強過ぎる師匠
「ほう……?女王近衛隊か。魔王様を殺した最も穢れた者達の末裔がこの我を倒せるとは思うなよ……!!」
オークロードが異常なまでの形相でアサナトに激昂する。
オークロードの目にはアサナトしか目に入っていない様だ。
そんなオークロードにアサナトは軽く嘲笑う。
「あの災害を具現化した様な愚王の眷属は、信仰には熱いのだったな。……あんなのを信仰の対象にしているのか。あんな世界破滅を目論んだ悪人を崇拝した所で、何の価値にもならんぞ」
オークロードの雰囲気が、空間を歪ませるほどの禍々しい雰囲気に変わっていく。もうここまで怒らせてしまったなら、穏便な解決は望めない。
……ちょっと煽りすぎたのか?
「……っ!!告げたな!我が崇拝する魔王様を愚王などと!」
オークロードからアサナトへと向けられる凄まじい殺気。常人であれば恐怖のあまり逃げ出すだろう。
だが、アサナトは一切嘲りの表情を変えない。
「実際、最近では魔王崇拝者も少数派だろう。もう魔王は神では無く、愚たる思考によって罰を受けた愚王として語り継がれているんだろう?……その点、今の女王はその愚王の妹なのに、良くやっている方だよ」
正論だ。女皇物語によって魔王は倒された。
魔王は世界中の人たちを全員病で病死させ、世界を破滅させようとした所をある女性によって倒された。
その女性は、カラリエーヴァ王国の初代女王様。
完全に罰が下ったとしか見られない。そんな醜い王を今まで崇拝出来たのは、まだ魔王時代の魔族達が魔王の死を心の底から悲しんでいたからである。
だがもうその悲しみは時間によって消えた。残るのは魔王の愚かさのみ。
だが、魔王の血筋の者は今でも神の様に崇拝されている。今で言うと、シュプリーム王国現女王、アミラ・シュプリーム。この女王は兄とは違い、世界破滅などの願望は無いが、魔王時代の魔族の立ち位置を崩された事に恨みを持っているのか、カラリエーヴァに戦争を仕掛けたりしている。
信仰は消えても、恨みは消えず……。
オークロードは、数少ない魔王崇拝者なのだろう。
「貴様……っ!!原型を留めないほどに引き裂いてやる!!」
座っていた玉座を叩き壊し、肩から双剣を取り出すオークロード。
来る。
アサナトはナイフを腰から抜き、アルメスは肩から剣を取り出す。
剣は、アサナトが準備した物。アルメスが振り回しやすい様、少し小型の剣にした様だ。
アルメスが剣を握り込んだ瞬間、懐かしい記憶が蘇る。
前の師匠に教えてもらっていた頃と同じ重さ、長さ。
(懐かしい……この剣の感じ……これなら!)
アサナトとアルメス両方目を合わせ、戦闘準備が出来たと頷く。
通信魔法を使わないのは、使う必要がないから。
激昂するオークロード。座っていて分からなかったが、身長がアルメスの五倍ほどある。
だが、これはある意味都合がいい。体格の所為で力は負けるだろうが、身長が大きい分、懐に潜り込むのはそう難しくない……と思う。なにせ、これほど大きな相手とは戦った事がないから。
「死ね!!」
オークロードが双剣を叩きつけ、一直線に亀裂を起こす。
アサナトは左に、アルメスは右に跳び避ける事で、それを回避する。
亀裂は建物の壁に当たり、壁にヒビが入る。
だが、普通はヒビ程度では済まないはず。恐らく、かなり特殊な作りで、頑丈に作っていたのだろう。
アサナトがオークロードに向かって突進する。
オークロードがそれに気付き、双剣で受ける。
何合か打ち合うが、オークロードがアサナトを体ごと剣で吹き飛ばす。
空中を舞うアサナトに、笑うオークロード。
「はっ。こんなものか」
アサナトは空中で体制を立て直し、余裕のある着地をする。
「……どうかな」
アサナトが笑みを浮かべる。その言葉の所為でオークロードは、油断してしまった。
その油断に気付かないアサナトでは無い。
すぐさま突進し、オークロードの反応を超え、オークロードの左横腹に攻撃を入れるが、浅い。
だが、これも予想の範疇。
(今だ、アル)
「!!?」
今か今かと息を潜めていたアルメスが、アサナトの合図によってオークロードに攻撃を入れる。
今度は右腹。しかも深く入った。
「小僧の分際で、この我に攻撃を入れおって……!!」
全く眼中に無い、見下していたアルメスに攻撃を入れられ、アサナトに向けていた殺意を緩ませる事なく向けるオークロード。
(すごい殺意……だけど、『あの時』の無力感よりはましだ)
オークロードが、右手の剣をアルメスに向かって振り下ろす。
それを避け、振り下ろされた剣の上に乗り、オークロードの頭に向かって突きを放った。
が、オークロードは顔を傾けてそれを回避し、渦の様に自分の周りに反発する風のフィールドを展開する。
「ぐっ……」
その所為で、せっかく詰めた間合いからアサナト共々吹き飛ばされてしまった。
一応、受け身は取れた。
(あれも……オークロードの能力ですか?)
