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【後編】ルーク





 ルークがシルヴィアと初めて真面に言葉を交わしたのは、第二王子の婚約者の護衛騎士として側に侍ることになった時だった。

 親族とはいえ主家の姫であり、また年齢も離れていた従姉妹とは彼女の六歳の披露目で遠目に眺めただけだ。

 婚約式を間近に控えたシルヴィアは十四歳。可憐な花のように美しい少女だった。


「レルシュ伯爵家が三男、ルークにございます。この身に代えて御身をお守り致します」

 ルークは胸に手を当て跪いて正式な騎士の礼をした。シルヴィアの身辺は近頃頓に物騒だった。

「ルーク。会えるのを楽しみにしていました。オスカーやフォルカーから貴方のお話をたくさん聞いていました」

 少女はふわりと微笑んだ。

 既に騎士として王都へ出て九年になるルークは殆ど故郷へ帰ることもなく、主家の侯爵家を訪れることもなかったが、親族であり次期伯爵である長兄やその補佐である次兄はシルヴィアと会う機会も度々あり、親しくしていたようだ。

「どんな話をされていたのか……聞くのが怖いですね」

 困ったような表情を浮かべるルークにシルヴィアは楽しそうに微笑んだ。

「兄君たちは末っ子の弟が可愛くて仕方ないと言っていましたよ」

 ルークが幼い頃、「いつかドラゴンに乗って魔王に囚われているお姫さまを救い出す旅に出るんだ」と言っていたことや、「雷が怖くて兄の寝台にべそをかきながら潜り込んできたこと」などを話すと、ルークは顔を覆って「忘れてください………」と懇願した。そして後で兄たちを絞める、と密かに胸に誓った。






***


 婚約式後からシルヴィアは準王族として扱われ、公務が課されるようになった。

 王子妃の主な仕事は孤児院への慰問や、高位貴族との交流のための茶会の主催などだった。

 茶会は主に王太子妃やシルヴィアに近い年頃の令嬢を招いての交流となる。次世代を担う令嬢たちを纏め上げることも王子妃に課せられた責務だった。



 シルヴィアは王太子妃に次いで高位の令嬢だ。けれどこの年代は令嬢が少なく、シルヴィアは一番年下だった。第二王子・ディートハルト殿下の妃を狙っていたのは主に伯爵家の令嬢たちでシルヴィアが生まれるまでは横並びの状態だった。

 王太子妃候補は公爵家の姫が圧倒的に有利で競争にならなかったため、伯爵家以下は早々に狙いを第二王子に定めていたのだった。

 ところが、侯爵家に姫が生まれたことで筆頭候補が出てしまった。

伯爵家の令嬢たちは殆どが第二王子より年上だ。

 王太子が生まれるのに合わせて多くの貴族が子供を設けたためだ。あわよくば王太子の側近か学友、もしくは婚約者となれるように。

 しかし何故か悉く生まれた子は男児で、女児は少なかった。

 お蔭で王太子や第二王子の側近候補や学友は大勢いるが、婚約者候補は極端に少ない。


 伯爵家の令嬢たちは、親から王子妃になることを期待されて育てられたため、簡単に諦めることが出来なかった。

 圧倒的な身分の公爵家の姫で同年代の王太子妃に比べ、侯爵家といえども幼いシルヴィアならばなんとかなる、と浅はかにも考えてしまった。それは彼らの親も同じだった。


 伯爵家の令嬢たちはお茶会で結託してシルヴィアに意地悪をした。

 わざと年上同士だけの会話をしてシルヴィアを話題から締め出したり、小馬鹿にしたり。

 その場に居なければ分からないようなやり方で、じわじわと少女を追い詰めてゆく。


 

