ようこそ女王近衛隊へ
「では……これに、打ち込んでみてください」
訓練室。
現在進行形でミカがスーシャの能力確認を行なっている所だ。
ミカとスーシャは向き合って能力確認の準備をし、アサナト達は観衆としてそこら辺の椅子に座って見ている。
ミカが、何も無い所から手の平サイズの黒色のキューブを取り出す。
そのキューブには、魔術刻印の様で違う、白色に彫られた謎の文様が刻まれている。
どうやって虚空からそのキューブを取り出したのかがあまり分からないが、恐らく召喚魔法やら、保管魔法などの手段を用いたのだろう。
魔力の移動の仕方等で大体決定付けられるが、アルメスは魔力感知が出来ないので、どういう方法で取り出しているかは確定できない。
それ以前に、だ。
あのキューブは何なのか。
打ち込んで、と言っているので、あれに打ち込んで能力の詳細を詳しく知る為の物らしいが、小さ過ぎる気がする。
とそう思った時。
キューブから、キューブに彫られている文様と同様の文様が数列に並んで写された青色の壁が、ミカとスーシャの間に出現する。
それを見て、アルメスはやっと言葉の意味が分かった。
あれに打ち込む事で、能力の詳細が分かるのだろう。
まだあれが何なのかは分からないが。
スーシャもこれに打ち込めば今の能力の具合が分かる事を理解したのだろう。
「じゃあ、いきます」
その言葉と共に、スーシャの周りに数十本の鉄杭の様な物が出現する。
瞬時に、ではなく少しずつ築き上げるように。
それと同時進行で、スーシャの身体が一瞬光る。
恐らくその発光は、自分の身体強化とともに、自分の能力も底上げしているんだろう。
スーシャは気合いを入れるために深呼吸する。
全開、とは行かないが、能力の具合がちゃんと分かるぐらいの力で。
ーーー放つ。
ミカが展開した壁に向けて鉄杭が放たれる。
そのスピードは、アルメスの目では全く見えない程。
鉄杭は壁に当たった瞬間に消える。そして次々と鉄杭が壁に当たり、また消えていく。
圧倒的効率性と攻撃速度。
鉄杭の同時発現数に制限があるからこういう方法を取っているのかも知れないが、そうでなく、通常の戦闘の最中、あの速度で放たれる鉄杭が消えずに残り続け、速度も途中で変えれるなら、相手の拘束等にも使え、応用性がある能力になる。
速度が変えれると見たのは、アルメス以外のミカ含む女王近衛隊の全員。
アリセム達は身内なので既に知っているだろう。
あの鉄杭は、初速も早いが、着弾途中にかなりの速度に加速している。
能力が自動に行う仕組みじゃない。
そういう細工を施している。
ここで、鉄杭の速度変更の使い道を考えてみよう。
例えば、スーシャが敵に向けて、二つの攻撃を放つとする。
一つは、スーシャの突進。
これは、敵がスーシャの間合いから数歩離れてはいるが、かなり突進の速度が速く、もう少しでスーシャの間合いに敵が入れられる程の速度の突進。
その状態の敵は、その場から動けなく、スーシャの突進を受けるしかない程の極限状態。
そして、二つ。
スーシャと平行して放たれる、スーシャの突進より数段遅い速度の鉄杭。
当然、敵は自分に一番速く届くと見たスーシャの方に意識を集中させ、応戦の準備をする。
ではそこで(まだスーシャの間合いに敵が入っていない状態で)鉄杭を加速させる。
この鉄杭の加速具合は、スーシャの突進の速度を軽く凌駕する位の速度。
一瞬でスーシャを超える。
意識をスーシャに集中させていた敵は、眼前にまで迫り来る鉄杭に対処できず……死ぬ。
簡単なブラフだが、刺されば必殺の強い戦法……だが、それを避けられたら、もうそれと同じ手は使えない。
当たれば必殺。外せば次は使えない。
そんな不確定要素が常にある戦法用の速度変更では無い筈。
少女とはいえ、十二聖騎将まで上り詰めた人物だ。
十二聖騎将とは、カラリエーヴァで言う女王近衛隊の様な立場の集団なので、かなり実力がある。
ミキシティリアの最高戦力と言われるだけある。
十二聖騎将ともなると、その気になればまあまあの大きさの街を一瞬で滅ぼせる程になるので、その一員に数えられるスーシャも、勿論同様の事が出来る程の力がある。
そんな人物がこの戦法のリスクを分かっていない筈がない。
スーシャは、必ずこの鉄杭の速度変更を実戦レベル、しかも安定して攻撃を続けられる、確実な攻撃手段を持っているだろう。
例えば……速度変更による貫通力の付与やら、鉄杭を震わせ、目標着弾時、当たった箇所が抉り取られる様にして鉄杭による殺傷能力を上げるなど。
シンプルだが、応用が効く。
一度限りのブラフではない。