オークロードを囲む風のフィールド。それを見てアサナトに問いかける。
(そうみたいだな。あれがあると、近付けない。でもこれなら……)
腰から再度投げナイフを取り出し、今度は炎の魔力を流しこみ、流し込みが終了したのを確認し、オークロードのフィールド目掛けて投げる。
(今だ)
フィールドに触れかけるタイミングで炎の魔力を解放させる。その炎を巻き込んでしまったフィールドは、炎の竜巻の様になって、オークロードを包む。
このままではダメージを受けると察知し、フィールドを解除するオークロード。炎が消えたタイミングで再度展開しようとしたが、目の端にすぐそこまで迫っているアサナトが居た。
双剣で受けようとしたが、間に合わない。
(もう使うしか無いのか……!?)
葛藤するオークロード。
だが、悩んでいる暇は無い。
アサナトのナイフがオークロードの顔に当たる一歩手前でアサナトの刃は、アサナトの体ごと空中に止まる。
轟音と共に。
(能力か!!)
魔法の痕跡は無い、なら、オークロードの能力しか無い。
右手の剣を振り上げるオークロード。
だが体が動かせないアサナト。
(ちょっと不味いな)
少し絶望したアサナトの耳に、必死そうなアルメスの声が入る。
「オークロード!!」
その声で一瞬オークロードの剣が止まる。
一瞬。一瞬さえあれば、剣を落とせる。
アルメスがその一瞬の中でオークロードの右手の剣を弾き落とす。
弾き落とされた衝撃のお陰か、アサナトにかけられた能力が解ける。
体制を立て直したアサナト。その時にアルメスは、オークロードの反撃を受けそうな所だった。
その攻撃を、アサナトは受けれなかったアルメスの代わりにオークロードの剣を受ける。
「ありがとうございます!!」
感謝の言葉はやっぱり口頭で言わないとね。
アサナトはオークロードと剣を交わしながらアルメスに会釈する。
剣を交わしながらアサナトがオークロードに向けて発する。
「何故あんな便利な拘束手段を最初から使わないんだ?」
そう言うと、オークロードが嫌悪の表情を示した。
その表情を見て、自分の見立てが当たっていた事を実感する。
そして、追い討ち。
「しかもその能力、『貰った物』なんだろう?」
オークロードは答えない。
図星か。
アサナトが、オークロードを剣撃の果てに吹き飛ばす。
オークロードが壁に当たり、一時的に行動不能に陥る。
安全を確保したアサナトは通信魔法でアルメスに語りかける。
オークロードを確実に葬る方法を。
アルメスを成長させる術を。
(アル、オークロードの能力の全容が分かったぞ)
(分かったんですか?)
