三)竜騎士 (2)
4人を乗せた車はそのまま彼らの自宅がある駅前住宅地も通り過ぎ、さらに郊外へと向かっているところだ。風景は緑が多い丘陵地に変わっている。
やがてちょっとした山道に差し掛かかり、これといった前兆もなく高い木々が両側の視界をさえぎりはじめた。しばらく進むとそれらの木々が同じようにさっと途切れ再び視界が開けてくる。いっそこのタイミングで木立の向こうからドラゴンでも飛んでくればいいのにと思う。そうしたら少しは信じてもいい。
間もなく空の良く見える高台に到着した。眼前にはドラゴンの代わりに巨大なパラボラアンテナが見えている。
その景色に道明が注釈をつける。
「電波天文観測所。咲良ちゃんは覚えてたかな?」
道は広いゲートによって行き止まりとなっており、龍弥はゲート間近の舗装の剥がれた路肩に車を停めた。
「父さんここって、前に母さんがいた研究所……」
道明は目を閉じかぶりを振る。
「奏汰くん、それはちょっと違うんだ。花蓮さんは、今もここにいる」
父親の見せるいつになく真剣な眼差しの表情に奏汰は身構えた。ほらこれだ、今日何回目のサプライズだ?もういちいちびっくりして騒ぐ気力も失せてきた。
龍弥がゆっくりと一言一言、道明の言葉を復唱する。
「そう、花蓮はここにいる」
「でも、母さんは海外の研究施設にいるって」
道明は首を横に振り、龍弥もじっと奏汰を見る。
「ちょっと、なんで?どういうこと?」
咲良もたまらず聞き返すがそれには答えず、龍弥は花蓮の話を続ける。
「私は花蓮を誰よりもよく知っている」
「龍弥…さんが、俺の母さんを?誰よりも?」
奏汰は食い下がる。
「ああ、知っているさ。誰よりもな。それと、私のことは龍弥、でいい。」
それ以上今は聞くなという無言のヴェールをまとう龍弥に気圧されて、「なぜ」の一言を続けることはできなかった。
「さあ、面白くなってきちゃったね」
道明はごまかすように愉快そうな表情を浮かべ、重い空気から逃れるように車を降りた。
「父さん!」それを奏汰が責める。
だが続けて龍弥も車を降り、咲良もシートから腰をずらしながら奏汰を気遣う。
「ねえ、とりあえず行ってみよ?多分なにかは分かる気がするし」
そう言って大人の後に従う。
取り残された奏汰も大きく一度ため息をつき、3人を追う。
部活やテストにファストフード、そんな日常は街灯りに彩られた遠景の中に置いてきてしまった。ここは謎めく黒いもやが充満しているようで、分厚い透明な壁がはだかるように感じた。
押し込めておきたい怯えや不安が、嗚咽となってこみあげてくるのをこらえ、奏汰の身体が薄闇の中で一瞬震えた。