三)竜騎士 (1)
龍弥と父に促され、行動を共にはじめた奏汰と咲良。
三)
視界が瞬間的に白くなってまた戻る。笑うところ?いや絶対違う。大真面目だ。
「護る」「者?」ふたりはその龍弥と名乗った男を見るしかできなかった。
「そ、ふたりとも復唱よくできました。奏汰くん咲良ちゃん、君たちねちっちゃい頃からずっとこのおじさんに守ってもらってたの。知らなかったでしょ」
たまったものではない。殺意に等しいプレッシャーに耐え怯える半日を過ごした若い男女にとって、ああそうですかと納得できるはずがない。まず最初に口火を切ったのは咲良だ。
「ねえ!護るとか護らないとか?どうでもいいんですけど!!おじさんもおじさんでなんなの?ふたりしてなに?昔っからとか知らないうちにとかキモいし頭おかしい!!」
奏汰としては隣でここまでまくしたてられたら、さすがに客観的になって落ち着かざるを得ない。珍しく涙を流している咲良の震えた肩に手を置きそっと抱き寄せる。恋人同士のそれというより、幼い子供同士がかばい合うような動作だ。
これには龍弥も少なからず動揺したようで、いくぶん申し訳なさそうな表情を浮かべているように見える。
「それは、大変すまなかった。このような風体の俺だ。君たちのようにこの世界で平穏に過ごす者とは過ごした時間も見てきたものも違う。それは今この瞬間でも変わらぬし、そのためこのような態度を取るほかにないのだ」
咲良の目に驚きと戸惑いが宿る。思いのほか心を開く人並みはずれた体躯の男に、咲良の気持ちにもほんの少し動くものがあった。
「君たちの人生を見守る年月は、俺の焼けついた心を癒してくれるかけがえのない時間であったことに感謝の言葉を送りたい」
獣の目が微笑んだようにも見えた。だがそれは再び元のきびしい表情に戻る。
「許されるならば。これまで、そしてこれからのことにあらためて謝罪を受け入れてほしい」
そしてもう一度「すまない」と発した。
つい直前まで殺人さえしかねない危険な敵と身構えていた人物の新たな一面を知ったものの、それだけで信用していいものか決められるはずもない。
「父さんはどう思ってんだよ」
「どうって言われてもねえ。どうする?リュウさん」
噛み合わない会話がその場のぎこちなさをなおさら際立たせる。
「詳しい話は車でしよう。いいかな道明」
「そうしよう。奏汰も咲良ちゃんもいいよね?乗って乗って!」
道明はその場を逃げるように車に向かう、高校生ふたりも顔をを見合わせながら後に続いた。軍用車のような大型の四輪駆動だ。
「いいのかな……」
戸惑いながらステップに足をかけ、咲良がつぶやいた。振り返り目に入るのは、沈みかける夕日を背にした、見慣れた校舎のやわらかなシルエット。
奏汰もドアを閉めたところでこれでよかったのかと本当に思う。見知らぬおじさんについていっちゃいけないと教わらなかったか。父親がいるからってそれでいいのか?後悔は尽きない。
ただなにを思おうと、結局車は走り出しているし4人は行動を同じくしている。
あれだけ必死に逃げた相手の男が運転する車に、父親とともに同乗し、そのうえその男はボディーガードだと言う。何から?俺と咲良を?
「父さん、いったい……」
形にできない疑問をもやもやとしたまま言葉に乗せる。
「そうだね、なにから話そうか」
助手席に座る道明は、息子の問いに答えはするが視線は前を見据えたままだ。龍弥は無言でハンドルを握り車を走らせている。咲良は奏汰の腕を掴み、事の成り行きをただ見守っている。
普段はよく話す咲良がおとなしいのが、何よりこの奇妙な空間をよく表していた。車体の割に静かな車内はエンジン音とロードノイズが控えめにザーっと低い音を立てている。
「まずはやっぱり気になるだろうリュウさんのことかな」
道明は後ろを振り向いてふたりを見た。咲良が大きくうなずく。
「リュウさん……つまり龍弥は僕、つまり道明の古くからの友達だということは言ったっけ。君たちが生まれる前からのね」
話し方がくどい、あとさっきはじめて聞いた、とふたりは思った。
「彼はね、他にも大事なものを守護している。むしろそれを守っているところに後から君たちが加わったと言っていい」
何を言っているか分からない。咲良は半分白目になっている。
「おかしなことを話すけど驚いちゃいけないよ。これはほんの一握りの人しか知らない事実なんだ」
衝撃の告白、のようにもったいぶった口調で話す。芝居がかった一呼吸。
「龍弥が守っているのは、竜の卵。そう、ドラゴンとも呼ばれるあれの卵です」
えええ?という表情の咲良、たっぷり5秒かけて奏汰の表情もしっかり追いついたタイミングで咲良が質問する。
「なんとかオオトカゲとか、そういうやつ?」
「いやいや、咲良ちゃんそうではなくて。本物のドラゴンだよ。空を飛び火を吐く」
おもわず手を振りかざして父の会話を止める。
「え…と……父さん?ちょっといいかな」
「なんだい、いいところなのに」
道明は不満そうにしながらも息子の質問を待った。龍弥が車内のミラー越しにちらりとその様子を気にかける。
「父さんの友達っていうその人はちいさい頃から俺たちを見守ってきてて、それより前から竜の卵も守っていて、それは誰も知らない秘密のことだと」
「奏汰くん理解が早い。出来のよい息子をもって父さん幸せだなあ」
後部座席に身を乗り出してうなずく。反対に奏汰は首を横に振る。
「待って、言葉の理解はしたけど全然信じられないし気持ちが追いつかない」
咲良はそうそう!とばかりに何度も首を縦に振って同意をしめす。
「そりゃあ無理もない。当然の反応だと思っているよお。それでね?そのためにある場所に向かっているところなの」
「なに?どこ?私も知ってるとこ?」咲良が口をはさむ。
「よく知ってるはずだよ。奏汰くんも」
道明は交互にふたりを見た。
窓には線路沿いの街道が広がっている。