異種族達の国、ミキシティリア
雲一つ無い空。
路上の木々からは真っ白い木漏れ日が地面を差す。
その光差す路上を行く人々は学生や仕事に向かう大人達で一杯だ。
通りの店は全て開店しきっていなく、まばらだが、現在開店している人気のサンドイッチ屋の前には、朝食を買いに来ているのか、人が常にたむろしていて、忙しそうだ。
足を止め、空を見上げる。
青白く、静かな朝の空。
「ーーあの日も、こんな朝だったな」
そう誰かが聞いている様に呟くアルメス。
誰も居ないと分かって居るのに。
「何言ってるんだろ、誰も居ないのに」
そんな自分に呆れ溜息を吐き、宮殿へと歩み始める。
♢
「アルメス・レジュリゲートです、門を開けてもらえますか」
宮殿の門に着き、近衛兵に門を開けて貰おうと願い、告げるアルメス。
一秒程間を置いてから、門が音を立てて開けられる。
完全に開ききったのを確認してから歩き出す。
近衛兵達に敬礼されるのは慣れないようで、ぎこちなく近衛兵達に一人ずつお礼を言いながら通っていくと、最後に昨日、アルメスが案内の誘いを断ってしまった女性近衛兵が居た。
「あ、昨日はすみません、案内の誘いを断ってしまって」
「いえ、もっと強く言わなかった私が悪かったんです……ですが、今回は案内する様に命じられております。行きましょう」
「はい……」
アルメスは、自分を戒めつつ、女性近衛兵の後ろを付いていった。
すると。女性近衛兵は宮殿の中に入らず、倉庫の様なものしか無い方向に向かい始めたので、てっきり宮殿のいつもの部屋に向かうかと思っていたアルメスが疑問に思ったので聞いてみる。
「そっちには倉庫の様な物しか無い様に見えるんですけど……まさかそこに居るんですか?」
前を歩いている女性近衛兵が斜め後ろ辺りにいるアルメスを見ながら、
「ミキシティリアへの会合の際にカラリエーヴァの特産品を一気に転送魔法で運ぶのでスペースのある倉庫に皆さん待機してらっしゃるんですよ」
会合の際の特産品をあの部屋に置いての転送が出来る程、特産品は少なくない様だ。
「ああ、そうなんですね」
その説明で納得したアルメスは、何も言わずに倉庫の近くまで付いていった。
女性近衛兵が倉庫のドアをノックする。
十秒ほど間を置き、倉庫の扉が開けられると、ミカ達が待っていた。
その奥には、山の様に積まれた木箱が見える。
……確かに、あの量は部屋に入りきれない量だ。
「おはようございます、アルメスさん」
「おはようございます」
まず最初に声を掛けて来たのはミカだった。
そして次に、アサナトとナミアの挨拶が来た。
「おはよう」
「おはよ、アル」
「おはようございます」
アルメスが全員に挨拶を返し終わったのを見計らって、女性近衛兵がやる事も済んだので去ろうとする。
「では、私はこれで」
「ありがとうございました」
ミカの感謝に、深く一礼してからこの場を去る女性近衛兵。
その一礼は、忠義を尽くす相手に向けるべき、お手本の様な一礼だった。
恐らく、ただ一礼したのは、無愛想なのではなく、女王に告げるべき言葉や、地位さえ無いので、私はこれで失礼します、という意味だろう。
ミカもそれを察し、去る女性近衛兵の背中を、穏やかな笑みで見送った。
「……では、アルメスさん、準備は出来てますか?」
完全に見送ったのを確認して、ミカがアルメスに問う。
「出来てますよ。いつでも大丈夫です」
今回、任務の様な確実に戦闘が起きる所に向かうわけでは無いので、剣や戦闘服は用意していない。
だから、ただ気持ちの切り替えのみで準備など事足りる。
「では転送魔法、展開します」
今回は、ナミアやアサナトでは無く、ミカが転送魔法を展開させる。