(ああ。あいつの能力はーーーー)
アサナトは今分かったオークロードの能力と作戦を説明した。
(……そうなんですか。とりあえずそれだけに気を付ければ良いんですね)
アルメスが聞き終わった頃に、オークロードが動き出す。
「……行くぞ」
アサナトが口に出して気合を入れる。
「はい。これで決めましょう」
アサナトが先行してオークロードに突進する。
オークロードもそれを見て迎撃態勢に入る。
が、アサナトが体を急に停止させた。
オークロードはそのまま攻撃をしてくると予想していたのだが、予想を外され、一瞬思考を緩めてしまった。
その思考の緩みが、仇となった。アサナトの背後からアルメスが飛び出してきたのだ。
「!?」
オークロードは焦り、自分に攻撃を入れそうになったアルメスに咄嗟に能力を使ってしまう。
これも轟音と共に。
空中で止まったアルメスが微笑む。よし、という様な顔で。
オークロードは一旦アルメスを放置し、危険なアサナトを最後に確認した所まで視線を戻す。が、そこにはもうアサナトは居なかった。
「消えた……!?」
その瞬間に聞こえる微かな音。後ろだ。
気付いて振り返った時にはもう遅い。
アサナトの攻撃によりオークロードの肩ごと右腕が切断される。
「ぐあっ……!!?」
空中を舞って動かせなくなった右腕。飛ぶ血飛沫。
アサナトは返り血を受けた筈なのに、血が付着していない。体のどこにも。
右腕が切断された痛みでアルメスに掛かった能力が解ける。
オークロードが、怒りを通り越して冷静な判断を下す。
それが正しいと確信して。
……もうこいつ等に能力は効かない。
……なら。
アリエス様に顔向けできないが、自滅覚悟で、この部屋ごと。
ーーー吹き飛ばして仕舞えばいい。
オークロードは、自らの意思で能力を暴走させる。
黒色。悪の意思が伝わる程穢れたその魔力は、惨めであった。
オークロードを囲む渦。広がってきている、目に見える程に。
オークロードが発動させた自滅覚悟の技。
……予想通りだ。
アルメスとアサナトは、オークロードにも引けを取らない程の魔性の笑みを浮かべた。
これも、アサナトの作戦の内。
アサナトは知っていた。オークロードの能力が、『貰ったもの』だという事。
そして、貰い物なだけに、使用用途が元々の能力より制限される、という事。
例で言えば、オークロードの能力は、人に直接干渉し操作する物は、個人に一回きりしか使えない。
だから、オークロードはアサナト達を一回しか空中に固定出来なかった。
そしてそれは、オークロードにとって、確実に殺す為に使う、言わば外したらもう『自分の敗北が確定する』程の最終兵器。
そして、オークロードの引力は、どちらかと言うと、屋内戦より屋外で大群を相手取る用の能力。
何故か。それはオークロードの引力は、緻密な操作が出来ないから。出来るのは恐らく、さっきの様にアサナトやアルメスに使った空中固定術ぐらいだろう。
では、何故オークロードは、屋内戦を選んだのか。
アサナトを水入らずで殺したいのもあるだろう。だが、それでは少し決定打に欠ける。
では、何なのか。
経験量の無さと冷静さの欠如だ。
見たところ、このオークロードは、オークロードになりたての若輩者なのだろう。
だからアサナトのあれくらいの煽りに耐えきれなかった。
無駄に信仰心が強く、侮辱耐性が無い。
その様な者は冷静で、自らが体格で勝る少年に狩られる程にまで実力が発揮できない。
大方、信仰心のみでカラリエーヴァ襲撃隊、隊長に抜擢されたのだろう。
そんな経験もない若造が切り札をことごとく躱され、右腕も切り落とされた時の行動は、大体決まってくる。
能力の自己暴走。
後が無くなったオークロードは、部屋を自分の能力で完全に締め切り、自分ごと自滅技を放つ事でアサナト達を葬り去ろうとする。
だが、それもアサナトの思考の内だった。
(俺があの渦に隙間を作るから、アルはその隙間に飛び込んであいつを、倒せ)
アサナトがナイフに魔力を込め、飛ぶ斬撃の準備をする。
実力確認の時に、ミカに放った技と同じ物だ。
アサナトは観察した。あの渦の属性を。
属性さえ分かれば、その属性の対となる属性をぶつける事で、最小限の魔力消費で、楽に渦を壊せる。
解析完了。
オークロードを囲む渦の属性は、闇だ。
なら流し込む属性は光か、聖。
今回アサナトは光の魔力を流し込む事にした。
頷き了承するアルメスに、アサナトは気付かれない様に魔法をかける。
一応の、保険だ。
(行くぞ……3、2、1!!)
