この店主は……誰だ?
「 ……!!?え!?」
突然の転移。
アルメスは困惑を隠せずに、咄嗟に周りを見回す。
だが、突然の場所の変化に直ぐ対応できるほど、アルメスは訓練されていない。
その所為で、状況の理解に数十秒掛かってしまった。
……どうやら、ここは動物園の近くの路地らしい。
暗い路地を照らす唯一の光源。
それが、建物の隙間から差し込んでくる動物園の明かりだと、隙間から見える景色から分かったからだ。
「薄気味悪い……こんな所直ぐに出ないと」
アルメスは、突然ここに飛ばされた事も含め、悪寒を感じた。
「……どうしたんだい?こんな所で」
明かりへと進み行くアルメスを、背後から引き止めるその声。
……聞き覚えがあった。
「……店主さん!?」
恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは、リストアリス魔法書店の女店主であった。
全く見た目も、体格も前見た時と一緒。
服装も前と一致していた。
本人だ。
「何故こんな所に?……僕をここに呼び出したのは、貴方なんですか?」
「……いや?ここの路地で一服を、と思ったら、あんたが突然飛んできたのさ」
アルメスは、心に何か引っ掛かる様な感じがしたが、思い込みだと錯覚する。
「そうなんですか……」
「っと。あんたはなんでここに飛んできたんだ?……いや、転送されたと言うべきかね」
思い出した様にアルメスに言う店主。
店主の言う通り、アルメスはここに転送された。
……何故かは分からないが。
「分かりません。……って早くアサナトさん達と合流しないと」
路地から出ようと再び明るみへと歩み出すアルメス。
だがそれは、突然腕を掴まれた事で緊急停止させられる。
「待て」
「!?」
驚くアルメス。
「あんたがここに、意図せずに転送させられたって事はだよ。敵に襲われたんだろ?……もしかしたら『そいつら』はあんた狙いかもしれない……ここはあたしと避難するべきだ」
「そうですね……一緒にーーー?」
アルメスは、さっき何故心に引っ掛かったのがやっと分かった。
ーーーーそいつら?
それをキッカケに、隠されて気付けなかった事に気付き始める。
一服?しかも眼鏡を掛けていないのに、何故まともに歩ける……?と。
アルメスは、昨日出会った店主の特徴を、今目の前にいる店主との特徴と言動を照らし合わせる。
ーーーーー自分を引き止めたこの店主は、本当に昨日の店主なのか。
先ず、路地で一服を、という店主の言葉だ。
アルメスは昨日、リストアリス魔法書店内の魔法異次元空間にて、試作品の魔法道具を試し打ちした際の店主の言葉を思い出す。
♢
〈試作品;座標指定型炎爆裂魔法演算用腕輪型魔法具〉
これは名前通り、百メートル以上の攻撃を正確に行えない、ファイヤボール型炎爆裂魔法を座標指定型にして、それによって発生する、演算による術者への極度の思考領域占有現象を全く起こさない様、魔法具に演算を委託する事により、術者への負担なくして連射可能にした、という魔法具。
これは只の遊びで作った様だが、取り敢えず試してみてくれないか、という店主の誘いを、アサナトが受けた形でそれは実行された。
アサナトとアルメス、店主以外の全員は、皆試作品試しに楽しんでいる。
だから、これから起きる事はアルメスとアサナトしか知らない。
数十回アサナトが魔法具を使用した後に、魔法具は黒煙を上げて自壊した。
「あ」
アルメスが気の抜けた声を上げる。
その瞬間、店主が苦しそうに咳込み始める。
「……大丈夫か?」
アサナトが心配する。
「……ああ、大丈夫さ。……あたしは煙が嫌いでね。煙草とか勿論だが、こういうちょっとした煙でも受け付けなくてね」
「そうなのか……って、魔法具……はすまん。弁償する」
店主の言葉に納得しつつも、腕の壊れた魔法具について謝るアサナト。
「や。大丈夫だって言ったろ?しかもこれは試作品で、別に壊れても悲しむ程に愛情と時間込めて作っちゃいないさ……どれ、見せてみな……」