アサナト達に準備できているか聞かずに転送するという事は、既にアルメスが来る前に確認していたからだろう。
僅か一秒足らずで転送魔法が展開され、発動する。
転送魔法特有の青白い光がアルメス達と物資を包み、倉庫からミキシティリアへと転送させる。
そして、アルメスを包む光が消えると……。
さっきとは少し違う、倉庫。
転送はしっかり完了している筈だが、転送前とほぼ変わらないその場所に、アルメスは困惑してしまう。
「あれ、転送失敗しました?なんか全然変わってない気が」
「いや、しっかり転送終了してますよ」
アルメスの困惑を横に、ミカが倉庫の扉に向かう。
アサナト達も付いていったので、アルメスも困惑を隠しきれないが付いていく。
「ここの扉を開ければ……」
ミカが扉を開け、その間から光が差し込んでくる。
その光の強さに目を閉じるアルメス。
もう大丈夫だろうと思い、目を開けると。
「!?」
見上げる程に伸びた建物に、獣人亜人、あと少しばかりの魔物達。
アルメスが見た事もない風景。
カラリエーヴァとは違う発展を遂げてきた国。
ミキシティリアとしての国の在り方が、そこにあった。
そして、視線をミカ達の所に戻すと、独特の雰囲気を放っている狼の亜人と、その配下と思われる人物達がそこに待っていた。
この人物が恐らく、ミキシティリア国王だろう、とアルメスは察した。
倉庫の中で待っていなかったのは、転生魔法の被害を受けない為だろう。
転送魔法は、使い手によって転送先に物などがあった時の挙動が違う。
未熟な使い手は、転送先に障害物などがあると、転送できないか、もしくは別の転送できそうな場所へと転送される。
対して、転送魔法を熟知している者。例えば、転送先を地面の中などに設定したとする。
そうすると、転送魔法の術者が入れる様に、周りの土や障害物を押しのけて転送される。
だが、魔力を持つ物の中に転送しようとすると、その特性は発揮されなく、他の空いている空間に転送されるか、転送できない。
そういう特性があるために、外で待機していたのだろう。
「久しぶりだな、お前達」
狼の獣人がミカ達に一人ずつ目を合わせながら、挨拶する。
「お久しぶりです、アリセムさん」
ミカのその言葉で確信した。
やはり、アルメスの見立ては合っていたようだ。
アリセム・リキントス。
ミキシティリア第十三代国王で、この世界で最初に、大国同士の同盟を結んだ初めての国王。
だが、カラリエーヴァとは同盟を未だ結ぼうとしても出来ないらしい。理由は、どうやらミキシティリア前国王が行った政策が関係しているらしいが、それはミカなどの国の重要人物や、情報に精通した冒険者くらいしか知らないらしい。
頑張れば分かるのかも知れないが、アサナトが言ったように、国の重要事に巻き込むつもりは無いらしいので詮索はしない、と決めるアルメス。
「……で、この少年は?」
アリセムがアルメスに気付き、ミカ達にアルメスの事について説明を求める。
そのアリセムの問いに対し、アサナトが説明する。
「ああ、俺の弟子だ」
アサナトのその答えにアリセムが楽しそうに歩み寄ってきた。
「お前が弟子とはな、初めてじゃ無いか?」
アルメスの顔や体を覗き込みながらアサナトに再度質問する。
「……いや、二回目だ」
不自然に目を曇らせつつ、アサナトが答えるが、アリセムはアサナトの顔を見ていないので気付かなった。
そしてアルメスも、アリメスに急接近された事に対して意識を集中してしまっていたので、気付けなかった。
「ほお〜、だがまだ少し若いの」
アリセムのその言葉の意味は、年齢的にも身体的にもまだ若く未熟、と言う事なんだろう。
だが、アサナトがその言葉は少し違うと反論する。
