってこと!

「いいねぇ、お前の戦い方には若さがあるぜ」

「痛い痛い!」

 さらに木刀で滅多打ちにされる。滅多に見ることの出来ない貴重な技のフルコースを受ける。

「こんのっ!」

 やぶれかぶれで、さっき練習したリースト流二連線を繰り出す。初撃は外し、二撃目を!

「おっ!」

 俺は今放った二連線に驚きの声を漏らした。

 師匠の的確なアドバイスにより、初速が速い!

「残念、速くはなったが、軌道がバレバレだ!」

と師匠には避けられてしまったが、確実にさっきよりも速かった。

 よし! 成長が感じられ――

「ほれほれ、自分の撃った技に惚れ惚れしてないで次の動作に入れ!」

 師匠は容赦ない。俺に休む暇も、考える隙も与えてくれない。

「痛い痛い痛い!」

 更に滅多打ち。木刀を振るう速度が凄すぎてもう師匠の腕が見えない……

「ちきしょー!」

 結果、最後まで一発も入れることはできなかった。

 

 






「ここまでだな。まだまだ修行が足りねぇよ」

 そして師匠は俺をさらに滅多打ちしたあと、汗一つかかずに終了を告げた。俺をサンドバック代わりにボコボコにしたからか、師匠の顔は晴れやかだった。くそぅ……。

「ああくそっ! あ痛たた」

 手合わせが終わった俺の体には、あちこちに木刀で殴られた打撲痕がある。それに対し、師匠は当然というべきか無傷。流石だ……。

「ほらよ、いつもの薬草だ」

 師匠が村の市場で売っているひと束三十銅貨の安売り薬草をポケットから取り出し、俺にくれた。

「あ、どーも」

 俺は受け取った薬草を口に放り込み、一気に噛んで飲み込む。シャキシャキと生の薬草の食感が俺嫌い。

「うげ、にっが……まじぃ」

 今日も薬草は相変わらず苦い。しかし、効き目は抜群なので文句は言えまい。もうじわじわと擦り傷が消えてきている。もう十分もすれば打撲程度なら消えてくれるだろう。

「そういえば、ネリア、今日はサイフォスの魔導訓練にも顔出すんじゃなかったか?」

 気分良く木刀の手入れを始めた師匠が、ふと思い出したように呟く。

「あ、やべっ! 忘れてた!」

 そういえば今日だった! サイフォスさんとの魔法訓練! 

 俺は壁に立てかけておいた木刀を引っ掴んで走りだした。やばい遅刻だなこれ!

「おっとちょっと待て。今日も頑張る弟子にご褒美だ」

 慌てている俺を尻目に、いそいそとゆっくり家に戻る師匠。

「腹減ったろ? これでも食って頑張ってこい」

 家から戻ってきた師匠から渡されたのは師匠特製の握り飯。たくさんの具に、塩の効いた握り飯、これがまたうまいんだよなぁ!

「ありがとう師匠!」

 ありがたく握り飯を頂戴し、俺は左手に握り飯、右手に木刀という珍妙なスタイルで村を走ることになった。

「がんばれよー」

「ふっす! はふはりまふ!」

 俺は握り飯を頬張りながら返事をした。

「ヤバい、遅刻かなこれ?」

 村の外れまで猛ダッシュだ!


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