***


 ルークが異変に気付いたのはシルヴィアの公務が始まって一週間後のことだった。

 ドレスの裾が茶色く汚れていた。

 シルヴィアの顔は蒼褪めており、唇が少し震えていた。


「シルヴィアさま。何がありました」

 シルヴィアが震えながらも気丈に振る舞い、侯爵家の馬車に乗り込み扉が閉められた直後、ルークはシルヴィアとしっかりと目を合わせて訊ねた。

 曖昧にするつもりは微塵もなかった。

 シルヴィアは気圧されたように一瞬動きを止めたが、ルークの強い視線から逃れるように目線を下げた。

「な、なんでも…」

「――ご無礼をお許し下さい」

 何でもないと言い終わる前に、突然ルークは身を屈めてシルヴィアの靴先を持ち上げた。

「な、ルーク様!?」

 同乗していた侍女が非難の声を上げるが、ルークは構わずシルヴィアのドレスの裾を少しだけ持ち上げて足の甲を見て眉を顰めた。

「……火傷をしていらっしゃる」

「……!!」

 言葉を失うシルヴィアに、侍女は驚愕と心配そうな表情を向ける。

「お嬢さま、直ぐに手当てを」

 手当と言っても馬車の中では碌な道具がないが、ハンカチに水を湿らせ、一先ずシルヴィアの足に巻き付ける。

「どうして早く仰ってくださらないのです」

 侍女は痛まし気に眉を寄せながらも仕える主を叱る。


 今回は王太子妃主催のお茶会だった。

 そのお茶会で、ある令嬢がカップを落としてしまった。運悪く、シルヴィアの足元に。芝生の上なので音は殆どなく、カップも割れず隣のテーブルの者には気付かれなかった。

 そこで騒ぐことは双方にとって得策とは言えなかった。

 加害者側は勿論、被害者側も。

 勿論、被害者側としては応急処置を受ける権利はあった。

 けれど、加害者側の令嬢が何事もなかったように振る舞い、周りにいた他の令嬢もまるで気付かなかったかのように楽し気に話し続けたため、シルヴィアは被害を申し出ることも出来なくなってしまった。



 ルークは令嬢たちの仕打ちに怒りがこみ上げた。自分たちよりも年下の少女に集団で暴力を振るうなど。

 

 護衛と言えど茶会の席では後方に控えるしかなく、主を守ることが出来ない。

 令嬢たちのやり方は巧妙で傍目からは談笑しているようにしか見えない。シルヴィアは自分が幼く未熟だから、年上の彼女たちの話に付いて行けず、放置されることも仕方ないのだと思うようになっていた。


 本来であれば年長者が年下の者も話に入れるようにフォローするべきだが、その場にいるのは皆王子の婚約者の座を争う敵ばかり。最年少ながら最有力候補のシルヴィアはむしろ場の主導権を握らなければならない立場だった。

 今彼女たちを制御出来なければ、王子妃としてうまくやっていくことなど不可能。

 建前上はシルヴィアが場を取り仕切るとしても、彼女を支える補佐は必要不可欠だ。

 だが、令嬢たちは結束してまずは最大の敵を蹴落とそうとした。

 シルヴィアは孤立無援で孤独だった。

 シルヴィアを守るべき立場の王子は令嬢達の動向に無関心だった。



 王宮での辛い日々が続く中、その報は齎された。




***


「う…そ……」

 侯爵の訃報にシルヴィアは呆然としていた。

 ルークは淡々と事実のみを告げる事務官にも、苛立たし気に室内を歩き回るだけの第二王子にも怒りがこみ上げた。

 何故、誰もシルヴィアを労わらない。

 まだ十五歳の少女だ。

 父親を亡くしたばかりの娘に今後のスケジュールや政治の話など、酷すぎる。

 シルヴィアはまだ現実を受け止めきれないのか、涙も流していなかった。

「――お嬢さまはお疲れです。今日の所はお引き取り下さい」

 たまらずルークがそう告げると、事務官はシルヴィアに視線を向けてから、流石に配慮が足りなかったと感じたのか引き下がった。

 第二王子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも無言で足音も荒く部屋を出た。

 仮にも婚約者が父親を亡くしたと言うのに、一言も慰めの言葉すらかけないことにその場にいる侍女や護衛は心を逆なでされた気がして不快感を持ったが、黙礼して王子を見送った。