「だが、将来的には俺達と同格になれるくらいのポテンシャルを秘めているぞ」
アサナトのその言葉に、更に注意深くアルメスの体を観察するアリセム。
だが、観察し終わったのか、する必要が無かったのか分からないが、直ぐに観察を終了し、がなり声を出しながらアサナトに向けて声をあげるアリセム。
「よく分からんな……見ただけでは」
「まあ、まだ育ちきっていないからな」
どうやら、どれだけ見てもアサナトにそこまで言わせる程の者の体の作りをしていない事に気付いたのだろう。
確かに、アルメスの体は鍛えられてはいるが、主に自衛に重きを置いた訓練の仕方をしているため、まだ強いとは言えない体の作りをしているからだ。
「のう小僧、名前は?」
「アルメス・レジュリゲートです……」
アリセムの威厳ある雰囲気に圧倒され、多少小声で言ってしまったが、一応伝わった様だ。
「ほう、アルメスか。宜しくな」
やけにフレンドリーに握手を求めてくるアリセム。
恐らくアリセムは、人種の差等を気にしないのであろう。
ワイルドな笑みを浮かべるアリセムの手を取り、内心ヒヤヒヤしながらも握手する。
「宜しくお願いします……」
「良し、挨拶は終わりだ。宮殿に行くぞ」
握手して一秒程経った瞬間、急にアリセムに肩を凄い勢いで叩かれたアルメス。
痛っ!?
激痛、と言うほどでは無いが、アルメスの肩は恐らく赤くなっている事だろう。
それ程の痛みだった。
アルメスが肩を抑えていると、ナミアが近寄ってきて、大丈夫?など心配の声をかけてくる。
アサナトは一応、周囲の警戒をしておく。
「分かりました」
ミカがアルメスの事を心配しつつも返事する。
アリセムが待機中の配下の横で止まり、小さく話しかけている。
大方、ミカ達が運んできた物資の回収を命令しているんだろう。
アリセムが配下に事を伝え終わり、ミカとアサナト、ナミア、アルメスを連れ、深く礼をするアリセムの配下を置き、宮殿へと向かっていく。
見送りを大体済ませた配下達が、倉庫の中に入っていく。
やはり倉庫の物資を回収している様だ。
その様子を見ていたアルメスは、物資の回収の様子や、その物資の中に入っている特産品の詳細など知る必要もないので、直ぐにミキシティリアの街の風景を見る事にした。
……しかし、見れば見る程分かる高度な建築技術、科学技術。
確かにカラリエーヴァにもこれくらいの技術力はある。が、ここまでの高層建築物は見た事がない。
正確に言うと、そういう建築物がある所に行った事がない、の間違いだが。
ウヴェール都、特にアルメスの住んでいる宮殿付近では、宮殿の侵入が高所から出来ない様にする為か、ここまでの高層建築物が無い。
宮殿から少し行けばこういう建築物も沢山あるのだが、アルメスは宮殿付近の暮らしに慣れてしまっているし、そういう所に行く理由も無いので、こういう高層建築物を見たことが無かった。
だが、カラリエーヴァの建築物と比べてみても、ミキシティリアの建築物の方が一歩先を行っている。
こんなにも建築技術が発展したのは、この国が獣人や亜人等が多く住む国だから、という事もあるに違いない。
獣人や亜人は、正直人間よりも何倍も力と体力がある。
例で言えば、キアの様に。
そういった獣人などの力と体力のお陰で、こんなにも建築技術が進歩しているんだろう。
人間と比べてみて体力があるから、ミキシティリアの先人達がこんなに建築技術を鍛えられたんだろう。
人のペースでは、獣人などの建築ペースに確実に負ける。
例え魔法を使ったとしても、獣人達が積み上げてきた歴史は簡単に崩れない。
そう言っているかのような厳格さすら感じ取れる程の建築技術だ。
そうアルメスが建物等に圧倒されていると、周辺の人々の話し声が聞こえてくる。