アサナトが光属性の飛ぶ斬撃を渦に向けて放った。
その斬撃が渦に触れた瞬間高音を出して、渦に裂け目ができ、その間からオークロードが垣間見えた。
それを確認し、アルメスが猛スピードで突進する。
欠損を感知し自動で割れた部分の修復を始める渦。だが、渦が修復仕切る速度よりも、アルメスが裂け目に身を通す方が早かった。
渦の裂け目が修復仕切り、中の様子が完全に見えなくなるのを確認したアサナト。
それを見るアサナトの目は、不安の目では無く、自信に満ちた目でその渦を見ていた。
もう、こうなったら確信出来る。
「貴様!?」
渦の中の侵入者に気付いたオークロードが、渦のエネルギーを利用し、アルメスに緻密な制御ができない為に精度が悪いが、当たれば即死のエネルギー弾を放つ。
数十発外し、アルメスの攻撃がオークロードに当たるタイミングでやっとエネルギー弾がアルメスに直撃する。
直撃した事により舞う白煙。
死んだと安堵し、油断するオークロード。
案の定。
その油断が、命取りになった。
白煙の中から、アルメスが飛び出してきたのだ。
何故生きているとアルメスの体中を目で探し回るオークロード。
そうすると、アルメスの周りに砕け散った結界の様なものがアルメスから崩れ散っていた。
アルメスにも身に覚えの無いものだったが、そんな事を考えている暇はない。
考える事は、どう倒すか。それだけだ。
「魔法結界!!?……しまっ!?」
必死に手で防御しようとするが、手で顔を覆う時には、アルメスの剣がオークロードの首筋に差し掛かっていた。
「終わりだ!!」
アルメスの剣が、オークロードの首の半分を横に切る。
剣の長さが足りなかったが、首の半分を切ったのだから、恐らく……。
「ぐあああ!!」
首から血を噴き出しながら断末魔を上げるオークロード。
崩れ落ちるオークロードの身体と共に渦が消える。
オークロードが倒された証拠だ。
「やった。やりました!!アサナトさん!」
国に仇なすオークロードを倒した。それは、アルメスにとって国を救ったという事に直結……しない。
ただアルメスは、任務の最重要目的、オークロードを倒したという事の方が、喜びが大きい。
オークロードを倒した事に喜んでいるアルメスに、アサナトが詰め寄る。
「良くやったな。だが、まだ任務は終わってないぞ」
嬉し涙を拭き取る。
……そうだ。森から逃げ切る、という任務を達成するまで、気は緩められない。
残念ながらアルメスは、アサナトの『残党から逃げ切れる』という嘘をまだ信じている。
「はい!逃げ切りましょう、この森から!」
まだ信じているのか、とアサナトは多少罪悪感に駆られるが、逃げ切ることは確かに最優先項目だから、とりあえず頷いておく……が、脱出する為に転送魔法を展開しようとするアサナトが、異変に気付く。
「……!?転送魔法が、使えない」
すっかり転送魔法が使えて脱出出来ると思っていたアルメスは、アサナトのその言葉を聞いて、一瞬、反応出来ずに思考が止まる。
「……どういうことですか?」
「オーク達の本拠地に入る時にあったあの渦が変質して、転送魔法で外に出られなくなっている。……いや、転送できなくも無いんだが、この建物から外に出るくらいか」
アルメスが、アサナトの言っている事をやっと理解し、事態の最悪さに気付く。
「……じゃあ、どうやって出るんですか!?」
「渦を壊すしか無い……が、時間がいる」
……何故、その渦を作っていたオークロードが死んだのに、何故その渦は……?