♢
これが、アルメスが疑問を抱いた点。
『煙草は嫌いで、しかも、ちょっとした煙でも受け付けない』
そう店主は言った。
では、今。
今アルメスの目の前に居るこの店主が、何故ここに居る、というアルメスの問い掛けに対し言った言葉。
ーーーーーここの路地で一服を。
そう言った。
一服。
それは一般的な解釈では、煙草を使う際に使う言葉だ。
……そう。煙草だ。
煙草なら、路地に居る理由も迷惑になるからここに来て吸った、とすると説明が付く。
だが、店主は煙草は吸えない。
明らかなる矛盾。
と言うより、そもそも吸ったであろう煙草の吸殻が落ちてすらいない。
……もしかしたら、嘘を付いたのか。
……だとしても嘘は嘘。
怪しい事には変わりない。
しかもこれは一つ目だ。
続いて二つ目。
それは、昨日店主が掛けていた眼鏡だ。
昨日聞いた限りだと、店主は眼鏡が無いと正常に歩けない程の近眼らしい。
だがアルメスを引き止めた店主は、眼鏡を掛けていない。
なのに、アルメスを引き止める際に数メートルは歩いている。
しかも、この暗闇で……だ。
そして最後に……三つ目。
アルメスは、先刻の店主が言った言葉を、極め付けの様に思い出す。
店主が、アルメスを転送したであろう人物について言及した場面。
『……もしかしたら、そいつらはあんた狙いかも』
そう、ここだ。
『そいつら』と店主は言った。
転送魔法は普通、一人でも行える魔法だ。
魔法書店の店主がそれを知っていないはずがない。
もし敵の策によりアルメスが転送され、そこで本当に店主がアルメスと意図せず出くわしたのであれば、店主は、『敵は』や『そいつ』など、個人を想定した話し方をする筈だ。
だが、店主はそう言わなかった。
敵が複数人居る、と言うのはその場に居たアルメス達や、その場にいた人々しか知らない筈だ。
例えあの人々の中に店主が居たとしても、動物園までは歩いて十分程掛かる。
走ったとしても、夜の人混みの多さを入れると精々五分ほどだろう。
そして、アサナト達の戦闘が始まったのは、大体三分前程。
……明らかにおかしい、合わない。
なのに店主は、敵が複数人居る事を知っている様な口振りで、しかもアルメスの自由を奪う様な行動をしようとしている。
店主があの影達の一員じゃ無いと、そうそう出てこない言葉だ。
言葉のあやかもしれない……僕だって店主さんを疑いたく無い。
ーーーーーだけど、他にも証拠が揃ってしまっている。
アルメスは覚悟を決め、言い放った。
「……本当は、昨日の店主さんじゃ無いんじゃないですか」
店主の動きが、呼吸が、目の動きが、止まった。
……まるで、時を止められているかの様に。
アルメスは、隙を感じて店主に掴まれている腕を振り払った。
「あと、なんで眼鏡を掛けていないのに、普通に歩けるんですか?……相当の近眼だった筈ですよね」
店主の額に汗が流れる。
そして、思い出した様に、口を開く店主。
アルメスは、それで……確信してしまった。
「……何を言っているんだ……?俺……いや、あたしは本物さ!目は……ほら!ーーーーー……っ!!」
一瞬、静寂が走る。
「目は、何ですか?」
店主は、答えない。
顔を俯かせ反応しない店主に、アルメスは追い討ちをかける。
「しかも貴方はーーーー」
「……ははっ」
だが店主の突然の嗤いにより、中断される。
その嗤いには、隠しきれない狂気が滲み出ていた。
「は……っははは!!」
腹を抱え、嗤い出す店主。
その様は、さっきまでの態度を一変させた狂気じみた嗤いだった。
アルメスはその嗤いに、恐怖を抱いた。
「ーーーバレないと思ったんだがな……ガキのくせにいい観察眼してやがる。そうだ。俺が……お前をここに呼んだのさ」
「!!」
その言葉と共に、店主の体から邪悪な程黒色の煙が出現する。
それはすぐさま黒煙が店主の体全体を覆い、それが晴れた時に……そこに立っていたのは店主では無く、漆黒を纏った細身の男だった。
