アルメスの秘蔵の才
メル・セルリアが消えた翌日。
アルメスとスーシャは自己鍛錬に勤しんでいた。
アルメスは更に決意を固め、スーシャの口からはもう反感の言葉など出ずに鍛錬中だ。
そして、只々二人の口から漏れるのは、疲労を訴える叫びのみだった。
だがそれの度が過ぎ過ぎて、熱された油が詰まった厚窯に放り込まれたかの如く、心痛極まりない光景がアサナト達の眼の前で広がっている。
なのにも関わらず、それについてはノータッチで無視されている。
地獄だ。
だが、厳しいのは最初だけだ。
それは言葉通りで、慣れたら苦しく無い、とか言う幻想では無い。
本当に、これを乗り越えたら楽な鍛錬が待っている。
だが、最初の鍛錬が死ぬ程辛いのは変わりない。
その鍛練内容。
アサナトが展開したキューブ内のダンジョンに二人分かれて潜って貰い、そのダンジョン最深部の迷宮主を倒してくるという内容。
二人分かれて潜ったのも含め、かなり苦戦した様だが、一日掛けてそれを突破。
例によって、以前アルメスの実力確認の時に行った強化をミカが二人に行った。
その成果か、鍛錬二日目に入った頃、アルメスに異変が起こった。
「……ん?あれ?」
口から疑問の声を漏らすアルメス。
何かあったのだろうか、とアサナトが声を掛ける。
「どうした?」
「あ、あの……魔力が見えるようになったかも知れません」
突然の告白。
異例だ。
アルメスは魔力を持たない。
そして魔力を持たない者は自然を流れ行く魔力や人に宿る魔力が一切見えない。
そう、見えないのだ。魔力がない者には、魔力が。
だが、何かの理由で魔力を持たない者が魔力に目覚めた時、併せて魔力も見えるようになった、という事例がある。
もしかしたら、アルメスはその事例になったのかも知れない。
「本当か?」
それを本当の物か問いただすアサナト。
もしそれが本当なら、アルメスは魔法に目覚めたと言えるから。
アルメスは周囲を見渡し自然の魔力と、スーシャが宿す魔力を感じた。
「……間違いないです。僕、魔力が見えるようなりました」
(やっとか)
アサナトがそう心の中で安堵する。
本人がそう公言しているのだ、間違いは無い。
その上に。
アルメスが魔力を宿している。
それは、見れば分かる。
これはもう確定的な事実だ。
ならば、試すことは一つ。
魔法を放ってもらう。
「ならば魔力も発現しているだろう。ーーーーほら、ここにファイヤボールを撃ってみろ」
アサナトはキューブをアルメスの前面に展開し、そう告げた。
相当の無茶振りだ。が。
「突然ですね。……分かりました。出来るだけやってみます」
「アルメス君、魔法に目覚めたばっかりなのにどうやって……」
その様子を傍目から見ていたスーシャが声を上げる。
それも無理は無い。
魔法と言う物は大体詠唱を必要とする物。
実力者であれば詠唱破棄なども出来るが、初心者は全ての魔法に一つずつ付けられた魔法式を詠唱しなければ魔法発動は叶わない。
そこに、個人の魔力量も左右してくる。
紙に書かれた魔法陣に魔力を込めるだけで魔法を発動出来るような便利な物も有るのだが、アサナトの言葉的にそれは使わず魔法を発動してみろ、という事だろう。
幸いか、今回アルメスに要求された魔法はファイヤボール。
詠唱も世間に知れ渡っているので、簡単に真似できる魔法だ。
だが。
アルメスの現在の魔力保有量はファイヤボールを発動するのに全魔力を注がないといけない位だ。
魔力切れを起こして倒れないのだろうか。
スーシャはそれが心配だったが、アルメスの自身の表情に当てられ、引き下がった。
だが、緊張が無くなった訳じゃない。
スーシャは固唾を呑み込み、様子を見届けることにした。
「では、やれ」
「分かりました」
アルメスは自身の魔力量を確認し、余裕の笑みを浮かべる。
まだ回復し始めだが、これなら簡単だ。
五発くらい一気に撃てる。
そして、アルメスは静かに詠唱に移った。
自然に同調し、野に佇む大木の様に。
左腕を上げ、その詠唱を告げる。
「ーーーー燃焼爆裂。其の理念は、鼓動する心肺の血流の如く立ち昇る。五つの号砲、ファイヤボール」
長文詠唱。
しかもそれは既成の詠唱文では無かった。
アルメス独自の詠唱文。
それは、魔法に目覚めたばかりの初心者であるアルメスには、本来出来ないはずの芸当。
詠唱文改変及び長文詠唱、特に詠唱文改変は熟練した魔導師しか出来ないほどの至難の技。
だが、見返りは大きい。
ちゃんと発動すれば、威力の向上や、発動速度の向上。
そして、消費魔力の低下などが得られる。
難しさを位付するのなら『通常詠唱」→『長文詠唱、詠唱文改変』→『詠唱破棄』
となる。
難しさは中級程度。だが習得するのにはかなりのセンスと努力が必要だ。
実際のファイヤボールの詠唱。基本は、燃焼爆裂。穿てファイヤボール。などで終わる。
が、アルメスはその詠唱文を改変している。
しかも……。
普通に魔法発動。
そして、スーシャの分析的にファイヤボールは一個しか放てないだろうという見立ては、五つのファイヤボールがアルメスの腕から放たれた事で覆された。
速度も元々のファイヤボールのそれとは比較にならない程であった。
スーシャクラスでもギリギリ目で追えるかどうか。
通常のファイヤボールの速度が成人男性の投球と同じくらいの速度なのに対し、アルメスのファイヤボールはその数十倍程の速度を保っている。
そして、直ぐにファイヤボールがアサナトのキューブに着弾する……と同時に凄まじい熱風が辺りを覆った。
キューブで相殺されているとはいえ、普通のファイヤボールの威力ではない。
「……なんで」
スーシャから漏れる一言。
それは、アルメスの魔力保有量を見たからだ。
全く減っていない。
しかも、増えている位だ。
ーーー消費魔力より、時間による魔力回復の量の方が圧倒的に優っているのか。
なんてセンス。
いや。それだけじゃ片付けられない。
これじゃまるで……昔魔法を使えていたみたいじゃ……。
「やっと、魔法の入口へと至ったか。魔法の神童、アルメス君?」
アルメスのその魔法の圧倒的才能に触れる事なく、本人の過去を見透かす様に皮肉を呼ばすアサナト。
「なんでそんな事知ってるんですか……」
それを否定する事なく呆れるアルメス。
ーーースーシャの予想は当たっていた様だ。
だが、これにだけは疑問を抱いた。
何故アルメスは、魔力を失ったのか。
だがスーシャには、それを聞く勇気が……無かった。
……そして、全員が居る訓練室に、声が鳴り響いた。