「オークロードは死んだ筈では……?」
アルメスがオークロードの死体を見つめる。
……確実に死んでいる。断言できる。
「あの渦は、オークロードが決死の覚悟で俺たちを出させんとばかりに作った、死んでも作用する檻だろう。しかも、オーク達を強化しているようだ」
アサナトがその言葉と共に部屋のドアを見つめたので、アルメスも見ていると、途端に扉が蹴破られ、数十体のオーク達が扉から雪崩のように入ってきた。
オーク達は息を荒げ、物凄い形相でアサナト達を睨んできた。
さっきのオーク達とは、 様子が違う。
……恐らく、もう言葉を発せられない程に凶暴化している。
アサナトが危機を感じ、転送魔法を展開する。
「ここではまずい、出るぞ」
オーク達がそれを察し、突進してくる。
だが、オーク達の刃が当たる前に、転送が完了した。
だが、転送先も地獄。
一瞬で囲まれてしまった。
だが、アサナトが一瞬で周りのオーク達の首を落とす。
「やるぞ。怯むな」
♢
もう何時間戦っているのだろうか……。
気付けば日は落ち、僕達の周りの建物を照らすランタンと、渦が発する赤い光がオークと僕達を照らす。
いくら切っても出てくるオーク達。
正直、きつくなってきた。
だけど横に、僕が一人切り倒す時には数十体倒している化物、アサナトさんが居るから、まだ音を上げる時じゃ無い。
まあ何回も、オーク達に切られそうになった時に助けてくれているのだから、まだかなり余裕があるんでしょうけど、僕は正直限界に近いです。
アサナトさんに助けられる度に言う感謝。ちょっと言い過ぎて自分でも何言ってるか分かんなくなってきた。
……なんかアサナトさんが切りつけて倒したオーク達が、全員灰の様に消えていってるのって、もしかして、あのナイフ、目標が死んだら発動する崩壊属性かなんか付いているのかな?
アルメスがそんな風に考えていると、真後ろからオークの荒い息が聞こえてきた。
(いつの間に!!)
避けようとした……が。
真正面にもオークが居る。
一撃食らうのを覚悟するアルメス。
「ガッ……」
だが、突然前後のオーク達に投げナイフが刺さり、アルメスを避ける様にして広範囲の雷魔法が周囲のオーク達を襲う。
灰になって消えていくオーク達。投げナイフにも、崩壊属性が付いているのだろう。
周りを見渡すと、投げたナイフを引き寄せ、ナイフを入れるポケットに戻しているアサナトがいた。
アサナトがアルメスを助けたんだろう。
「ありがとうございます!」
投げナイフの収納を終えたアサナトが、もう聞き飽きたと言わんばかりに返事する。
「礼はいい。ぼさっとしてないで、来るぞ」
アサナトが、アルメスとは別の方向を見つめる。
不思議になって視線の先を見てみると。
地面を揺らすほどのオーク達の大群が自分達に向かって突進してくるのが、遠目で見えた。
「どうします?あのオーク達」
正面を切って大群を率いているのはかなり装備が重厚で、他のオーク達より数段体格が大きいオークロードの建物を守っていたオーク達。あれを複数相手取るのは厳しい。
圧倒的に体格の差に余裕で潰される。
「……任せろ」
そう頼もしい言葉を断言するアサナト。
何か策があるのだろう。
「下がってろよ……“土棘”!!」
そう言いながら、ナイフを順手持ちに持ち替え、地面に土魔法系の魔法陣を展開し、魔法陣の中心にナイフを叩きつける。
魔法陣が発動し、波の様に地面から生える土の棘がオーク達へと向かう。
正常な判断能力を失っているオーク達は、その棘に防御も取らずに突っ込む。
案の定、串刺しになって、先頭の強そうなオーク達は全滅する。
魔法の効力が切れ、棘が消える。残ったのは、後五千体程。
「……行くぞ。最終局面だ」
渦の破壊は時間がかかり過ぎるので脱出不可能と判断していたアサナト。
もうオーク達の殲滅に切り替えていた。
アルメスもその事に薄々気付いていたからこそ、今から脱出しよう、何て言葉は出なかった。
「はい!終わらせましょう」
アサナトとアルメスがオーク達に向かって突進する。
まずアサナトが先行し、高く飛翔してからの風魔法による推進力を得、大群に向かって飛び込む。
この攻撃より、大群に大きい亀裂が入り、数百体のオークが葬られる。