 二人が退室した後も、侍女が話しかけてもシルヴィアは答えない。

 呆然としているがその手は小刻みに震えていた。ルークがシルヴィアを抱き上げて寝室へ連れて行くことにした。そっと触れたシルヴィアの手は冷たかった。

 ルークは眉を顰めて、壊れ物を扱うように優しくシルヴィアを抱き上げた。

 侍女が開けた扉から寝室へ移動し、寝台の上にそっとシルヴィアを降ろす。

 侍女が着替えを取りに席を外したため、室内には二人きりだった。

 本来であれば、ルークがシルヴィアに触れることが許されるのは護衛の為や、具合の悪いシルヴィアを運ぶ時だけ。

 これ以上シルヴィアに触れることは許されていない。それでも今、ルークはシルヴィアを一人にしたくなかった。

「――シルヴィア」

今だけは許せ、と小さく囁いて、ルークはシルヴィアの背にそっと触れ、労わるように撫でた。

「……よく、堪えたな。もう我慢しなくていい。……泣いていいんだ」

 ルークは従兄弟として、年上の親族として、シルヴィアを抱きしめた。

 本来であれば婚約者がすべき役割だと思うが、それをあの王子は放棄した。

 冷たかったシルヴィアの身体にルークの熱が移りじわじわと温まっていくにつれて、シルヴィアの凍り付いた心が溶けだすように涙が溢れた。

「……っふ、……う…」

「…………シルヴィア」

 シルヴィアは抱きしめてくれる腕に縋った。声を押し殺すように泣くシルヴィアが憐れでルークはぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。シルヴィアが泣き疲れて気を失うように眠るまでずっと、ルークは少女を腕に抱いていた。

 着替えを持って戻って来ていた侍女も、ルークを咎めたりはしなかった。






***


――シルヴィアッ!!


 拘束を振りほどいて広場に辿り着いた時にはすべてが終わっていた。

「……ぁ」

 目に映るものが現実だとは思えない。

 彼の姫君はもはや冷たい躯と成り果てていた。


――なぜ、こんなことに。


 慟哭が誰もいない広場に哀しく轟く。

 彼は姫君を抱きしめ、そっと抱き上げ広場を立ち去った。

虚ろな眼差しは遠くを見ているようでもあり、何も見ていないようでもあった。




***


――タスケテ。

 微かな声を聞いた気がする。


 どの位時が過ぎたのだろう。

 ルークはふと左手に温もりを感じて瞬いた。僅かに目線を下げて、――そして驚愕に目を見開いた。

「――ルヴィア………?」

 彼の左手をしっかりと握りしめているのは、紛れもなく彼の姫君。柔らかな日差しを浴びて輝く白金色の髪と極上のサファイアのような青色の瞳。

 三国一美しいと謳われた乙女は、しかし何故か愛らしい幼女の姿になっていた。


(なんだ……?これは夢か?)

 幼女シルヴィアも呆然としているように見える。

 夢でもいい。ルークは左手の温もりが泣きたくなるほど愛おしかった。

 最後に触れた彼女の身体は冷たく、硬かった。けれど今彼の手に包まれている彼女の手は温かく柔らかい。

 



 その後、シルヴィアが気絶してしまい、ルークは動転した。

 彼女の手を離せなかったのは自分の方だ。

 今手を離したら、シルヴィアが消えてしまいそうで怖かった。



 一晩中、ルークは腕の中のシルヴィアが消えてしまわないか不安で少女から目を離せなかった。眠ることなど出来なかった。

 夜が明けてシルヴィアが目を覚ました時、安堵と嬉しさで胸が震えた。もう一度このサファイアブルーの瞳を見ることが出来て泣きたくなった。


 これは夢なのだろうか。

 それとも時が巻き戻った?

 ルークの記憶は亡くなったシルヴィアを抱いているところで途切れている。


 なんであれ、この夢を壊したくなかった。シルヴィアを大切にしたかった。




 ルークは幼いシルヴィアの元へ足しげく通った。

 彼女の無事な姿を、健やかな笑顔を見ることが出来ればそれだけで良かった。

 シルヴィアもルークに懐いてくれた。


 まさか自分が彼女の婚約者になれるだなんて、夢にも思わなかった。




***




「……ん……」


 夜半過ぎ、ルークは微かな声に目を覚ました。

 小さなランプが灯っていたためすぐに現状を把握した。目の前のテーブルには領地に関する書類が山積みだ。騎士を辞して侯爵領へ越してから二か月余り。慣れない書類仕事に日々苦戦していた。

