やるべき仕事、向けられた殺意
「へえ、人に見られない生活をしてた上に、アリセムの要望もあってここに居る……と。ペガサスにさえ好かれるって本当あいつらしいな」
「……まあそういう訳だ」
アサナトの皮肉じみた言葉に触れずに、レッドペガサスが告げる。
「貴方も、何かと気難しいペガサスの一種なのに、変な所で社交性あるわね……」
「最近のペガサスは社会にも溶け込めるぞ?……私も人型に変身できるしな」
ナミアの言葉に謎の新情報を明かすレッドペガサス。
「やっぱり、貴方結構ペガサスの中でも上位の存在じゃない?」
その情報を聞いて、自身の推察をレッドペガサスに投げかけるナミア。
「逆に何故、そんな上位存在なのにアリセムさんに付いて行ったんですか……」
アルメスが更に疑問を呈する。
実際、ペガサス種に限らず、魔物や動物などが自力で人型に変身できる、という者は、かなりの実力を有していないと普通、出来ない筈。
ナミアの杖の形状変化と同じ様に、人間への変身を可能とするには、相当の鍛錬と才能が必須。
アサナト達の目の前にいるレッドペガサスの言っている人型形態への変身の完成度が如何程の物だとしても、多少形を人型へと似せれる、というだけで、普通に凄い。
人型形態の変身の技術は、遺伝や突然変異によって目覚める事もある。
この魔物やペガサスの様な知能を有する動物達が目覚める変身能力は、変身魔法など、魔力を使う物では無く、完全にその者の体質、の様な立ち位置だ。
実際、変身魔法を使えば先程の鍛練よりも数倍短い時間で習得出来るので、変身魔法の方が使われている、と言うのは言うまでもない。
だが、レッドペガサスの場合は、変身魔法での変化では無いだろう。
ナミアがそう推察したのだ。
魔法に精通している彼女が真っ向から、レッドペガサスが言う変身能力は体質や鍛錬による物で、変身魔法では無い、と。
一体どこを見て言っているのかが分からなかったが、アルメスはナミアの推察が正しいと思い、さっきの様な言葉を発したのだ。
「ふっ。聞きたいか……それは雲一つ無い晴天の日だった……」
レッドペガサスが変な回想に入り始めた。
しかもナミアの推察に反対しない。
これは合っている、と言う事で良いんだろうか?
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰りましょう?」
ナミアが館内の、五時を指している時計を見て、レッドペガサスの回想など御構い無しに帰ることを提案する。
「そうだな」
アサナトが提案に乗り、ミカも乗った。
アルメスとミカはまだ回想を続けているレッドペガサスにお礼し、その場を後にする。
「それでな……って!ちょっと私の回想は無視か!?」
引き止めるレッドペガサスの声に耳を貸すことなく、スタスタとその場を後にしていくアサナト達。
それも仕方ない。
もうこの話は、二回目だからだ。
光の中に消えて行くアサナト達の背中を仕方なく見届け、小さく呟く。
「あの漆黒を纏った男……お前達は何に追われているのだ」
レッドペガサスは、心配を胸に、今日も仕事を全うする。
♢
「もう五時なのか、時間を潰しすぎたかもな」
「これじゃ社会見学じゃなくて休暇ですね」
「楽しかったので、僕はこれでも良いと思いますよ?」
アサナトとミカのアルメスを気遣う言葉に、持ち前の楽観的思考で答えるアルメス。
「なら良いんだがな……」
アルメスの言葉で仕方なく納得するアサナトの目は、何故か言葉とは裏腹に陰りがあった。
そしてアサナトの言葉を最後に、不思議な程ミカ達は口を噤んだ。
だが、夜の盛りを見せ始めた通りを楽しんでいる様にも見えたので、アルメスはそれに便乗する様に、通りを見た率直な感想を述べる事にした。
「昨日と変わらないけど、違う。例え見た目が一緒でも、変わっていく会話。考え方……。これを感じれただけでも、社会見学として充分ですよ」
「……そうなら良いのよ。自分でそう言うところを見つけるのは、良い事よ」
「あ、有難うございます……」
ナミアの賛美の声に、アルメスは赤面する。
自分でもそれで褒められるとは思っていなかったからである。
「どうします?少し寄り道して、通りで買い物でもします?」
ミカのその提案に、アサナトは、目を曇らせる。
「……いや。宮殿に帰ろう」
アサナトの否定の言葉。
現在の時刻は五時。
まだ帰るような時間ではなさそうだが、アサナトはそう告げた。
「分かりました。アルメスさんも、良いですか?」
ミカもそれに賛成した。
そして、それで良いかどうかをアルメスに聞いてきた。
「まあ、いいですよ」
少し引っかかりを覚えはしたが、賛成するアルメス。
アルメスの返答を聞いた後、ナミアの顔を伺うミカ。
それを見て、頷くナミア。
少し早いが、アルメス達は帰ることとなった。
♢
そして今は朝方来た、街案内の看板の所辺りに来ている。
ここの辺りは特に人混みが多い様だ。
一メートル範囲には、必ず人が五人ほど居る。
そろそろ本格的に街は夜の盛り上がりを見せて来た。
アルメスはすれ違う人々の嬉々とした表情を見ていた。
