1話
早朝の鐘がクヴェル十四番街に響き渡る。
商人たちが一斉に店支度を始め、街全体があっという間に賑やかになった。
カラミタはこの瞬間が凄く好きだった。
朝早くで眠い目を擦っていたが、パシパシと顔を叩き眠気を吹き飛ばす。
「街が起き始めたわね!!」
店前のショーケースに商品を並べながら、活気づく街を一望する。
朝の澄んだ空気に気持ちのいい風が頬を撫で、カラミタはご機嫌で店支度を進めた。
「今日は絶好の商売日和だわ!」
ショーケースに並べた菓子の出来栄えにほくそ笑みながら全体を眺める。
香ばしい焼き菓子にたっぷりとナッツが乗ったタルト。
どれも自分の好みのものばかりだ。
キュッキュと音を鳴らしながらショーケースを拭いていると、素晴らしい匂いが鼻腔をくすぐり、思わずよだれが垂れそうになる。
「流石アルバね……今日のお菓子も完璧な出来栄え…」
店をそろりと除き、当のアルバが自分を見ていないのを確認するとしめしめとショーケースに手を伸ばした。
(ちょっと味見するだけ……)
大量に積まれた小ぶりの焼き菓子に狙いを定めると、そっと指を近づける。
目標物までの距離はおよそ10センチ。すぐ近くにあるのに慎重にしているせいで倍ほどの距離に感じる。
ガラスに腕がつっかえながらも懸命に指を伸ばしていると
上からぬっと顔が現れた。
カラミタがはっと顔を上げると暁色の瞳と目が合った。
「いや、あのっ……これは…その……そっそう!!!
お菓子がなだれてきそうで!!支えてたのよ!!ホラ!
こう!こうやって……!!!!!!!アハハハハハ!!」
手に汗をかきながら無言で見つめてくるアルバに身振り手振りで言い訳をするが、段々と冷えてくる視線に無理やり笑顔で応対する。
「…………ははは……は……」
「……………………」
恐ろしい沈黙の後、アルバはふぅっと息を漏らして困ったような顔で顔を近づけた。
「私は貴方の為にお菓子を制限しているんです。
意地悪で言っているんじゃないんですよ。」
子供を説得するかのような言い方にムッと口を尖らせたが、暁色の瞳にじっと見つめられて何も言えなくなる。
「……分かってくれませんか?」
「わっ……分かったわよ!!!」
見つめ合いに根負けして逃げるようにじりじりと後ろに下がる。
カラミタが観念すると、アルバは満足気に厨房に戻った。
カラミタは深くため息をついて、手元のふきんに目を落とす。
しっとりと濡れたふきんは、握り締めていたせいでクシャクシャになっている。
ふきんをいじくりながら、アルバの背中をジットリとみつめた。
(菓子屋を営んでるのに自分がお菓子を食べられないだなんて…)
何が悲しくてこんなお預けを食らっているのだろうか。
虫歯が怖くてお菓子が食えるもんか!と心の中で叫ぶ。
自分を心配しての事だろうから強く言えないでいるのも事実だ。
カラミタはガックリと肩を落としながら、ショーケースのガラス拭きに戻った。
目の前には食べてくれと言わんばかりにお菓子が並んでいるのに、自分は一口も賞味出来ないなんて…
(拷問だわ……)
せめてあまり見えないところにいようと、半目になりながら奥の椅子に腰掛けた。
(いつか絶対に全種類食い尽くしてやる…)
密かな野望を胸に抱き、カラミタは香ばしい匂いが充満する拷問部屋で、泣く泣く店番に勤しんだ。