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【打】Truth〜護持世界の英雄達と真理到達〜  作者: 望木りゅうか
第一章〔欺瞞信念〕
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僕は人畜無害な一般人

「ふぅ……」

 衰弱している様子の少年が、日陰に向かって歩み行く。

 この少年は、アルメス・レジュリゲート。


 千鳥足の様に日陰のベンチへと向かって行く行動以外は、ごくごく一般人。


 服装も一般的で、貴族の様な立ち振る舞いも見受けられない。

 だが、鍛えられた筋肉質な体が少し崩れた服の合間から垣間見える。


 そんな体作りとは裏腹に、酷く疲弊している様子のアルメス。


 それもそうなのだろう。

 今日は、九年振りの猛暑日。


 その気温は、実に四十度を軽く超えていた。


 水分管理を怠れば、どんな人物でも熱中症で簡単に命を落とせる程の気温だ。


 そう。熱中症だ。


 この少年、アルメス・レジュリゲートは、首にその鎌を掛けられている状態だ。



 ♢



 日陰のあるベンチに重そうなバックを下ろした瞬間に枷が取れたようにベンチに素早く座り、褐色に焼け始めた肉体に痺れを感じながら、汗を拭き取って行くアルメス。


 だがその途中にぼやける視界、止まる気配の無い荒息。


 明らかに異常。


 脱力感に苛まれた顔を咄嗟に上げ、周囲の景色の異変に気付く。


(……ん?)

 赤色に塗れた地獄のような風景。

 見慣れない、だが全く喜べない、魑魅魍魎が蔓延る世界に呼び込まれたかのような世界がアルメスの視界を覆っていた。


 確実に不味い状態というのが、視界の歪みからも察せてしまった。

 

 熱中症の症状の内だろう。


 日陰に避難する以前に、身を刺すような暑い日差しを遮る物無く受け続けてしまっていた所為で水分をすっかり奪い取られてしまったようだ。


 熱中症だと分かれば、後は決まっている。


 水分を取るのみだ。

 そして、ありがたい事にバック中に瓶詰めされた水が有る。


 ならば、飲む。


 アルメスは刻一刻と迫る昏倒への道を逆走し、水を喉に流し込む。


 アルメスは、熱中症で倒れたい程受動的体質を持ち合わせては居ない。


 そして十秒足らずで一リットルの水を飲み干した。


 そして、体調と視界を確認する為に前を見る。


 青緑の綺麗な空に、陽炎に揺らぐ建物。


 自身には異常無し。


 ほっと胸をなで下ろす。


(死ぬかと思った)

 

 一通り休憩を済ませた後、アルメスは追加の水や買うべき物を購入しに、行きつけの店があるセルロー通りへと歩を進めた。



 ♢




 通りへと歩み行く少年の目に写る通行人。


 こんな猛暑日にも関わらず、平気そうにアルメスの横を通り抜けて行く通行人。


 人通りの多さが通常通りを保っている事に驚きを隠せない。


 少年を歓迎する様な街の活気。


 ふと見つめた店の横では、子供達が魔法を使って遊んでいる。


 ……近所迷惑なのでは無いか……?


