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一)流星を見た夜

結城奏汰と佐々木咲良。ふたりの高校生はある時期似たような経験をする。

自分たちでも確信の持てないその奇妙な経験に悩むふたり。

日常がシフトしていく予感の始まり。

一)


 流れ星を見た、そんな気がした。

 それには、もともとこの星には存在していない物質が含まれているかもしれない。なかには複雑な有機物が混ざっている可能性もある。

 それらに知性や感情があったなら、広い宇宙、名も知れぬ星の引力にとらわれて燃え尽き、果てしない旅路をしめくくる瞬間。その長い時の終わりにいったいなにを思うのだろう。

 その少年はふと視界の片隅にまばゆい流れ星がよぎるのを感じ、そんな考えにしばらくの間心を沈めた。もしかしたらほんの一瞬だったかもしれない。


 空の澄んだ冬の夜空だった。東京はまだもう少しだけ、寒い。


 少年は駅の改札へと向かう流れに飲まれていく。彼のかざした定期券に記された名は『ユウキ カナタ』と読めた。同じ制服を着た若者がほかにもちらほらと確認できるので、少し遅めの学校帰りなのだと分かる。

 カナタ――結城奏汰――はホームへと向かう階段で知った顔をを見つけた。同じ学年の、こちらはバッグに『Sakura』のペン書き、佐々木咲良だ。奏汰は自然と横に並ぶ。

「よお。咲良も今帰りか」

「お、奏汰。お互いに大変ですな」

 階段を上るふたり。ほかにも家路へ着く人々がぱらぱらと歩いている。


 咲良は見るからにスポーツ少女で、誰からも分け隔てなく好かれるタイプだ。髪は肩くらいでそろえていて、階段を上るたびに毛先がふわふわと踊る。

 少なからず、むしろかなりの男子生徒がその揺れる毛先に踊らされているだろうことも想像に難くない。制汗剤のほのかな香りが辺りに漂う。

「あのさ、おやじが咲良のこと心配してたぞ」

「ああ……!わたしもびっくりしたくらいだもんねえ」

 自身に起きたトラブルを他人事のように話すあたり、かなり楽観的な性格のようだ。

「いや、びっくりしたって半日気絶してたやつが言うことか?」

 奏汰はほとんど表情を変えずに言葉を返す。こちらは咲良とは反対で動揺を表に見せないことを美徳とするタイプだ。

「特に問題もないしさ、退院後はケンサカンサツっていうの?お医者さんもそう言ってたし」

「経過観察な」奏汰の顔がややあきれる。

「そうそれそれ、だからもうだいじょうぶ。心配してくれるのはうれしいけどさ、なんかね……」

 そこで不意に口をつぐみ、ぱっと表情を変えて上目がちでいたずらな瞳を輝かせて答える。咲良は普段からよくやる仕草だ。背が高い方なのにわざわざ腰をかがめて見上げてくることもある。

「奏汰だって肩の怪我まだやばいんじゃない?」

 そういいながら階段を昇る動作を止めて、相対的に数段上に進んだ奏汰の右肩をしなりを利かせた手のひらで叩く。バレーボールでのサーブの動作に近い。

「……!!痛った……お前!なにしてんだよ!」見事に叩き込まれた右手に軽く悶える奏汰。

「あーあー、今どきバレーなんて流行らないしなー。奏汰と同じバスケにすればよかったー」

「全国のバレー部に殺されるぞ。ただその前にオレが殺す」

 奏汰はどちらかというと図書室にでもいそうな雰囲気の持ち主だ。ただ背筋が伸びて姿勢がよく、全体に引き締まった体型であることは制服の上からでも見て取れた。


 咲良はニコニコと駆け上り、再び奏汰に並んで歩く。奏汰のほうが咲良と比べて少しだけ背が高い。ふたりが雑踏に紛れても頭が2つひょっこりと飛び出るのでよく目立つ。

「まあまあ。で肩は?」

「今ので悪化した。謝罪しろ」

「ええー?そっちはもともとジゴージトクってやつだし?ちょっと叩いたくらいで私のせいとかおかしくない?」

「な!」イラっとして咲良を見返すが、上目遣いに負ける。

「……いや、そうだな」奏汰はそうつぶやいて咲良に会話を譲る。

「だってさ、壁相手に自爆した音すっごい響いてたし、今でも笑っちゃうくらい。体育館が揺れてたもん。ふふ」

「いやいや、さすがにそれはない」

 ふたりは駅構内の跨線橋を歩き上りホームへの階段を下る。

「ま、オレはその、ただの怪我だし別にいいんだけど。お前のはちょっと心配だぞ」

 東京郊外にあるこの駅から都心方面へ急行で2駅がふたりの住む街だ。

「んー、そうだねえ……」再びなにか言いたげなそぶりを見せる咲良だが、特に話を続けることもなく、ふわりとした雰囲気で会話も途切れてしまった。


 しばらくしてやってきた列車は乗客もまばらで車内はやけに明るく、光のかたまりを詰め込んで運んできたようにも見えた。ガラガラの車内でふたりは並んで座るが会話の続きも特になく、しばらく時間が過ぎる。誰かのイヤホンから漏れる音が車内に溶けていく。