ーー「あの人達って、もしかしてリキントス様とカラリエーヴァの女王様と女王近衛隊じゃない?」
ーー「ホントだ、今日、会合の日だもんね!」
「キャー!!リキントス様ー!アイレス様ー!」
熱狂的な歓迎に、困惑するアルメス。
「……大丈夫か?」
アサナトはこの歓迎の中では立ち止まるのは危険、と判断し、受けたことのない完成の嵐に、足が震え始めているアルメスを介抱する様に手を添えて進める様にしながら、心配している。
一方、ナミアとミカ、アリセムは一応、いつのまにか大群となった観衆に手を振り、アルメスに向けられる視線を何とか緩和しようと頑張っている。
「……ちょっと慣れなくて、すみません……」
アルメスのその言葉に笑みを浮かべるアサナト。
「なら、このまま俺に背中を任せておけ」
アサナトのその勇気づけるその言葉と笑みは、男でなければ惚れてしまうほどの頼りになる姿だった。
そして、その観衆の大群の中を隠れ蓑にする様に、六人ほどの集団が、アリセム達、主にアルメスに殺意の様な視線を向けていた。
アルメスを除く全員はその視線に気付いたが、無視する。
そう、知れなかったのだ。
ただ一人ーーーアルメスのみが。
♢
「さあ着いたぞ、宮殿だ」
アリセムが顔を俯かせて歓声を聞かない様にしているアルメスに向けて呼び起こす様に言う。
アサナト達は宮殿を沢山見てきているので、説明はいらんだろ、という理由で放置している。
パレード並みの観衆になった人々は兵隊達に抑えられ、やっと観衆としてのあり方を保っていられている程だ。
やはり、アリセムは勿論のこと、ミカや女王近衛隊の知名度が高いんだろう。
そして、その中に居るイレギュラー、アルメス。
観衆からは、新しい女王近衛隊隊員など噂され、早速目をつけられている様だ。
そんな期待の視線を浴びせられるのは初めてで、アサナトの介抱でやっと立っていられる程。
だが、一応アリセムの声は聞こえている様だ。
「ここが、ミキシティリアの宮殿なんですか……?」
アルメスは完成に少しずつ慣れてきて、いや感覚が麻痺してきたとも言うべきか。
とにかく、宮殿の事について考える余裕が生まれたので、目の前の、周りの建物よりも数段大きい高層建築物の事について、これが宮殿か、と質問してみる。
なにせ、カラリエーヴァの宮殿とは全く違う雰囲気の宮殿だから。
一応、間違っていないかを聞いてみたかった。
「どうだ、珍しいだろう?ビル型宮殿は」
「ビル型……?」
アルメスはビル型、という用語を全く知らなかった。
「こういう縦に何層もフロアが重なって出来ている高層建築物を、総じてビル型、もしくはビルと言うんだ」
アサナトの説明で納得したアルメス。
やはり、アサナトはここに何回も来たんだろう。
この建築物を宮殿と言われても全く動じなかった。
「へえ、そうなんですか。それにしてもこんな形の宮殿があるとは……」
「そうか〜。……そろそろ観衆達がうるさくなってきた。入るぞ」
アルメスの初めての物を見る様な目でちょっと優越感に浸っていたが、途中でかなり騒ぎ出した観衆に気付き、早く入る様に促すアリセム。
そして、流石に歓迎や歓声の声に耐えられなくなってきたアルメスにも気付いたのだろう。
アリセムが開いていないガラス張りの扉に歩き始める。
アルメスはその行動に一瞬疑問を抱くが、一応聞いたことしか無いが、自動ドアという物だと察する。
予想通りアリセムが扉の近くに近寄るだけで、そのガラス張りの扉が開いた。
「……凄い」
目前で当たり前の様に使われている高度な科学技術に知ってはいたものの、実際に見たことが無かったものな上に、そんなスムーズに横にスライドする物だとは思わず、その機能性やデザインに真に圧倒され、殆ど声が出なかったアルメス。
