前日譚2
平行世界。
世界は一つだけではない。
世界は分岐し、枝分かれしている。
同じ地球でも無数の地球がある。とある地球ではあなたは医者かもしれないし。また別の地球ではあなたは戦争に駆り出された兵士かもしれない。平行世界とはそういうもの。
しかし、ミィ・ゾバタやケピィー、そして神たちが存在する世界は平行世界ではない。沢山の林檎がなっている木を想像してほしい。その木の枝が平行世界へと通じる道であり、その枝になる林檎自体が全て同じ地球なのだ。ただ、その林檎によって糖度や種の数が違うだけの話。
神たちが存在する世界の名は「異世界」。勿論異なる世界、という意味もあるのだが、異質な世界、異常な世界という意味でもある。
異世界という林檎は枝にはならない。一個の独立した林檎なのだ。
隔離された世界である異世界の常識は、それらの世界とは全く異なるもので。その一つに、生殖行為によって子孫を増やすという概念がない。異世界に生きる人間は他者によって殺されない限りは永遠の命を宿すこととなる。なので、普通に生きていれば誰もが死の恐怖から解放されるのだが、そこは人間の性というところか。領土だの権利だので争いは各地で勃発、日々人が死に続けている。
では、彼らはどうやってその数を増やしているのか。それは、並行世界の人間をこちらの世界に転送するのである。異世界に、虚構ではなく本物の神がいるのは、その並行世界の人間を異世界へ送ることが彼らの仕事の一つだからである。
基本的に並行世界から異世界への接触は不可能なのだが、唯一、並行世界から異世界へとアクセスする方法がある。それは「死」である。世界という檻と肉体という鎖から解放された時、魂は宇宙を超え、平行線をも超え、異世界へと侵入することが許される。だが、死んだ者の全てが異世界へ行けるわけではない。"ゴッドユートピアシステム"と呼ばれる神々特有の演算能力を用いて、異世界へ送る人間は厳選されている。
厳選された人間は神によって生前と同じ肉体と名前、異世界共通の文字と言語、その他知識、そして簡単なスペックを与えられる。スペックとは端的にいえばその人間自身の能力値であり、これを形作る際に、生前のスペックがある程度適用される。例えば、転生前に運動が得意な者だったら肉体のスペックは少し高めに設定される。料理が得意な者なら、料理のスペックが人よりも高めに設定される。個々の個性がスペックとして数値化、可視化したというだけで、この辺りは並行世界でいう才能や技量とほとんど遜色はない。
ごく稀に、スペックとは別で"スキル"を与えられる人間もいる。このスキルは異世界特有のもので、我々の世界の創作物で索引するならば、「特殊能力」、「不思議な力」と呼んでも差し支えはない。火を吹く、氷を支配する、時を操る、死を超越する。その数は多岐にわたるが、神々がなぜごくわずかな人間にスキルを与えるのかは、神々以外誰にもわからない。スキルを持つ人間は、戦争をという火に大量の油を注ぐだけの存在として、平凡な転生者の間では忌み嫌われており、兵器としか思われていない。
これが、異世界という世界であり、残酷な運命を課せられた悲運の選ばれし20人の戦士が集結する世界である。
異世界の天空にそびえ立つ神世界。逃げ場のないまっさらな空間でミィ・ゾバタとケピィーは神の前でひざまづいている。本日二度目の来訪だが、二人は神を前にして完全に萎縮している。
神はへそをポリポリとかく。
「貴様らが儂を呼び出すなど、驕りもいいところだな。して、何の用件だ?話だけは聞いてやろう」
ミィ・ゾバタははっきりとした声で呟く。
「は!ありがたき幸せ。実はですね、後継者争いのことなのですが。現在、ありがたいことに私とこのケピィーの二人が神候補に選ばれまして、互いに貴方様に見出されるべく、日々後継者争いをしております。その中で、誰が一番、皆の納得のいく白黒の付け方かと考えた時、我々は戦争しかないと思いました」
神は頷く。
「今更何を言っている。単純な武力で敵を滅ぼしたほうが強い。当たり前の話だな。儂の好きなやり方だ」