数百発打ち込んだあたりで、スーシャが鉄杭での攻撃手段を切り替える。
最初は、ただ単に鉄杭をぶつけるだけだったが、次は威力重視の、鉄杭を震わせてぶつける方法に変わった。
震わせた効果はやはりあったようで、当たった時の衝撃音が、以前の数倍程になっている。
だが、傷一つ付かない壁。
そして平然とした表情で壁を見つめるミカ。
それと一緒に壁を見てみると、壁に写る文様が切り替わっているのが分かる。
あれで能力の具合を調べているのだろうか。
そもそもアルメスには読めない文様なので、どう映っているかなんて、知る由も無い。
「では、少し壁に手を当てて、壁を揺らしてみて下さい」
スーシャが攻撃方法を切り替えてまた数百発程鉄杭を打ち込んでいる最中に、ミカが言った。
スーシャも気が済んだのか、まだやらせてくれ、などの言葉を一切出さずに速やかに鉄杭を打つのを止めた。
「分かりました」
そう言って壁に歩き、手を当てる。
これから何が始まるのかと、固唾を呑みこむアルメス。
アサナト達は何が始まるのかは分かりきっているので、ただ平然と見守る。
「……じゃあ」
そうスーシャが言った瞬間、音を立てて壁が激しく振動する。
どれだけ鉄杭を当てても、揺れすらしなかったあの壁が、である。
そして、気の所為では無い。
床さえも、振動している。
魔法異次元空間の中に作られているこのフロアの床が振動している、という事は、もしかしたら、本来振動するはずのない、空間すらも振動させることが出来るのか……?
そう、非現実な程の能力の強力さに、驚愕するアルメス。
「もう大丈夫です。終了してください」
十秒程揺れを観察した後、ミカが告げる。
振動時の音で若干聞こえにくかったが、伝わった様で振動が止められる。
「どうでした?」
ミカが続いて発言する。
スーシャ本人に聞く事で確認の精度を上げるためであろうその発言に、
「ほぼ変わりません、これなら直ぐに戦えます」
直ぐに戦えます、と言う発言的に、近いうちに戦いに行く予定があるのだろうか?
アルメスはその言葉に疑問を抱いたが、正直考えたところ、キリがないと気づいたので、思考放棄する。
「こちらも問題無い様です」
ミカが壁の文様を見つめながら、問題ないのを確認し、壁をキューブの中にしまい込む。
完全に確認が終了したと見たアリセム達がスーシャ達に歩み寄る。
「これなら、問題無く任務に連れていけそうだな」
アリセムの放った任務と言う言葉で、アリセムがさっき思考放棄した、スーシャが近い内に戦闘に行く、という事に説明がついた。
任務に行くから、直ぐに戦える、なんて言ったのか。
アルメスがそう結論付けた時に、アサナトがアリセムの言葉に反応する。
「任務?もしかしてスーシャも三日目の任務に連れて行く気なのか?」
「あれ、言ってなかったか?スーシャは三日目の任務に参加するぞ」
アサナトの問いかけに対し、アリセムが、さも当然の様に言い放つ。
それを全く聞いていなかった様で、ナミア達が深く溜息を吐く。
「聞いて無いわよ……」
溜息を吐くナミアとアサナトをなだめる様に、ミカが告げる。
「まあ、実力に問題は無いですし、良いじゃないですか」
ミカの言葉により、ギリギリ納得した様で、
「まあ、能力も申し分ないし……」
とナミアを筆頭に、アサナトも納得する。
だが、言わなかったアリセムが一番悪いのは変わらない。
それを分かってはいるが、ミカの言葉で押しとどめられ、アサナト達は、ぐぬぬ、と苦虫を噛み潰している。
「なら、決まりだな」
アリセムの強引な決定に、断るメリットも無いので、アサナト達は取り敢えず了承する事に決めた。
こういった任務に新しく、了承を事前に得ずに新しくメンバーを追加する、という行動が、アサナトに似ている様な気がするのは気の所為なのであろうか。
「私……頑張ります」
スーシャが、自身の意気込みをミカ達に告げる。
小さくも、自身の意気込みを語っている、良い笑みで。
アルメスは、その三日目の任務に参加しないので、穏やかな気持ちでその会話を傍観していた。
実力不足だと分かっているから。
「宜しくね、スーシャ」
意気込みを語るスーシャに向けて、満面の笑みで答えるナミア。
宜しくね、というのは、三日目の任務の事も当然あるだろうが、スーシャはミキシティリア帰国後に、援護役として女王近衛隊に一時加入するので、それの歓迎というニュアンスも含めての事かもしれない。
「はい、宜しくお願いします!」
スーシャが元気良く返事する。
少女に似合う、純真無垢な笑み。