 そう思いつつ、アルメスは意味もなく魔法を使おうとする。


 勿論空に向けて。


 だが、いつまで経っても魔法はおろか、魔力さえも出ない。


 アルメスは、小さく肩を落とす。


 魔法。


 それは先天的に備える、カラリエーヴァの国民にとっては言語の様に最初から持っている、最早一般常識の様な物。


 魔法は、持つ人々によって多種多様。


 才能がある者が頂点に君臨出来るのは、他の職業などと同様。


 努力で頂点に辿り着くには、それこそ努力の才が必要なのは、周知の事実と言って差し支えない。


 魔法は生活の根源でもあり、戦いにおける凶器でもある。


 アルメスは、そんな魔法がある程度嫌いだが、まあまあ好きでもある。


 あれば嫌だが、無くなると困る。


 そんな価値観で、アルメスは魔法という物を見ている。


 何故、こんなにもアルメスは魔法について無関心なのか。


 先程の様に、アルメスは、魔法が使えないからだ。


 魔力を有さない。


 ただ人畜無害の一般人。


 だが、それをコンプレックスとは思っていない。


 無駄だから。


 どれだけ上を見上げた所で、首が痛くなるだけ。


 そもそも、登れないのです。


 ある種の失望を自分に向け、楽になりたいだけなのだ。


 魔力を持つ者なら、努力次第で魔法を習得できる可能性がある。


 だが、もう一度言う。


 アルメスは、魔力を有さない。


 それが、アルメスが魔法の世界に入る事を断固拒否される、揺るがない真実なのだ。


 魔力を持たない人間は、魔法を習得することは不可能。


 そう証明されている。


 だが、それでいいんじゃ無いか、とアルメスは思ってきている。


 下の者は、下の者なりに生きて行く。


 そう決め込むしか無いと。



 ♢




 そう自分自身の観測を重ねてい内に、目的のセルロー通り近くへと到達していた。


 T字路を左に曲がればセルロー通り。いつも通り栄えている通りの風景よりも早く、数十人程の人集りが少年の目に入る。


「……んっ?」


 人混みから放たれている熱気は凄まじいものだった。


 明らかに買い物をしに来ている人達の雰囲気では無い。

 血眼で周りを探し回っている人々。


 異常なのは、見れば分かった事だ。


 無視しようとも思ったが、人混みの中に見知りの店主がいたので、事情を聴き出してみようと歩み寄る。


「何かあったんですか?」


「おお、アルメスか。実はな……」

 背後から突然声を掛けられたお陰で多少驚きはしたようだが、直ぐに平静を取り戻し、対応する店主。


  ゴニョゴニョ……


 囁きと共に、驚きを隠せない様で大声を上げるアルメス。



「女王近衛隊!!!?」

 多少オーバーなリアクションを取ってしまうアルメス。 


 そしてそれに反応しない人々では無い様で……。


 周辺の人々が一斉にアルメスを見詰める。

 皆々の刺すような視線がアルメスを一瞬で平静へと引き戻す。

 

 慌てて店主の言葉を聞く体制に戻ると、さっきの視線が嘘のように消えてゆく。


 意に介さず店主が話を続けた。


「ほんの五分前程に、女王近衛隊隊員のアサナト・レイミンが、このセルロー通りに現れた。『あの』アサナト・レイミンだ。知ってるか?」


「し、しし知らない訳無いじゃないですか!英雄ですよ!!」

 

 はやる気持ちを無理矢理抑えながら、興奮気味に答える。もうこの時点で分かるが、アルメスは、女王の警護をし、警護の仕事以外にも戦争を終結させた英雄として、女王とそれを警護する女王近衛隊の大ファンなのである。


 しかも、かなり熱狂的な方の様で、


「アサナトさんの武勇伝について、聞きたいですか?」

 はぁはぁ息を荒げながら、引き気味の店主に容赦なく語りかける。


 店主には、それを聞く義理などない。


「い、いや聞きたくないが……」

 はっきりと断った店主。断った……筈なのだが。


「いいでしょう!!そんなに聞きたいなら教えましょう!!アサナト・レイミンさんはですね……」

 店主の言葉が聞こえていないのだろうか?店主の断りなど聞く様子も無く、アサナト・レイミンの武勇伝を語り始めたアルメス。


 そんなアルメスに、


「お、おう」

 店主は引きつった表情で返事するしかなくなった。



 女王近衛隊について意気揚々と常人では聞き取り不可能な速度で語り始めたアルメスを止められる者はいない。只の事情説明だけで終わらせる筈だった店主は、さっさと退散しようとゆっくり気付かれないように逃げようとしたが。


 ガシッと。


 絶望の音が店主の襟から鳴る。


「逃がしませんよ……」

 背中を向け立ち去ろうとする店主の襟を後ろから素早く掴んだアルメス。そしてそのまま凄まじい剛力によってアルメスの懐にまで引き寄せられる店主。

 照りつける太陽の中、何度も逃走を試みるが、その度に拿捕される店主。


 依然店主にとってこの状況は、この日差しに照らされるよりも辛い。


 もしかしたら死ぬかも、と店主は絶望した。




 ♢




「ふぅ、楽しかった」

 やっとアルメスの女王近衛隊トークが終わった時にはもう日が落ちかけていた。

 喜悦の表情を浮かべるアルメス。そしてその横に幾度となく繰り広げられた逃走劇の所為で、服がボロボロになり、生気が抜かれたように倒れこんでいる店主。

 

 アルメスが店主に気付き、喜びの表情が凍り付く。


「店主さん!どうしたんですか!」

 アルメスは、疲弊し切った店主の手を強く握る。


 握り返しもされない掌。


 そして、またやってしまったと心中で自分を叱責する。

 アルメスは、女王近衛隊が好き過ぎるあまり、語り始めると止まらないのだ。

 

 その行動の所為で、こういう出来事も度々起こる。


 分かってても止められない。


 もう快楽殺人者に近いだろう。


 とりあえず店主を店主の家のベッドに置き、安静にさせておく。



「店主さんが元気になったら謝りに行かなきゃ……」

 そう心に決めながら、すっかり暗くなり、人も居なくなったセルロー通りを歩く。


「買い物もできなかったな……」


 そう呟きながら、色々な用具を詰めたバックを見つめる。



 ーーー視線。


 背筋が凍る様な緊張感を感じ、顔を上げる。


 そして、アルメスの足が静止した。

 