「……」
男は無言でナイフを取り出そうとする。
「待って下さい!」
だがそれをアルメスが止めた。
「……あ?」
男はナイフを取り出す手を止め、不機嫌そうにアルメスを睨む。
異常な殺気を感じた。
「何故、あなた方は僕たちを襲ったんですか?」
そう言うと、男は武装する気が失せたのかナイフを取り出そうとした手を放す。
そして、こう告げた。
「アリエス様の為だ。俺たちは追放こそされた……だが、必ずお前らに一矢報いると、誓ったのさ……例えそれで死んだとしても本望だ」
「そんな……。ーーーアリエス様って、あの女王側近の……ですか?」
「ああ……って、お前とこれ以上話してる場合じゃねえな。じゃあ、ーーーーー死んでくれ」
「!?」
アサナト達や警備が来るまで留めておけるかと思ったアルメスだったが、見誤った。
男は一瞬でナイフを取り出し、アルメスへと襲いかかる。
だが突然アルメスの目前から消え、 バラッ……と服が靡く音が……背後から聞こえた。
絶対に背後にいる。
だが背後を確認している暇はない。
武器すらない。
しかも唯一人が居る道がアルメスの背後にある。
アルメスは、逃げるしか無かった。
青ざめ、大量に冷や汗が流れたその表情で。
逃げる道は、真正面しかない。
背後からは、殺気に満ちた足音が、耳を塞ぎたい程聞こえてくる。
だが、もう少しで路地から出られる所で、声がアルメスを引き止める。
「待て」
「!!?」
アルメスは驚く。
その声が聞こえている方向が、背後だったからだ。
この声は……さっきの男の声だ。
止める理由は無い筈……。
「なあ、一応聞いておくが、こっちに来る気はないか?」
悪魔の囁き。
アルメスは恐る恐る振り返り、言い放った。
「……無いと言ったら?」
アルメスがそう言うと男は、軽く嗤って、右手のナイフで遊んだ。
「元々、お前を勧誘する予定だったんだよな」
「……」
アルメスは黙りこくった。
「考えてもみろよ、あの醜くて、汚くて、気持ち悪くて、見るだけでも吐き気がして俺たちの仲間を殺して魔王様すら殺してそれでも笑ってるあの糞野郎ども……ああ!!」
男は、心を落ち着かせるためか、強く路地の壁を蹴る。
そして、壁の破片が溢れ落ちてゆく足を振り払い、アルメスに言い放つ。
「そしてお前はそんな奴らの女王に匿われてる。なあ、今からでも遅くない。一緒にーーーー」
男が言いかけた言葉を大声で遮るアルメス。
「ミカさん達も!!みんなも、貴方が言う人間じゃ決してない!!ーーーーその言葉、そっくりそのまま返しますよ。……今からでも遅くないと思います。だから僕達と手を取り合ってーーー」
今度は、男がアルメスの言葉を遮る。
「……そうか。仲良くやれると思ったんだがな……お前はどうやらそっち側の様だ。ーーーーーさっさと消えろよ」
男がアルメスに向けて左手を向ける。
……そして、男の腕が微かに光り、そこから音が打ち出される。
かなりの高速度。
「……音魔法!!?」
アルメスは横に跳び避ける。
「……ちっ」
音が舌打ちをする。
当たらなかった。
跳び避け、体を伏せたお陰で躱せたようだ。
アルメスは、さっきの音魔法が通った箇所を咄嗟に見つめる。
金属音。
「……!!!?」
音魔法が通った軌道にあったのは、抉り取られた看板。
看板の上半分を抉り取り、残った部分が地面に落ちた様だ。
音魔法の威力に呆気に取られている時に、男の嗤い声。
「さあ、楽に殺してやるよ」
再び聞こえる男の足音。
……逃げるしかない。
アルメスは恐怖に震える腕を振り払う。
そして、隠れられそうな場所を必死に探す。
……あった。
(ヴェルドマナス森林……あそこなら!!)
それは、朝方に看板で見かけた森だった。
……森ならば逃げれるかもしれない。
アルメスは、希望の光を見つけ、そこへと走り出す。
「……ふっ」
森へと走って行くアルメスの背中を見詰め、男は口を歪ませた。
……狂気を持って。