破られる少女の呪い
「ふう……よし!行こう」
少年は深く呼吸を重ね、酸素が身体中を駆け巡るのを感じ……決意を固めた。
もう何者にも揺らぐことない信念を新しく抱き、足を運んだ。
信じられる仲間、助けられた師匠が待つ、宮殿の元へと。
アルメス・レジュリゲート。
少年が固めた意思はもう折れない。
千切れない。
過去の自分が残して行った、人を偽言すると言う事を斬って捨てる。
これからは、アルメスは仲間を頼る。
それを、知ったから。
分からせて、くれたから。
応えなければ。
ーーーそして、少年は仮面の下の自分の『一部』を消し去った。
♢
扉の前。
アルメスは、確固たる足取りであの部屋の前へと進んできた。
それは、弟子としての始まりの部屋。
お茶会室、とも言うべきか。
兎も角、アルメスはここに全員が居ると、確信していた。
理由はない。だがここしかない。
……深呼吸。
そして、アルメスは重くも懐かしいその扉を、開けた。
「遅くなりました!」
そして光射す扉の先に居たのは……。
五人の人影。
ーーーー居た。本当に。
涙ぐむアルメスの耳に、
「本当に……遅いですよ?」
少し怒った様子のミカの声。
「ふふっ……そうわね」
ナミア。
そして、背を向け立つ、師匠の姿。
だが……。
「……」
答えない。
そんな姿を見てアルメスは、目を落とした。
やはり歓迎されていないのか、と。
だが違った。
「ほら、あんたも照れてないで新品の弟子に面を合わせて話し合いなさいよ」
(……へ?)
ナミアのその言葉で、元の華々しい気分に戻される。
「お、おい。ちょっと俺はこれで……」
自身の体をアルメスの方向へと押し進めるナミアと必死に格闘して抵抗するアサナト。
一歩も引かない両者、だがそれはミカがナミア側に加担した事で、アサナトの抵抗虚しく、一瞬の内にアルメスの目の前へと連れて行かれた。
「おい、ちょっと!あ」
目を合わせあったアサナトが観念する様に、弟子へと言った。
「……よく帰って来たな」
それは、アルメスが求めていた言葉。
ぎこちなく笑うアサナトの心中は、諦めとナミアへの多少の賞賛が篭っていた。
「これからも、宜しくお願いしますね。アサナト師匠」
これは、いつぞやの言葉を模した物だ。
当然、腕を差し出し、アサナトもその手を握った。
今度は、偽り無い仮面の下の僕の笑顔で。
精一杯、感謝を込めた。
握手を交わすアルメスの横から、ナミアが言った。
「じゃあ、アルはまた弟子の関係に戻るという事ね?」
「はい!」
元気よく答えた。
そのアルメスの返答を聞いて、ナミアとミカが何かを呼びに行った。
そして、帰ってきたナミア達の間から出て来たのは……。
「ほらキア?アルメスお兄さんが帰って来たわよ……!」
「あ、キーーーー」
飛翔。
アルメスを見るや否や、跳びかかるキア。
それは、異常なジャンプ力だった。
見上げるほどにまで跳んだキアが、勢いを失ってアルメスの体に襲い掛かる。
いくらキアが軽い少女とは言っても、高所から落ちた勢いは凄まじいもの。それがアルメスの胴体に直撃した。
「ぐっ……!」
呻き声を上げる。
演技では無い、本当の痛みがアルメスに、胴体を突き破る様な感覚を与えた。
だが、即病院送りとは行かなかった。
だとしても飛来する際に腹に力を入れていなければ、アルメスの腹は壊れていたところだろう。
一応キアをあやし、耳元でアルメスは囁く。
「ありがとうね、キア」
「ア……ル……メス!」
キアは、言葉を使った。
依然掠れた声だったが、言った。
自分の名前を。
自身が掛けた呪いを打ち破って、そう告げた。
その声は、ナミア達にも届いた。
「キア……喋った」
「ーーーですね」
「やった!!」
歓声を上げる一同。
キアが喋った。
それはナミア達、主にアルメスにとって、言葉には表せない程の吉報であった。
一同、歓喜の舞い。
それを、ある少女は、眺めていた。
どうしたらいいか分からなくなって。
(まずいよ……入るタイミングを見失った)
その少女は、一時女王近衛隊へと加入した、スーシャ・リッテユーロ十二聖騎将、十二席だった。
完全にスーシャを蚊帳の外に置いて喜ぶアルメス達。
もじもじと体を動かし、行き場のない疎外感を感じている時に、その言葉は掛けられた。
「済まないな、スーシャを置いてはしゃいでしまって。ちょっとあいつらを叩き起こしてくるから待ってろ」
それは、アサナトであった。
あの歓喜の渦に乗り切れなかったのだろう。
案外早いタイミングであった。
「あ……はい」
そう言ってアサナトが後ろの様子を確認する……が、もうナミア達の喜びは収まっていた様だ。
収まりが早い。
「あれ?」
そう気の抜けた声をアサナトが漏らす。そして、ミカおもむろにスーシャの元に歩み寄り、
「では、教えますよ。私達について」
そして、突然手を取られる。
突然の事に思考がパンクしたスーシャをミカは有無を言わさず引き連れて訓練室へと繰り出しに言った。
手合わせするつもりだろう。
そしてアサナト達とすれ違いざまに、ミカは手振りで全員を誘ってきた。
バタン。
扉が閉まり、部屋にはキアとアルメス、ナミアとアサナトが残された。
その次に響いた音は、ナミアの声だった。
「……行きますか」
「了解。行くぞ、アル」
全員はその言葉と共に訓練室へと歩みを進めて行ったが、その道中でアサナトが静かにアルメスに語りかけた。
「ーーーーいい成長を期待してるぞ」
「……はい!」
その期待にアルメスは、応えに行った。
心象の変化。
そして、蓋されていたアルメスの力の錠が、開けられた。
♢
アルメスが訓練に勤しんでいる時に、その友人メル・セルリアは、朗らかな気持ちで宮殿の方向を見つめていた。
紅に染まった空の日差しを浴びながら、メルは呟く。
「あのアルメスがあんな事で悩むなんてな……だけど橋渡しになれて良かった。それでアルメスが報われてくれたなら良いけど……」
そんな風に独り言をしているメルの背後で服が靡く。
だがメルの服は全く靡いてはいない。
なら……。
振り返るメル。
「……!?貴方は……誰ですか?」
その視線の先に立っていたのは、真っ暗な外蒙を身に纏った、謎の人物だった。
身体つきから、女性という事が分かった……が、それ以外は全く分からない。
肌が全く見えない。
顔すらも。
魔力も隠れていて全く見えない。
闇夜に潜む様に隠蔽されたその人物に、メルは怯える事なく問いかけた。
そして、帰ってきた言葉は。
「メル・セルリア。私と来てもらいますよ」
勧誘。
怪しさ満点の言葉を織り成すその声は、その奇怪さとは裏腹に綺麗で、澄んでいた。
「それは、どういう事ですか」
その先の言葉は、濃さを増す暗夜にかき消された。
ーーーそれを最後にメル・セルリアという少年は、居なくなった。
そして、次にアルメス一行と出会う時にその少年は、悪魔へと様変わりして、カラリエーヴァ王国を……襲撃することになる。
取り敢えずこれで一章は終了です。