「アリセムを先頭にミカとナミアが入り、その次にアルメスとアサナトが入る」
全員が入り終わったのを確認し、宮殿受付がビル型宮殿を丸々覆う様に、魔法結界を展開させる。
完全に襲撃を防ぐ為だろう。しかも完全に外からの声が聞こえなくなった事から見て、音すらも遮断している様だ。
「魔法結界展開、完了しました」
宮殿受付が完全に結界が展開完了されたのを確認し、アリセムに告げる。
「ありがとう」
普通に感謝した所を見ても、身分の違いなど関係ない、と言う性格らしい。
いや、だからこそか。
そういう気質を持っているが故に、他の国では成し得なかった大国同士の同盟や、前国王が崩した獣人、亜人、人間、魔物のミキシティリアでの圧倒的身分の差を、完全に無くす事が出来たのだろう。
そしてそんな偉業を成し遂げたアリセムは、国民からの支持とともに、ミキシティリア王国歴代最高の賢王と言われている。
そしてそんな国王と今日会合をするカラリエーヴァ現女王、ミカ・アイレスも並々ならぬ功績を積み上げてきた、最高の国主である。
アリセムが振り向き、ミカや女王近衛隊に告げる。
「では、会合をするとしようか」
アルメスは参加しないと分かっているのに、アリセムらが放つオーラに、固唾を呑むアルメス。
♢
全六十階層で構成されるミキシティリア宮殿。
この場所は、一階を除く全フロアが異次元魔法空間によって形成されており、その階層を行き来するのに、ウヴェール大魔法図書館の様に、転送魔法を用い移動する。
フロア一つ一つに異次元空間を展開してある為、外から見ても想像がつかない程広大な部屋の広さを実現させる事が出来る。
今回ミカ達が会合する階層は、十五階層。
会合用にある階層で、ただ会合のためのエリアでは無く、寝泊まりが出来るホテルルームや訓練部屋、浴場さえもあるエリア。
現在会合に行っているミカ達に対し、アルメスは退屈を紛らわす為に、訓練室で鍛錬でもしようかと思い、今現在鍛錬を行なっている最中である。
「……」
剣を振る度に吐く息。
そして、風切り音。
それのみがアルメスから発せられる音だった。
静かな訓練場で剣を振り続けるアルメス。
だがその静けさも、謎の女性の言葉によって覆される。
「練習、してるの?」
アルメスがその声に驚き、振っていた剣と体を緊急停止させる。
「え……?」
♢
重苦しい空気の中、ミカが発言する。
「シュプリーム王国の暗殺部隊が、既に私達を殺そうとミキシティリアへ上陸しました。……ですが、心配ありません。私達が確実に撃退します。敵の実力も分かりましたし」
そう淡々と告げるミカの表情と声音は、慢心の感情などかけらも無かった。
「ふ、今この世界にはお前達を傷つける、まして殺せる様な者は、いないものな。……お前達の実力は充分に理解している。あんな殺気も隠せん奴らに殺されないとな。ーーーだが、気を付けろよ」
そう。今日観衆の中からアリセム達に殺意を剥き出しにしていたあの六人。
そして、ミキシティリアへ上陸した暗殺部隊の人数も六人。
この事から、あの六人は暗殺部隊だと推測できる。
しかも顔を隠していた様なのでかなり高い確率で。
ミカ達は、どれだけ薄い殺気だとしても察知する事が出来る。
確かに、アルメスが気付けない位には殺気を隠せてはいたが、完全に隠していないとミカ達に察知されるのだ。
殺気を隠せない暗殺者は三流。
例え殺気を隠さなかったのがわざとだとしても愚策。
そもそも暗殺者は暗殺対象に気付かれてはいけないからだ。
つまり、今回の暗殺部隊は三流が集まった者達。そんな者達はミカ達の足元にも及ばない。