だがそれも、アサナトからの通信魔法によって中断される。
(三歩前に進んで、止まれ)
突然の指示。
アルメスは困惑しつつも、直ぐにそれに従った。
即刻従わねばいけない事の様に思えたからだ。
アルメスが一歩目を踏み出す時にアサナト達は、アルメスが三歩目で止まる辺りに、すっぽりと間に挟まれる様な形態を取り、止まっている。
二歩目、三歩目。
そしてーーーー止まる。
その瞬間。
アルメス達の周りから四つの外蒙が宙を舞い、その中から四つの影が、全員に向かって襲いかかる。
「!?」
アルメスは突然の命の危険に驚愕する。
だが、アサナト達の目はあくまで冷静。
黙々と標的を追い続ける狩人の様な立ち振舞いだ。
影達の刃がアサナト達に触れるよりも早く、ミカの言葉が耳に入ってくる。
「ーーーー甘いですよ」
ミカの全てを見透かしたその言葉。
アルメスはそれを聞いて確信した。
これは慢心では無く、積み重ねてきた経験による、圧倒的王者の余裕だと。
それは、刃を向けている影達の方が、余程身に知らしめられた筈だ。
だが、斬りかかろうとする腕の力は緩められない。
いや。分かっていたとしても、もう引き返せないから。
アルメスはそう思った。
ミカの左腰の上辺りが、剣のシルエットを描く様に水色に光る。
そして光が消えた頃には、腰に剣が出現していた。
それは、目にも止まらぬ素早さだった。
発現したその剣は、アルメスでは見たことも無い形状をしていた。
その剣は。
剣の鞘は細く長く、反りのある形をしていて、鍔は雪の結晶の様な形をしており、柄頭が無い。
特殊すぎる剣と言う事は見れば分かった。
次にミカが、剣の鍔を指で押す様にして、刀身を少し露出させる。
その刀身は薄く青白く光っており、神々しさすらも感じられた。
ーーーその瞬間。
凍てつく冷気が、影達を覆い尽くす。
それは氷柱となって影達の真下から襲い掛かる。
氷柱は影達の足全体、体、腕をなぞる様に、局所的で瞬間的に凍りつかせた。
確実に影達を拘束する為だ。
凍らせられた四人の影達の内三人が黒い灰になって消えて行った。
そう。一人を残して。
この事態に気付いた周りの人達が悲鳴を上げ、逃げ去って行く。
アサナト達はこうなる事を知っていた様だ。
直前にアルメスに指示を出した事や、今も全く動じていない所からして、それは事実だろう。
「隠蔽魔法を看破されましたね」
冷氷により拘束された男にミカが一瞥をくれながら告げる。
「……魔眼持ちだろうな、しかも分身が使える奴もいる様だ」
アサナトとミカの言葉を聞いて、アルメスがその残った一人の人物に視線を送ると、その者の目は赤く光り怪しさを醸し出していた。
やはりというか、予想通りというか。これは誰の目から見ても分かる、魔眼だ。
だが目から血涙を垂れ流している所を見ると、かなり負担が大きい様だ。
隠蔽魔法を看破する為に、全ての魔眼の力を使い切ったのか。
そんな燃費の悪さを見るに恐らく、移植された魔眼だろう。
しかも目の焦点が定まっていない様で、完全に上の空を見詰めている。
かなり質の悪い魔眼なのだろう。
しかもこの状態を見るに、もう命を維持して魔眼の能力は使えない筈だ。
「この子は隠蔽魔法を見破る為だけに魔眼を使い切ったようね」
ナミアのその言葉に誤りはない。
この人物の目の視力はほぼ皆無に等しい。
自滅覚悟で能力を使ったとしても、大した威力にはならないだろう。
その事を察していたのか、血に塗れたその目を見開き、殺意丸出しに言い放つ。
無駄だと分かっていても、これだけは言いたい、と宿命の様に。
「化け物が……」
既にその目には、先程まであった赤い光を失っていた。
もう視力も、魔眼としての力も失っただろう。
だがそんな状態になってもなお、薄れはしない殺意。
醜くも見える。
そう言い放った後に、その男の意識は……消えた。
気絶した様だ。
その姿を見て、アルメスはアサナト達に問う。
「アサナトさん、これは……?」
「……仕方ないか。『こいつら』はーーーーいや、事が終わってからにしてくれ」
アサナトが突然説明を中断させ、後ろを向き始めた。
ミカ達もアサナトと一緒に同じ所を見つめる。
アルメスもその視線の先を見てみる。
ミカ達の視線の先には真っ暗な路地……誰も居ない。
アルメスはその行動に疑問を抱く。
「……?まだ居るんですか?」
「ああ、まだ『沢山』居る様だ」
アサナトがそう言った瞬間、その路地から数十体の人影が飛び出してきた。
それを確認し、アサナトは両掌の上に白い光を集める。
その光は虚空から出現し、一瞬で集まり終えた。
光が集まり終えた時にアサナトの掌の上にあったのは……。
ーーーー白色のキューブであった。
その様は珍妙で、まるでこの世には元々存在しない物を、そこに具現化している様な不可思議さがあった。
しかも、一つだけでは無い。
そのキューブは、アサナトの体の周りに数十と滞在し、主人を守る様に、一つ一つが自意識を持った様に浮遊し、存在していた。
(……もしかして、あれがアサナトさんの、存在能力……?)
アルメスはそう察した。