自虐と腹が鳴っては何とやら
ミキシティリア社会見学三日目。
朝。
アサナト達は任務へと向かった。
アルメスを宮殿の留守番係の様にして。
アルメスはベットの上で、考えていた。
昨日の事を。
自分のしたい事を。
ーーー仮面の中の自分の表情を。
「『人を、私達を頼りなさい』ですか……」
昨日のナミアの言葉。
「でも……僕は。ーーー僕は」
アルメスは、思い出す。
自分の所為で傷付けてしまった……以前の師匠の事を。
ーーー自分の祖父の事を。
どれだけ……どれだけ相談したところで、寄り添ってもらったとしても。
僕は、仮面の下の僕を消し去れなかった。
忘れられなかった。
ーーーなので……僕は。
ミカさん達の期待を。
アサナトさんの弟子を。
辞めて、裏切ります。
僕はもう人を傷付けたくない。
仮面の内側を、見られるわけにはいかないんです。
そこには醜く、人を騙す事に躊躇すらしない、僕が居るから。
僕だって。
ーーー弟子でいたかった。
人並みに笑って、人並みに幸せを感じていたかった。
仮面を被ってまで自分を偽りたく無かった。
……家族を失いたくなかった。
でも、あの時の僕は希望に縋り付く事を選んでしまった。
その所為で、屑みたいな僕が生まれてしまった。
いつだって、死にたかった。
……でも。
死ねなかった。
どれだけ喉にナイフを突き立てようと、崖から身投げしようとしても、僕はその先に踏み出せなかった。
止められた。いつだって。
突き立てたナイフを投げ捨てた。崖から逃げた。
死にたい。生きたくない。
でも、その一歩を踏み出せたことは、無かった。
残ったのは、薄れることない喪失感。
それをどうにか紛らわそうともした。
けど、出来てしまったのは嘘に塗れた自分だった。
そして、今はそれを続けてしまっている。
だから逃げるんだ。
アサナトさん達という、輝かしい英雄達の弟子という座から。
僕がいると、皆さんを傷付けてしまうから。
祖父の二の舞にはなって欲しくない。
ーーーー決めた。
アサナトさん達が帰って来たら、無理のない形で、関係を自然消滅させよう。
そして、僕は放浪生活でもしようか。
♢
そして、アサナト達は。
現在海底神殿にて人類脅威を倒している所だ。
アリセムが持ってきた任務。
それは、最近発見された海底神殿の探索及び、そこに潜む魔物達の討伐。
人員。
アリセム、アサナト、ミカ、ナミア、スーシャ、キューラ。
六人編成の探索隊。
今回発見された海底神殿の魔物の脅威判定は、簡単に人類を滅ぼせるレベル。
ならば、探索隊は同じく人類最強のメンバーで挑むしか無い。
中々ハイレベルな任務な筈なのだが……。
「……スーシャって、何処から来たんだ?」
「今じゃなきゃ駄目なのですか?」
日常会話中。
「?ああ。暇だしな」
アサナトが、当然の如く答える。
ここ、未探索の海底神殿の中な筈じゃ……。
しかも、暇?
途中で何回か襲われている筈なのに?
「いや、流石にここじゃーーー」
激しい振動。
荒れる海の上に浮かぶ小舟の上に乗っているかのようだ。
まあ、それだけで体勢を崩す程の鍛え方をしているアサナト達では無いが。
戦闘準備をしようとするスーシャ。
だがそれをアサナトが止める。
「俺がやる」
スーシャは、大人しく引き下がった。
圧倒的な自信に当てられて。
……だが、安心出来ないのも事実。
この揺れ方。恐らく今までのとは格が違う。
アサナトがキューブを一つだけ、出現させる。
たった一つ。それで充分だ。
その瞬間に通路の曲がり角から、揺れの主が細長い身を擦りながら出て来た。
しかも、この通路自体が五十メートル程あるのに、それでもつっかえる様な体躯。
魚の様な姿をしているが、その大きさは元の数千倍だ。
この海底神殿特有の進化をして来た様だ。
かなり異質だが。
いや。だから人類の脅威になり得たのか。
「ぐがああああ!!!」
アサナト達を見た瞬間、唸り声を上げる魔物。
……来る。
口を大きく開け、青い炎のブレスを放とうとする魔物。
海底神殿の魔物なのに、何故炎のブレスなんだ、と思いながら、アサナトはキューブを放つ準備をする。
余裕を持って。
だが、それから一向に動く様子がないアサナト。
魔物は着実に準備を済ませて、もう直ぐにでもブレスを放てる程にまでなっている。
焦るスーシャ。
「なんでキューブを……!」
剣を抜こうとするスーシャを、アリセムの腕が止めた。
「辞めておけ」
そうアリセムが告げた。
笑い混じりに。
やるだけ無駄、という事なのだろうか。
スーシャは、取り敢えず剣を抜く動作を、止めた。
いつでも対応できる様に。
ーーーそして、放たれるブレス。
当たったら即死。
海底神殿すら吹き飛ぶ威力なのは目に見えていた。
だが。
アサナトは怯みもしない。余裕の笑みで、キューブを放った。
それも束の間。
目にも止まらぬ速さで、ブレスを押し退けて行くキューブ。
減速すらしない。寧ろ加速している。
ブレスを物ともせず弾いて行く様はさも彗星の如く。
キューブはいとも簡単にブレスを打ち消し……魔物の頭すらも吹き飛ばした。
砕け、散る脳漿。
身を突き刺す様な熱風。
青い火の粉となって周りに降り落ちるブレスの残火。
浮いて霧散して行く青い魔力の塊が、空に散る星々の様。
それが、アサナトが勝利したと言える証拠だった。
余裕の勝利だ。完膚無きまでの。
そしていつの間にか、魔物の死体はアサナトのキューブによって処理されていた。
内に溜め込み、存在すらをも消し去る様に。
「凄い……」
スーシャが、歓声を上げた。
あの魔物が放った青い炎のブレス。
大魔法すらをも上回る程の威力であった。
それを意に介さない程の推進力と強度。
有り得ない。
普通じゃない。
……全く。この人は、この人達は。
本当に底が見えない。
アリセム様やキューラとは別タイプの強さ。
……人じゃ辿り着けない強さな気がするのは、気の所為?