しかも、あの様な者達は、暗殺者としてのプライドすらも持ち合わせてすらいなさそうだ。
だが、それが逆に、標的を殺す為なら周囲の人間をも巻き込む手段を取って来る可能性がある。
それが脅威になるかもしれないと、ミカ達に思い出させる為に、アリセムは告げた。
「分かってます」
アリセムの有難い忠告と激励の言葉に、ミカは笑顔を返す。
その笑顔と返答からして、アリセムの言葉の意図を分かっている様だ。
そしてミカがアサナトにアイコンタクトを送る。
それを確認したアサナトがアリセムに向けて話し始める。
「……でアリセム。その暗殺部隊を送ってきたシュプリーム王国が、しようとしている事が分かったかもしれないんだ」
「……何?」
アサナトが言った事は、アリセムが知りたかった情報なので、驚きの表情で聞き返す。
「ーー五日前。カラリエーヴァに向けて、シュプリーム王国の襲撃があった事は覚えているな?」
「ああ、適当な魔族達を集めて作られた、雑な兵隊が、農村などを襲撃したってやつだろう?」
アリセムの言葉に、相槌を打つアサナト。
「ああ。しかも急に。そして唐突に再開したシュプリーム王国への襲撃。……しかも、カラリエーヴァを襲撃した魔族達は、『存在能力』ではない、別種の異能力を手にしていた」
「……まさか」
アサナトの話を聞いていたアリセムが知りたくもない事を察してしまう。
「他人、しかも大量の人物達に『存在能力』と似た、不完成だが超常の能力を与えることが出来る様な能力、いや、『存在能力』を持つ者は、俺達の知る限り、……一人しかいない」
「シュプリーム王国女王側近ーーーシンゼル・アリエス」
アサナトの言葉を肩代わりする様に、いや、自分に言い聞かせる様に、アリセムはその人物の名前を発する。
「そう。あいつが再度動き出した」
「何の為だ!?何故あんな存在が出てくる!?」
動揺しながらアサナトに問うアリセム。
信じ切れないんだろう。もしくは、分かっていても聞いてしまったのか。
アリセムの焦りながらの問いかけに、顔を曇らせるアサナト。
「……分からない」
「だが、ケースはそれだけじゃ無いんだ」
まだ有るのかとアリセムが若干焦りつつも、聞く体制に戻る。
「一昨日、同じく『存在能力』とは違う、異能力を保有したオークロードを、任務にて討伐した」
「……もうそうなったら、気まぐれや偶然、では済ませられないな」
完全に察してしまったアリセムが溜息を吐き、諦めた様に言う。
オークロードの様な魔物の高位存在は、残念ながら魔族の国、シュプリーム王国ぐらいしか生まれてこない。
それ以前に、アサナトが言っている、『存在能力』とは何なのだろうか。
そして、アリセム達がそれに触れないのは、もう既にそれを知っているからだろう。
「ああ。そして極め付けは、今回のシュプリーム王国暗殺部隊のミキシティリア上陸」
「近い内、確実にシュプリーム王国はカラリエーヴァを、何らかの手段で攻撃して来るだろう。しかも、以前の戦争以上の規模の……を」
アサナトの言葉に、アリセムは深い溜息をこぼす。
シュプリーム王国が仕掛けた戦争も、かなり規模が大きな物だった。
それ以上の攻撃となると……どれ程の物なのか皆目見当もつかない。
しかも、その攻撃で万が一、カラリエーヴァが滅ぼされたら、次はシュプリーム王国と隣り合っている、ミキシティリアが連鎖的に狙われる可能性がある。
他人事、では済ませられない。
「全てはカラリエーヴァへの復讐の為……再び動き出してしまったか、これは対策を考えなければならんの」
そう言って、アリセムは熟考し始めるが、あまり意味がない事に気付き、思考を止める。
「……ここでの思考は無駄じゃな。これ以上思考した所で、何をしようとしているかなんて当てられんし、知らんしな」