一応、本能によって軍を保っていたオーク達。だが、その軍も崩されればただ我武者羅に剣を振るう獣に成り下がる。
もう、そうなったらこちらの独壇場だ。
騎士団の新兵以下になったオーク達は、もう狩られ続けるのみ。
だが、耐久力だけは異常に高い。急所を狙い続ける事は、かなり神経をすり減らす。
それは、もう体力的に限界に近いアルメスにとって、苦行だろう。
アサナトも、限界が来る事は分かっていた。
だが少し、早過ぎた。
「はあ……アサナトさん……僕……もう、駄目……」
目の前のオークを切り倒したタイミングで限界になり、アルメスの体が地面に崩れる。
「ちょっと早いぞ!はあ……そろそろ『使う』か……?」
完全に身動きが取れなくなったアルメスを殺そうとたかるオーク達と、自分に攻撃してくるオーク両方を同時進行で倒さねばならなくなった。
気絶して動けないアルメス。今すぐにでも起き上がりたいのに、身体がそれを許さない。
そろそろうんざりしてきたアサナトは仕方なさそうに、左手の上に白い光を発する『何か』を作り出そうとした瞬間。上の方から、何かが割れる音と共に、知った声が聞こえてくる。
その声で、左手の上に作っていた『何か』を作り出すのを中断させる。
「アサナトさん!」
オーク達と共に空を見上げる。
割れた渦とその上から落ちてくる二人の人影。
アサナトはその二人を見た瞬間、小さな笑みを浮かべる。
「やっと終わったか」
そう。ミカ・アイレスとナミア・レフィナードである。
アサナトは、ミカ達が会合の準備前に残していった言葉を思い出す。
『日落ちには間に合わせますので、それまで耐えて下さいね!』
アサナトに助言と、激励の言葉でアサナトを励ますミカ。
『ああ、俺たちは、目標の国襲撃準備が終わる前に本陣を叩いてくる』
『あと、アルにも、出来れば直ぐに合流するとか言っておいてくれ』
『分かりました。……本当にあれ使わない気なんですか?』
アサナトは口では言わずただ、頷いた。
『そうですか……頑張って下さいね!』
アサナトの遠回しの肯定に、笑みを浮かべ、再び応援の言葉を飛ばす。
……まあ、日落ちには、と言っていたが、少し遅れ過ぎじゃないか?
ナミアが空中で杖を出し、アルメス用の回復魔法と、オーク達を蹴散らす用の広範囲炎系魔法陣を同時に展開する。
ナミアとミカが地面に着地し、ナミアが魔法を発動させる。
周辺のオーク達は焼かれ、灰となり、アルメスは回復魔法で目を醒ます。
「……!?ナミアさんとアイレスさん!!」
気絶していてナミア達の登場の瞬間を見ていなかったので、少し、動転してしまった。
ナミアの炎魔法により、周りにオーク達は居ない。
大体、後千体程か。
なら、直ぐに終わらせられる。
アサナトがナイフの刀身を伸ばすように闇の魔力で長い魔力の刀身を作る。
それを見て、ミカとナミアが、作戦に気付く。
ナミアは、炎魔法の火力を保ち、オークを近寄れない様にし、ミカはアルメスと共にアサナトの後ろに避難する。
アサナトが闇の魔力の刀身を作りきったのを確認し、魔力の刀身を勢い良く地面に突き刺す。
「……終わりだ」
残り全員のオーク達の足下に黒い渦ができ、その中から鋭い柱の様な黒い物体がオーク達を突き刺す。
炎の中からでも分かる程、天を突く様に伸びた黒い柱。そしてその柱に突き刺されたオーク達。
それを確認したナミアが、炎を解除させる。
それと同時に、突き刺されたオーク達が灰になって消えていく。
黒い柱も一緒に、魔力の塊となって、霧散していく……。
「オーク、全滅だな」
そのアサナトの言葉と共に激しい喜びが込み上げて来る。
「やった!!」
耐えきれずに子供の様にはしゃぐアルメス。
ふとアサナトを見ると、全く息を荒げておらず、疲れていない様子だった。
……なんであんな戦闘があったのに全く疲れていないんだこの人。
はしゃぎ終わったアルメスに、アサナトが、深刻そうな顔つきで話しかけてきた。
「アル、お前は、あのオーク達の事を知った方がいい」
「……え?」
次にアサナトが見たのは。
倒れたオークの死体。そこら辺に転がっているオークの数百にも及ぶ死体は、全部アルメスが倒したもの。
アサナトは、崩壊属性付きのナイフで倒していたから死体など残らないからである。