 ぼんやりとした時間の中、奏汰は自分が怪我をした時の光景を思い出していた。


――目の前のボールを追ってたはずが一瞬違う場所が見えて。気づいたら壁にぶつかって……――

 あの景色、知っている。


 ぶつけた痛みよりも一番鮮明な記憶として残っているのはその景色だ。

 念のためと受診した時も、この程度でCTスキャンだ精密検査だと面倒なことになりたくないという気持ちが勝ち、一瞬気を失って白昼夢を見ました、などとは言い出せなかった。

 なにしろ理由不明に突然気を失い、そのまま2泊3日の入院となった実例が隣にいるのだ。そんなわけで結局このことは誰にも話してはいない。


 奏汰は気持ちを咲良に戻し、気になったことを尋ねた。

「実際ほんとのとこどうなんだよ」

「え?なに?」

「体調、さっきからなにか話そうとしてなかった?」

「ああバレちゃった?うーん、ま、だいじょうぶだよ」

 一呼吸あって咲良が続ける。

「ただね、正直言うと記憶が飛んだって記憶がないんだな。気づいたら病院っていうか」

 そこまで話してまた一呼吸。今回のほうが少し長い。その間をごまかすように食べかけのお菓子をひとつつまんで奏汰へ渡す。

「新商品のメロン味うまいよー。でね、なんてのかなあ、時をかけちゃったーみたいな?」

 相変わらずの他人事な口調で返事に困ることをさらっと言ってきた。渡されたひとかけらを食べずに固まっている奏汰を見た咲良は、その手からメロン風味のスナックを素早く奪い返して奏汰の口に放り込む。それで奏汰のスイッチが入った。

「うわ、なんだこれ!味濃い!……でさ、言ってることがよくわからないんだけど。つまりは朝まで一瞬でタイムスリップってこと?」

 いまやふたりのまわりにはどぎつい人工的な果実臭が漂っている。

「ね?メロンマシマシらしいですぜー。そうそう、痛いとか眠いとかなんもなく普通にぱっと朝。録画のCM飛ばしたくらい自然。」

「そっか、ぱっとねえ……」

 その言葉に反応するようにドアが開いて冷たい外気が流れこみ、メロンの香りが車内に四散し、いく人かの乗降客が動き時間の密度は上がる。ふたりもその濃さに飲まれてしばし話を止めた。ドアが閉まり元のように時間が溶け、メロンの密度が帰ってくる。


 咲良に対するうまい答えが見つからず、話題を変える奏汰。

「ぱっとで思い出した。さっき駅前で流れ星見た気がするんだよね」

「えー!願い事は?願い事!」

 咲良としてもなんとなく微妙な空気が流れているのを感じていたので、すぐに乗っかってきた。

「たまーに言うことが古いよね」

「わたしおばあちゃん子だし仕方ないんだよ。で、どうなったの?」

「さーっと光りながら落ちてってさ、ほんと一瞬でぱっと消えたんだけど、近くに落ちてくるんじゃないかなってくらい明るくて。その、なんだ、命を感じるくらいに」

「あはは!詩人」

「うるせえばか」

「流れ星かあ。私と付き合いたいでーすとかお願いすればよかったのに」にやりとする。

「いやいやいや、なんかもうそういうのどうでもよくない?」

「まあねー。今さらって感じ、あるよねー」

 言い出した咲良も自分の言葉にあきれている。

 幼馴染みを超越したご近所づきあいである。実家が2か所あるような間柄だ。幼いころからそれぞれの親によく怒られ、そしてかわいがられてきた。


 ――そうだ。あの場所、子どものころ咲良といっしょにいたどこか!――

 どこだ。奏汰の心でなにかがかちゃりと音を立てる。


 電車がひとしきり揺れて止まり2度目のドアが開く。ふたりは下車しホームを歩きだす。車内との温度差が寒さを思い出させる。

 空の澄んだ冬の夜空だった。東京はまだもう少しだけ寒い。

 冬が終われば短い春、その後には長い長い夏がやってくる。そんな時代だ。

 同じ町内のふたりはまず咲良が途中で別れ、それぞれの家路についた。


 ひとりになった奏汰は道すがら空を見上げる。街灯も少なく一段と星空が映える。流れ星、記憶喪失、あの風景。心によぎるいくつもの思いを連れて、落ち着かない夜は過ぎていった。


現実逃避に始めたら思いのほか書き進まってしまったので、せっかくですし公開してみました。

頑張って続けていけたらなあ、と思っています。

そっと見守っててください。

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