確かにそうだ。
どれだけここで思考した所で、情報が足りない今ではどんな攻撃を仕掛けて来るかを予測することは、ほぼ不可能に近い、と思ったアリセム。
だが、アリセムがある事に気付き、ミカに問う。
「なあミカ、確かシュプリーム王国にスパイを何十人か送っているんじゃ無かったか?計画の事も少しくらいなら……」
期待には添えないという様に顔を曇らせ、答えるミカ。
「すみません。……計画内容について、シュプリーム王国は確実な情報隔離を徹底している様で、まだ計画の内容を知れていないのが現状です。ーーーですが、計画実行前には絶対に間に合いますので大丈夫です」
ミカの暗い表情を見て不安に駆られていたが、一転して希望ある言葉を言ってみせたその自信に、アリセムは安心する。
攻撃開始までには計画の内容が分かる。
それだけで襲撃でカラリエーヴァが滅ぼされるという最悪のケースは免れられる。
だが。
まだ安心はできない。
「ならば一先ずは大丈夫だな……そうだ!」
アリセムが突然思い出したかのように声をあげる。
そんなアリセムに少し困惑するミカ達。
「なあ、折り入って頼みがあるんだが、いいか?」
笑みを浮かべながらそう言うアリセム。
正直言って、怪しい。
だが、そんな事を思っていたナミアやアサナトだが、ミカは怪しさを醸し出しながら懇願するアリセムの言葉に疑い無く耳を貸す。
「良いですよ」
アサナト達は頼みの言葉を聞く体制になったミカに、なにか言いたげな表情を向けるが、これがミカだと諦めて、アリセムの頼み事、とやらに耳を貸す事にした。
「お!良いのか!じゃあ、説明してやってくれんか」
(お前が説明しないのか……)
(あんたが説明しないのね……)
自分が頼み事を頼もうとしているのに、その説明は他の人物に託すのか、と脳内で軽くツッコミを入れてしまった、ナミアとアサナト。
とりあえず、アリセムが説明を頼んだ人物に目線を合わせるミカ達。
「今後のシュプリーム王国の襲撃を回避、もしくは撃退する為には、兵を一人でも多く必要になるだろうと、最近出てきたある者を、ミカ様方の援護の為に派遣させる、という事をアリセム様から提案されまして、ミカ様方がもし、宜しければその者の派遣を許してくれないか、という頼み事でございます」
その『ある者』、という言い方は、恐らくそれが集団では無く、個人だという事だとアサナト達は推測した。
だが、個人だと色々おかしい。
ミカ達なら派遣する者は一人でも良いという事だろう。というのは、十人や五十人程の大勢過ぎる人数だと、逆にミカ達の邪魔になってしまうと知っているからだろう。
だとしても、一人で援護は、流石に仕事過多で無理だろう。
ならば何故一人なのか。
単純な厄介払い、という事もあり得る。最近出てきたある者、という言い方からしてもその線は十分ある。
その者を排斥したいが為にこういう頼み事をしてきたと考えれば自然だ。
だが、そんな事をする程、アリセムは落ちぶれてはいない。
逆に優秀で一人でも援護らしい援護ができる人物なのかもしれない。
しかも、この事について話しているのが、十二聖騎将という、カラリエーヴァの女王近衛隊の様な立ち位置の者達の集まりの、しかも第三席が言っているのだ。
ただ単に説明するだけなら、こんな者に言わせる必要は無い。
もしかしたら、その者というのは……?
アサナト達がその者、について察し始める。
「その者、というのは?その言い方からして、複数人じゃないんだろう?」
第三席がアサナトの言葉に頷く。
アサナト達の推測は合っていた様だ。
「はい。その者は、転生者で十二聖騎将、十二席の、スーシャ・リッテユーロです」