アサナトが、その残ったオークの死体の中で一番損傷が少なく、ペンダントをぶら下げたオークの死体を調べる。
「これ、見てみろ」
ペンダントの中身をアルメスに見えるように見せるアサナト。
……?何の変哲も無い、二人のオークに囲まれた子供のオークも映った家族写真。
それを一緒に見たミカ達は、一瞬で暗い表情になる。
その表情を見ても、本質を未だ理解できないアルメス。
「このオーク、家族がいたんですね……」
「それもそうなんだが、問題はそこじゃない」
アサナトがアルメスの言葉に少し被せるように、深刻な表情で訂正する。
「……どういう事ですか?」
アサナトが立ち上がる。
「来い。道中に説明する」
アサナトの行動に疑問を抱いたが、とりあえず言われた通りに付いていく。
「私達は、死体の処理をしておきますね」
アサナトがミカの言葉に頷き、同意する。
少し歩いたところで、アサナトが話を始める。
「戦っている最中に、気付いたことはあるか?」
「?いえ、ただ、かなり凶暴化しているな、と」
「そうだな。それから?」
アサナトの次なる質問に、感じたことを思い出そうとする。
「……後は、かなり正常な判断が出来ていないな、とか」
「……そう。あいつらはかなり正常な判断が出来ていなかった。何故なら……」
「何故なら?」
「『洗脳』されていたからさ」
「!?」
洗脳!?そんなの、あり得ない……だけど、それなら説明がつく。
「オークロードは、異国の存在。そんな奴がいきなりリリスヴェールに現れて、しかもこんな大軍を突然作れる訳がない」
「あのオークロードって、最近出て来たものなんですか?」
「ああ、少なくとも三週間前には、リリスヴェールにはそんな奴は居なかった。しかも、隠れてカラリエーヴァに来るなら、出来て数十体くらいさ」
「数十体……もしかして、オークロードが居た建物を守っていたあのオーク達は……」
アルメスの推察に頷くアサナト。
「あいつらは、オークロードの直属の部下だろう。そして、その部下さえも、あいつは洗脳した」
「そうなんですか……じゃ、あの大量のオーク達は?」
アサナトの説明だと、あの大軍はどうやって生まれたのか。それが分からない。
「……元々リリスヴェールに住んでいた、全く善良なオーク達をオークロードは洗脳して、自分の手駒へと変えたんだ」
洗脳の方法は、あの渦だろう。
渦が壊れてもオーク達の洗脳が解けなかったのは、一度掛かったらもう永遠に切れない、呪いの様な性質が有った為だろう。
「それじゃ、僕が倒したオーク達って……!?」
アサナトが暗い表情になる。
「三週間前までは、争いなど知らない、善良なオークたちだったんだろう。伏兵の位置どりが拙なかったのは、兵法など全く知らないオーク達で構成されてしまった所為だろう」
「……」
アルメスは絶句する。
「……そして、この街にオークの子供がいないのは……」
「!……洗脳が、効かなかったから、ですか……?」
アサナトが、さっきの暗い表情よりも暗い、悲愴な程の表情で頷く。
「洗脳され、親の愛情さえも忘れてしまった親は、自分の手で、自分の子供を……処分したんだろう」
「そんな……残酷過ぎます……っ!」
目を背けたくなる程の真実。
「俺たちは、任務を受けた人間として、この事実を知らなければならない。……着いたぞ」
アサナトの言葉により、目を開ける。
そこには、かなり雑に設営された大きなテント。
その中からはもう、鼻を刺すような死臭がする。
「……覚悟は、出来てるな?」
これは僕が知らなければいけない、目を背けることも許されない、起こってしまった事実。
元凶であるオークロードを倒した僕が、見なければいけない物。
受け止めるんだ。全てを。
「……どうぞ」
アルメスのその言葉と共にテントの中に入る。
入った瞬間、入り口前の数倍以上の死臭。
地面に流れる血は固まり、その先に山のように、テントの天井にまで届く程積み上げられたオークの子供達の死体。
下の方の死体は、一部白骨化しているものもあり、顔が判別できないほど腐った死体。ハエが集り、ウジさえも湧いている。
覚悟はしていたが、こうも無残だとは。
だが、これが現実。
まだ生きたかっただろうに、死んでしまった子供達。
……悲しい。
オークロード。こんな事が許されて良いのか……?