キアと同じように守りたい、笑顔を誘発する笑顔だ。
♢
「さて、昼飯でも取りに行くとするかの」
時刻は昼時。
アリセムが時刻に気付き、全員に忠告する。
「ああ、もうそんな時刻か」
時刻に気付いていなかったアサナト達は、アリセムの忠告によって時刻にやっと気付いたようだ。
「私もそろそろお腹が空いてきました……昼食は賛成」
スーシャの賛成の声に従って、アサナト達は昼食を取りに向かった。
その道中。
「女王近衛隊の援護って、基本何すれば良いんですか?」
そうアサナトに問いかけるスーシャ。
スーシャは、女王近衛隊の援護の事についてあまり知っていないらしい。
そもそもアルメスはスーシャが女王近衛隊の援護をする事すら知らなかった。
「援護?」
「え、アルメス君って、援護の事について知らないの?」
アルメスの疑問に対し、意外な顔で答えるスーシャ。
どうやらもう説明されたと思っていたようだが、アルメスはそんな事を全く知らされていない。
アルメスの無知の表情を見て、スーシャがアサナトの顔を咄嗟に見つめる。
「確かに。言ってなかったな……」
記憶を辿って出されたアサナトの結論は。
言うのを忘れていた。
知らないと、女王近衛隊隊員の弟子としていけないので、取り敢えず説明した。
カラリエーヴァの襲撃の事も含めて。
「……そう、ですか」
普通のカラリエーヴァ国民なら、受け止めきれない事実だが。
アルメスは率直に、希望的に捉えた。
「もしかしたらこれで因縁を晴らせるかもしれませんね」
「だが、出来るだけ両方共被害を出さないように対処したい所なんだがな」
アサナトのその発言。その理由は、シュプリーム王国には、何か裏があるんじゃないか、という思いがあるからだ。
だがアルメスは、アサナトのその発言を、敵に向けての慈悲の様に捉えた。
でも、アルメスは何も言わなかった。
「で、それの対処の為の援護なんです……よね?その大体の内容は何なんです?」
話を聞いてみて、自分なりの解釈をしてみたが、まだ確定できなくて、アサナト達に問うスーシャ。
「ただ私達の仲間に加わって貰うだけですよ」
「あれ……?援護じゃないんですか」
ミカの答えに対し、多少の矛盾がある事に気付いたスーシャ。
「確かに、形式状では援護、となっていますが実際、仲間として加わってもらった方が色々と都合が良いからですよ」
確かに、援護として後方支援に回るより仲間として加わった方が良いのは、理解できる。
スーシャが聞いた限りアサナト達は、援護を必要としない、完璧なまでの守備能力を有しているらしい。
援護など必要ない程の守備範囲を徹底的に敷いているのだ。
それならば、逆に援護は足手まといになってしまう。
ミカの言い分を聞く限り、下手に援護に回られて、援護する事が出来ず、ただ居るだけの存在になるくらいならいっそ仲間に加われば良いじゃない、と言う理論だろう。
だが、それでは……
「ですが、仲間に加わるとなるとその分戦闘中の連携に不備が生じるんじゃ……」
そう。
仲間に加わるとそれはそれでリスクがある。
それは大体二つある。
まず一つのリスク。
その者の戦い方など全く知らない、癖すら知らない新メンバー、スーシャが加わる事で、何の指示を与えて良いかが、分からなくなる可能性があるという事。
これの理由。
全く戦闘スタイルが分からない、しかもその者の長所すら知らない。
そんな人物が突然仲間に入ってきたら、戦闘時どんな指示を与えて良いかが分からない。
それは、その者の出来る事が分からないからだ。
その者の長所となる所を知っていないと、それを最大限活かせる指示を与える事は不可能に近いからだ。
そして、次の二つ目のリスクもこれに該当する。
スーシャの言った通り、連携のし辛さだ。
今まで仲間同士で使う連携の合図などがあったとして、スーシャは、その合図の意味を理解できずに、正しい連携が出来なくなる可能性がある。
集団戦闘中では、連携が命。
それが出来ないとなると、それは死を意味する。
ミカはこの危険さを理解しているのだろうか。
「大丈夫ですよ。スーシャさんの戦い方はさっき見ましたから。連携も通信魔法などを使って、簡単で、確実にとりますし」
連携の事については納得したが、それ以前に無視できない発言がある事に気付く。
スーシャさんの戦い方を見た、というミカの発言。
これがおかしい。
スーシャには、ミカに戦い方を見せた覚えは無い。
今日初対面のミカには、スーシャの戦い方を見れる筈は……。
ここで、スーシャの心に何かが引っかかる。
……いや、もしかしたら、今日のアルメス君との練習……?