 黒い服に身を包んだ、黒髪の男が立っていたから。


 普通なら直ぐに立ち去るのだが、暗闇に溶け込んでいるその男に、アルメスは妙な既視感を覚えた。


 それだけで、ここにアルメスを留まらせる理由になってしまう。


(知っている……?僕は、この男を)

 

 男がアルメスへと歩み寄る。


 一つ、二つと、軽い靴音が耳に鳴り響く。


 精神を逆撫でる様な緊張があった。


 男が、通りの街灯に差し掛かり……。


 止まる。そして、謎の男上半身全てがオレンジ色の光に照らされた。


 アルメスが、男の顔を見た瞬間に疑念の表情がに驚きに支配される。


 不規則、予想外、意外。


 そう言った色の表情を込めて出た言葉は……。



「アサナト・レイミンさん!?」


 人名。既視感たっぷりの。


 黒髪に葵色の瞳。……そして女王近衛隊のバッジ。


 妙な既視感はこれだったのか。


 見違える筈はない。


 本物の女王近衛隊。カラリエーヴァが生み出した五人の英雄の一人。


 まさか会えるなんて。


 女王近衛隊に会った時のシナリオは、すぐ近寄ってサインを求める……その筈だったのに。


 実物を前に、足一つ動かせない。息すらしていないんじゃないかと思う。

 固まって動けないアルメスを見兼ねて、アサナト本人が、ニコニコしながら詰め寄る。


 怪しい。がアルメスは動けない。


 一刻。


 密着、とまでは行かないが、かなりそれに近い距離までに詰め寄られた。


 アルメスの視界を丸々覆うアサナトの顔。そして、未だ笑顔を絶やさないアサナト。


 怖い。


 アサナトの唇が動く。



「アルメス・レジュリゲート。君、俺の弟子にならないか?」


「へ」


 茫然。 


 筋肉の弛緩が、アルメスの尻を地面に叩きつけた。


 理解出来ずに数秒アサナトと見つめ合う。

 アサナトは、笑顔から真面目な表情に変わって、アルメスを見下ろしていた。


 その真剣な表情を見て、アルメスは察する。

 

 本気なんだ……と。


 取り敢えずアサナトの差し出してきた手で体を起こした。


 一息つき、アルメスは事を深く考える。


 ……どんな理由があるにせよ、自分は市民。相手は女王近衛隊。身分が違い過ぎる。アルメスは、棘を残さない様に、そう丁重に断る事にした。


 チャンスをフイにする事にはなるが。


「僕は魔法も使えないですし、教養もあまりありません。しかも僕はーー」


「駄目だ。拒否権はない。今日断っても、明日、明後日、明々後日……と君を勧誘し続けるよ」

 アルメスの断り文句に嫌気が刺したのか、話途中で言葉を遮られる。


(何故そこまで僕に拘るんだ)

 アルメスはそれが疑問であった。何故。何故自分にそこまで拘るのか、理由が聞きたくなった。


「何故、アサナトさんは、僕なんかを弟子にしたいんですか?」


「今は言えない……がこれだけは言える。君の為だ。アルメス」

 更に真剣な目で、声音で、アサナトは発する。その目には、偽りや虚偽の跡は無く、完全にアルメスに託すというアサナトの確固たる意思が伝わった。


 アルメスの脳内に、過去の記憶がフラッシュバックする。


(この人なら、或いは……)

 カバンの中身を一瞬だけ見た後、アルメスの口元が緩む。


 決心がついた……いや、つけさせられたんだろう。何かに。



「アサナト・レイミンさん。僕を、弟子にしてくれますか?」


 今の僕の言葉に後悔や迷いの念は無い。この人の人格性や優しさに賭ける事にした。

 確かに、早すぎる決断かも知れない。だけど、あの為には、1日たりとも無駄には出来ないーーーしたくない。


 アサナトが、歓迎の意思で笑った。


「アルメス・レジュリゲート。君を俺の弟子として認めよう。」


 アサナトは、アルメスの考えを理解しているのかも分からない。


 だが知っている。アルメスの行動力の原点を。


 アルメスは知らない。アサナトの思考を。


 だが、それでも通じ合う。まるで、運命の様に。


 アサナトが深く息を吐く。


 気合いを入れるように。


「宜しくな、アル。」

 いきなりあだ名の様なもので呼ばれて、少しだけ戸惑ったが、直ぐに笑顔に変え、握手する。


 薄汚い仮面を被りながら。


「宜しくお願いします、アサナト師匠」


 握手を交わす二人。暗くなったセルロー通り。二人を照らす二つの街灯が、僕達を祝福しているように感じた。


 

 ーーーーアルメスは、仮面の下で、笑ってしまった。 

 

 その影に侵食されたその眼を歪ませて。

少し修正を加えました。

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