ーー良いはずがない。絶対に。
……ん?
右端の方に、人……いや、亜人?二人の大人の間に寝そべる様に、額から血を流した亜人の少女が居る。
しかも、微かに動いている。
それを確認した瞬間にアサナトを置きその少女の元へと猛ダッシュで駆けつけるアルメス。
触れてみて分かった。生きている。
アルメスに追いついたアサナトが驚いた様な表情で少女の目を確認する。
「闇の様に暗いが、光はある」
全員死んでいると思っていたアルメスにとってその言葉は、最も望んでいた言葉。
「大方、殺される前に俺たちの襲撃があったのだろうな、だが両親は……。亜人は洗脳出来なかったのだろう。だが、これは、任務の報酬以上に嬉しい報酬だな」
アルメスは、少女をナミアに治療して貰うために、急いでテントを出る。
出たすぐそこに、死体処理を終えたのであろうミカ達が待っていた。
「この子を!直してあげて下さい!」
「良いわよ」
ナミアの優しい一言。この少女を直してもらえるだけで、落ち込んだ気持ちが嘘の様に晴れて行く。
「……っ!!ありがとうございます!!」
「……さて、『この世界』も、再び楽しくなってきたな」
アサナトが、積まれたオークの子供の死体を見つめながら、楽しそうに呟く。
♢
薄暗い部屋の中で談話する二人。
机の上で灯るオイルランプだけが、部屋の明かり。
だが、それが怪しさを倍増させている。
二人の輪郭しか、人物像を特定できない。
そして、一人の人物が焦りの色を示しながら言葉を発する。
「あの第七暗殺部隊が、ミキシティリアへと上陸した様です……どうしますか?」
「もうこちらからは手を加えれませんし、もうその事実を改竄する事も出来ないの。もう標的を抹殺する為だけに動いてしまっているかも……でも、それを止めることは出来ない。観戦するしか無いのよ」
「あの子を利用する事は出来ないのですね……」
「もう諦めて?……私だってもう……」
「……分かりました」
一人の人物が、部屋を出ようと回れ右しようとしたが……。
パラッ、という紙の音がそれを止めた。
積もった紙の束の内の一枚が落ちた様だ。
それは、机の下に落ちた。
「ああ、それ……」
もう一人の椅子に座っていた人物が立ち上がろうとする、がもう一人の声によって静止させられる。
「いえ、私が取りますよ」
その書類を取ろうと屈み、書類へと視線を当てる。
だが、その書類に写されている顔写真と文字に目が止まる。
「……?これはこれで……」
「どうしたの?」
「……!?いえ……」
少し焦りながら書類を取り、紙束の上に戻す。
そして会釈しながら、小さく心の中で、さっきの書類の内容を思い出す。
(メル・セルリア……いい協力者を見つけた様ですよ……)
ランプに照らされる顔の下半分は、笑っていた。