書類を読みながら長椅子でうたた寝してしまったようだ。そして彼の膝の上には柔らかな温もりが。眠る前はなかったはずのひざ掛けが掛けられていた。

 ひざ掛けを少し捲ると、ルークの膝を枕にすやすやと眠るシルヴィアがいた。

 あどけない少女の寝顔にルークの口元が緩む。苺柄の寝間着が可愛らしい。

 そっと白金色の髪を撫でる。

 テーブルの端に既に冷めてしまってはいるがホットワインとチーズの盛り合わせが置いてあった。

「ひざ掛けも…シルヴィアが用意してくれたのか…?」

 小さな呟きに「んん…」と返事があった。

 起こしてしまったかとルークが眉根を寄せると、むにゃむにゃとシルヴィアがお喋りをした。

「るーく…、おしごと、ごくろうしゃまでしゅ……」

「ふっ……ありがとう」

 思わず吹き出しながら返事をすると、少しの間のあと、小さな声でシルヴィアが訊ねた。

「るーく…騎士、やめてよかったの……?」

「シルヴィア……?」

「騎士になるの、夢だったのでしょう……?」

 ルークはシルヴィアの顔を覗きこむが、シルヴィアは目を閉じたまま小さく途切れ途切れに喋っている。覚醒しきってはおらず、夢心地のようだ。

 だが、どうやらシルヴィアはルークが騎士団を辞めて侯爵領へ来たことを気にしているらしい。

「……騎士になっても、君を守り切れなかった」

 ルークはシルヴィアの髪を撫でながら密やかな声音でぽつりと呟いた。ともすれば膝に寝ているシルヴィアにも聞こえないくらい、小さな囁き。

「だから、力を手に入れたいんだ。今度こそ、君を守れるように」

 ルークはあまりにも無力だった。

 武力ではなく、知力・権力で。侯爵家を継ぎ、何者にも侵されない絶対的な守護領域を作る。侯爵も殺させない。シルヴィアから何も奪わせはしない。

 その箱庭で、シルヴィアには幸せに笑っていてほしい。

 それに、ルークはもう王族を守ることが出来なかった。

「シルヴィア」を無惨に殺した一族。絶対に赦すことなど出来ない。それでもシルヴィアが八歳になるまで騎士団に所属したのは万が一彼女が王子妃に選ばれた際に、一番近くで護りたかったからだ。今度こそ己の命に代えても。

 彼女が望むなら、例え胸を掻き毟られるほど苦しくてもルークはそれを叶えただろう。けれど彼女が王子を拒むなら全力で遠ざける。

 

 シルヴィアが王子との出逢いを拒絶したことで、ルークはほぼ確信を抱いた。

 彼女は自分と同じように別の人生の記憶を持っているのではないかと。

 シルヴィアは悪夢に魘されていた。それはあの非道な最期の記憶ではないだろうか。

 確かめることは出来なかった。敢えてそのことに触れ、辛い記憶を蘇らせたくなかった。寧ろ一刻も早く忘れて欲しいくらいだ。

 


 ルークはすうすうと寝息をたてるシルヴィアを愛おしく見つめる。

「……それに、俺はとっくに騎士だよ。……君だけの」

 今更王子になどくれてやらない。

 ルークはそっとシルヴィアを抱き上げると奥の寝室に連れて行き、寝台に横たえると自身もその横に潜り込み、シルヴィアを抱き寄せて目を瞑った。腕の中の温もりが愛おしく、心が安らいですぐに眠りについた。とても幸せな気分だった。