スーシャには、もうそれしか心当たりは無かった。
他にもっと考えれば別の理由も出てくるのだろうが、スーシャにはその理由が真っ先に浮かんだ。
……だが、それだけでは説明がつかない。
あの時の練習では、スーシャは練習の為力を抜いていた上に、愛用の剣すらも使っていなかった。
それだけで、自分の戦い方が分かったのか、と驚愕するスーシャ。
疑問を確実にする為に、スーシャはミカに問う。
「連携については納得です。ですがアイレス様、戦い方を見た……とは、まさかあの練習で?」
「そうですよ?何かおかしい所でもあったんですか?」
予想的中。
人間業じゃ無い。
相手の剣の丈や体格を見てその者がどう動くかを予想する、というがミカは、練習、しかも使っている剣や、入れる力の量すらも違うのに、スーシャの戦い方を予想できる程の観察眼を有している。
ミカが予想したスーシャの戦い方が間違っている、とは思えない。
それは、アサナト達がそれについて何も言っていないからである。
こういった事を日常的に行なっているのだろう。
ミカの言葉を聞いてもなお、アサナト達は平然としている。
スーシャとアルメス以外は。
未だ信じられないが、その観察眼に驚嘆するスーシャを横に、アルメスはハッとした表情で記憶を辿っていた。
アルメスにはミカの言っていることが本当だという、心当たりがあった。
オークロード討伐任務の時だ。
アルメスにとって、弟子になって初めての戦闘。
勿論アサナトと一緒に戦うことも初めてで、連携など教えられずのぶっつけ本番。
だが、初めてとは思えない程の連携力だった事を覚えている。
何故こんなにも連携や、アルメスの戦い方を知らない筈なのに、アサナトはこんなにも完璧な連携を取れたのかを不思議に思っていた。
それが、ミカの言葉によってやっと分かった。
あの実力確認の時だ。
アサナト達は実力確認と並行して、アルメスの戦い方を観察していたのだ、と考えると理に適う。
だからあんな連携が出来たのか、と驚嘆するアルメス。
連携方法は最初から通信魔法を使う予定で、そして分かっていないアルメスの戦い方を、実力確認の時に見て、連携をちゃんととれる状態にして、オークロード戦に挑んだのだろう。
それならば、不確定要素などが無くなって、戦いやすくなるからだ。
そう考えるとアサナトやナミアも、ミカと同じような観察眼を持っている可能性が非常に高い。
だが、どれだけいい観察眼を持っていて、アサナト達がスーシャの戦い方を知っていたとしても、スーシャがアサナト達の戦い方を知らなくては、連携など取れないのではないか……と思ったアルメス。
だが、これはアルメスの実体験により覆される。
オークロード討伐任務では、アルメスはアサナトの戦い方が分からなくても完璧な連携が出来たからだ。
片方が戦い方を理解していれば、大体の立ち回りは取れる。
その事をアルメスは任務で知ったのだ。
普段ならば片方が分かっていても連携を取るのは難しいものだ。が、アサナト達はそれを可能にできる程の人物だと。
それならもう連携の心配は無いだろう。
そしてアルメスがいち早く思考を脱する。
ミカの返答を聞いてからかなり時間が空いていた。
思考から出てこない上に返事をしないスーシャを心配するミカ。
「……どうしたんですか?」
「あ、いや。連携問題は解決したとはいえ、一応三日目の任務で確認させて貰っていいですか?」
スーシャの言葉に対しミカが笑みを浮かべ、答える。
「いいですよ」
ミカの言葉に続けてアサナトがスーシャの肩を軽く叩きながら発言する。
「改めて、女王近衛隊へようこそ、だな」