そう驚嘆しているスーシャに、アサナトが告げる。
「さ。行くぞ。……次はスーシャの番だ」
アサナトは、そう曇りない目で言った。
次は私の番。
「女王近衛隊に恥じない様に。ですよね」
スーシャは楽しみのあまり、笑った。
これが私の入る女王近衛隊なのか、と新しく待っている生活に焦がれて。
「分かってるじゃないか」
……アサナトはこれが狙いだった。
わざと自分の実力を分かりやすく誇示する事によりスーシャを鼓舞するのと同時に、親交も深めようとしたのだ。
アリセムもそれを分かっていて、止めた。
真剣な意図では無いと本人に多少なりとも気付かせるために。
だがまあ、伝わらなかった様だが。
♢
【ーー “事象揺壊”ーー】
それが、彼女が持つ存在能力の名称。
だがこれは、未だ真価を発揮出来ていない、未完の能力なのだが……。
「この真下を壊せば、近道出来ますね」
キューラが、床の材質を確かめながら言った。
かなり硬いが、これを簡単に壊せる人物を知っている。
「……これなら、スーシャの存在能力を使えば行けそうです……スーシャ、やれる?」
「行けます」
即答。
自信に満ちた表情は、その歳を忘れさせる程だった。
そして、そのスーシャの言葉に否定を飛ばすものは居なかった。
なら話は早い、と直ぐに準備に取り掛かるスーシャ。
だがまあ、直ぐに準備は終わるのだ。
ただ存在能力を使う、という気持ちになれば良い。
後は、聞くだけ。
「揺れと落下に注意して下さい」
と。
「了解」
アサナトがそう言い、ミカ達も相槌を打ち了承した。
下には数十体の魔物が待ち構えていることも踏まえて。
「……じゃあ」
スーシャは、存在能力を使った。
そして少し、揺れた。
子供だとしても体勢すら崩さない位の。
だが、床は砕け散った。
流石にこれくらいの揺れで崩れる様な耐震強度の床では無い。
五十メートル以上の魔物が暴れても崩れなかった床だ。
だが、何故か多少の揺れで、その床は粉々に砕け散った。
ガラスを割るかの如く。
何故か。
それは、スーシャの存在能力だから。
スーシャの事象振壊は、あらゆる物を揺らし、壊す事が出来るのだ。
どれだけ小さな揺れでも、だ。
今回は下にいる魔物達の奇襲として床を破壊するので、出来るだけ最小限の揺れに抑えて揺らし、破壊したのだ。
床の瓦礫と一緒に落ちて行くスーシャ達。
だが、空中での体勢は全く崩れる事なく、頭から垂直に落ちて行く。
着地は問題ない。適当に受け身をとれば衝撃を皆無にできる。
下を見ると、未だ気づいていない様子の魔物達がいた。
それを見た瞬間に、戦闘準備を始めるスーシャ。
それをアサナト達は、見ているだけ。
「実力を見せてくれ、スーシャ!」
アサナトの、奮い立たせる様な言葉。
お前なら、これくらい一人でやれるよな?という感じだろう。
こんなに期待されたのなら、答えるしか無い。
「はい!」
スーシャは、笑った。
穢れないその目で、健気に。
♢
「ナイスファイトだぞ、スーシャ」
「……はい!」
多少の呼吸の乱れを感じながら答える。
私の存在能力は体力を消耗しないので、多少の息切れだけで済んで良かった。
剣で相手していれば、今の倍の時間はかかった筈。
体力も消耗しきって床に倒れていてもおかしく無かった、と思う。
何にせよ、存在能力様様ですね。
私が倒した魔物の死体を、アサナトさんがせっせと処理している様を見て、ちょっと笑いそうにはなりましたけど。
だって気配を完全に殺して処理する様は、まるでその道のプロみたいな感じでしたし……仕方ない仕方ない。
「休憩挟む?」
ナミアが、先の戦いによって消耗しているんじゃ無いかとスーシャに提案する。
「いや、大丈夫です」
ナミアの提案に、遠慮と取れる答えを返すスーシャ。
「本当に大丈夫なの?」
案の定、ナミアに心配された。
「そんなに消耗してないですし」
これは背伸びでも無く、遠慮でも無い。
本当に休憩を挟むだけの消耗をしていないからだ。
「分かったわ、それなら、魔物が来る前に行きましょう」
その意図を分かった様で、全員に先に進むことを促すナミア。
「済まないんじゃが……」
次のフロアへと歩み行くアサナト達の足を止めるアリセムの声。
「ん?」
振り向く一同。
「……儂、腹が空いてきたのだが……休憩挟まんかの?」
「……え?」
アリセムの訴えかけに、声が漏れるナミア。
……確かに、昼時ではあるが。
何も言えない様な空気が流れる。
だが、ナミアの肩がピクピクと揺れ始め、遂に……。
「あんたそれさっきに言いなさいよ!!!」
激昂。
でも。
昼食を取ることになりました。
「わ!これ美味しい〜」
「確かに」
勿論キューブの中でね。