 ……翌朝、烈火の如く怒り狂う侯爵に叩き起こされるまでは。







***


 ルークの友人たちが侯爵領を訪れた。

「よぉ、ルーク。元気そうだな」

「まさかおまえが騎士を辞めるとはなー。けど、まぁ侯爵家を継げるとなれば当然か」

「けどさ婚約者のお嬢さまはまだ十歳なんだろ?」

「結婚できるのいつだよ」

「気の遠くなる話だな」

 からかいと少しの憐憫を含むが悪意のない悪友たちの言葉にルークは微笑んだ。


「いや、十歳のシルヴィアも可愛いから。ゆっくりと大人になっていく彼女を見守るのも悪くない」

「…………」


 友人たちは驚愕と若干呆れたような視線を向けてきたが、ルークは本気でそう思っていた。

 巻き戻りの前、シルヴィアと出会ったのは彼女が十四歳になってから。シルヴィアと過ごした時は僅か二年。それも四六時中一緒にいられたわけではない。

 シルヴィアを失ったとき、彼女ともっと早く出会いたかったと痛切に思った。シルヴィアが辛い思いをしないように守りたかった。


 なんの奇跡か、もう一度人生をやり直すことになってルークが一番嬉しかったのはシルヴィアの成長を見守れることだった。



 彼らを庭園に用意した席に案内すると、侍女を伴ったシルヴィアが現れた。

「ルーク。ご友人がいらしていると伺いました。ご挨拶させてください」

 淑女らしく、大人びた言葉遣いでしずしずと現れたシルヴィアだが、ルークの顔を見た途端、ぱぁっと表情を輝かせて軽やかに駆け寄る。

 コホン、という侍女の咳払いにはっとして辛うじてルークに抱き付く寸前で動きを止めた。

 ルークとしては抱き付いて貰ってもなんら問題ないので少し残念だったが、折角シルヴィアが淑女として振る舞おうとしている姿が健気で可愛らしかったので、彼女の手に口付け微笑んでから悪友たちに紹介した。

「婚約者のシルヴィアだ。シルヴィア、彼らは俺の騎士団時代の友人だよ」

 一人ひとり、端から紹介する間中、ルークはシルヴィアの手を離さない。



 ルークの見守りたい発言に若干引き気味だった友人たちだが、シルヴィアを前にして考えを改めた。

「うっわ……可愛いな」

「ルークをロリコン野郎と思ったがこれは…納得だな」

「気の長い話ではあるがな」

「……溺愛じゃねぇか」

 お茶の用意された席の隣に座るシルヴィアを愛おしそうに見つめるルークと、時折その視線に振り向いて、微笑みを交わすシルヴィア。

 ルークは時々シルヴィアの頭を撫でたり、菓子を取り分けてシルヴィアの口に放り込んだりしている。

 友人たちなどお構いなしだ。

 友人たちは女っ気のなかったルークがこれ程までに婚約者を溺愛していることに驚いたが、微笑ましいその光景に口元が緩むのを抑えられなかった。


 

***


 巻き戻り前、シルヴィアは八歳で王子との婚約が決まると領地を離れて王宮にて王子妃教育を受けることになった。そのため早くから両親とは離れて暮らすことを余儀なくされたのだった。

 巻き戻ったこの世界で、シルヴィアはルークの婚約者となった。

 そのため両親の元を離れることなく、またルークも同じ屋敷に住んで、シルヴィアは存分に甘やかされ、慈しまれて伸び伸びと成長していた。

 シルヴィアは敢えて子供扱いされることを望んでいるようでもあった。

 ルークも両親もそれを許した。むしろ父親である侯爵は娘を手放したくない一心なのか、シルヴィアが甘えることを非常に喜ぶ困った親になっていた。本来それを窘めるべき母親も、教育係も、何故か微笑ましそうに見守るだけで、屋敷の使用人たちもお嬢さまを甘やかすことに大賛成といった不可思議な状態だった。



 ルークは恐らく自分程ではないにしろ、誰もが薄っすらと巻き戻る前の世界の記憶を持っているのではないかと推測していた。

 非業の死を遂げたシルヴィアを、心の奥底で幸せになって欲しいと願っているのだろう。


 その後。

 ルークはシルヴィアを領地から出すことなく、慈しみ、愛し、幸せに暮らし互いに天寿を全うした。

 シルヴィアは領内に於いては元気いっぱいに駆け回り、ルークと共に領の発展に努めた。

 二人の間には二男一女の三人の子宝に恵まれ、屋敷内は常に賑やかで楽しそうな笑い声に包まれていた。

特に一人娘の末姫はシルヴィアにそっくりだったため、ルークとシルヴィアの父の溺愛が凄まじかったとか。







この後、もう1話だけおまけがあります。

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