「ですが、これがなかなか決着がつかず、かれこれ1003年もの間均衡を保っています。これにより、我々両国は現在民、資源、武器、その他の全てが枯渇しており、とてもまともに戦える状況ではありません。なんなら自分たちが10年20年先自国を動かせるだけの力があるかどうかも定かではないのが現状です」
神はそのあたりの話は興味がないようで、そっぽを向きながら呟く。
「儂はちゃんと全ての国に平等に新しい人間を送っている筈だが?」
一瞬言葉に迷うミィ・ゾバタ。その隙を埋めようとケピィーは口を開く。
「しかし、それだけでは足りないのです」
神は会話に割って入ってきたケピィーをキッと睨む。
「それは貴様らの戦争が下手くそだからだ」
ケピィーはその威圧感に圧倒されてしまうが、ミィ・ゾバタは神のその一言を起点にした。
「そうです、私たちは戦争が下手なのです。そこで貴方様にお願いがあって今ここに伺っております。私に案があります。しかし、この案を実行するにはどうしても貴方様のお力が必要となります。約束しましょう。貴方様が協力していただけるなら、十日以内に決着をつけると」
ミィ・ゾバタは、彼にしては珍しく自信に満ちた表情をしていた。それを見た神は片頬をゆるりと吊り上げる。
「であるか。よろしい、申してみろ」
その言葉を耳に収め、ミィ・ゾバタはニヤリと笑う。その笑みはさながら悪魔のよう。
「新たな異世界転生者にスキルを持たせて、私側に10人、ケピィー側に10人つかせて、少数精鋭で殺し合いをさせるのです。我々の戦争が長引いた理由は大量の人間、大量の重火器を用いた大規模な戦争をしてしまったこと、そしてスキルを持った人間が両陣営に一人もいなかったことにあると推測します。ただでさえ我々は地方の弱小国家です。そんな国の人間が重火器を用いた戦争をすれば互いに被害や犠牲は甚大なものになり、戦争が停滞してしまいます。我々は長らく続く戦争の日々で思うようになりました。スキルを持つ者さえいればと。無機質な金属の塊ではなく、明確な意思と力を両立したスキル所持者がいたら、どれだけ素早く被害を最小限にして戦争を終わらせることが出来きただろうと」
実際、スキル所持者を多く持つ国は強い。そういった強国の戦争は、国を代表して選ばれた少数精鋭のスキル所持者同士の戦いなので、被害は最小限で済むし、金もさほどかからない。コストパフォーマンスが良い上に何より意思を持った人間なので、自ら考え立ち回ることができる。そんな兵器が、弱いはずがない。
「なるほど、確かにスキル所持者同士を戦わせるのは効率が良い、それに自分たちより格上同士の戦いなら、勝っても負けても納得がいきやすい。何より絵面が良い」
神は子供のように歯を見せて笑う。
「面白い!よろしい!貴様ら両陣営に10人ずつ、スキル所持者に加えて、より平等にするため、スペックも最大値まで設定した超ハイブリット転生者計20名を与えよう‼︎どうせやるんじゃ、ド派手な祭りにしてみせよ」
三人しかいないはずの神世界がドッと湧く。
「ありがたき幸せ。必ずしも貴方様のご期待に応えてみせます」
「だが、一つ懸念がある」
神の言葉に 二人の人間は首をかしげる。
「そもそもいきなり強力な力を持って転生させられた人間が、全く赤の他人で弱者である貴様らのために命をかけて殺しあえと言われても、言うことを聞くか?儂なら絶対に聞かんがな。なんなら反逆する」
ミィ・ゾバタは何だ、そんなことかというような表情をして、言う。
「既存の転生者のたちではなく、新たな転生者を募ったのも、それが理由なんです」
今度は神が首をかしげる。
「この世界へ飛ばされる寸前、我々はこの世界における全ての知識を与えられる。我々は普通、この世界に関するあらゆる知識を初めから持った状態でこの世界に転生し、新たな人生のスタートを切る」
ミィ・ゾバタは再び悪魔の笑みで顔を綻ばせる。
「単純なことですよ。20人の戦士に嘘の知識を与えればいい。我々に従って殺し合いをしなければいけない理由を、それらしく説明してやればそれだけで済む話です」
ケピィーは、額に冷や汗を浮かべる。こんなことを考えついた自分と隣の悪魔に対して嫌悪感を覚える。