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竜の呼声  作者: 比呂
風の止む場所
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天馬の嘶き8


 星の散らばる夜空を背景に、巨大な竜が河原の中央に着地する。


 その衝撃で、小石が浮いて散らばった。


 巨大な竜が周囲を睥睨し、リイナを見つけた途端、縦に割れた瞳孔が細められた。

 わざとらしい溜息まで吐いて見せる。


「はあ、どこぞの若竜が、暇にかまけて人狩りをしていたかと思えば……」

「あんだとコラ。私様に喧嘩売ってんのか。お前誰だ」


 竜の姿で睨みつけ、牙を剥いて威嚇まで始めるリイナだった。


 すると、ルグドたちの上空を塞ぎ、上空で待機している竜族たちが、それぞれの威嚇を返してきた。

 それが鳥の鳴き声であれば可愛いものだが、幾多の竜が怒りを見せれば、その迫力は大気を揺るがすほどだ。


 しかし、巨大な竜の一息でかき消される。


「ふ、そなたの父君に感謝なされよ。私は彼の王に大恩がある。何処へなりと消えられるがよい」

「――――」


 リイナの動きが、牙を剥いたままで固まっていた。

 反撃でもあるかと考えていた巨大な竜であったが、肩透かしを食らって失望の息を漏らし、視線をルグドたちに向ける。


「さて、我が空を汚した人間は誰だ」

「あ、はい、すんません」


 小さく片手を挙げたルグドだった。

 それに巨大な竜が小さく頷く。


「ふむ、よろしい。では、カイラス・ゼス・エンテルの名において、貴様を処刑する」

「そうですね」


 彼は苦笑いで頷く。

 領空を侵犯した人間は、その場で食い殺されても文句は言えない。


 それほどまでに、人間と竜族の力関係は隔たりがある。

 故に、エンテルが己の名を出して処刑という形を選んだことは、ある意味では温情すら感じさせるものであった。


 ただ、それに納得がいかない者がいるのも無理はない。


「ちょっと待ってください」


 アリルの言葉が、一際大きく響いて消えた。

 誰も反応しなかった。


 それでも納得しなかった彼女は、語気を強めた。


「聞いてください!」

「……愚かな小娘よ。私が聞かない振りをしていたことが理解出来ていなかったのか。そこの人間も反応に困っておることだろう。全ては貴様の命を助けるためだ」


 呆れを通り越して軽蔑さえ態度に表すエンテルであった。


 このすべての騒ぎを収めるために、ルグドが自ら罪を被った状況である。

 それに感謝することはあっても、解決済みの問題をひっくり返して、竜族の言葉に逆らうことに意味はない。


 むしろ、彼女を処刑台に送り込む理由が増えたのと同じだった。


「愚か――――ですか」


 アリルが嗤う。

 胸元から筒状の皮紙を取り出し、開いて見せた。


「エンテル公、貴方の署名された許可証です」

「ああ、確かにそれは、私の署名である。しかし、それは貴様の所属する『アウロン』との約定でしかない。貴様の無礼も、領空侵犯も、許した覚えは無い」

「ですから、これはもう要りません」


 礼儀正しい所作で、彼女が皮紙を地面に置いた。

 あまりに無礼の上塗りとなる行為に、エンテルではなくルグドの目が見開かれる。


「ちょ、ちょっと? 何してるんだよ」

「愚かで結構です。私の納得がいかないので、私がやりたいようにやらせてもらいます」

「いや、勇ましいのはいいんだけどね?」

「私の命を、貴方達で勝手に決めないでください。愚かであろうと、私の命は私の自由です。無論、貴方の命も尊重しますので、どうぞ処刑されてください。私も自由にします」


 彼女が拳を構えた。


 敵意を飛ばされたエンテルが、目を細めて見つめる。

 戦力差は歴然で、一息もする間に、アリルの身体が四散するだろう。


 どうしてこうなった、と呆れて物も言えないルグド。

 そして――――。


「人間にしては、良い事を言うなぁ。私様ほどじゃねーけど」


 長い首を捩じって、リイナが関節をコキリと鳴らす。


「さあて、喧嘩だ喧嘩。派手にいってみよー」

「本気か、ジギウス様の愛娘とて、戦いならば容赦せん」


 既に敵とはみなされていないアリルを無視して、エンテルの視線がリイナを捉えた。

 竜族同士の戦いになれば、人間の手に負える範疇を超えてしまう。


 よって、竜の敵は竜となるのが必然だ。

 一個軍を率いた領主と、ただ一体の竜が全面的に争うことだろう。


 リイナもそれは理解していたが、剥いた牙を隠さない。


「おい。だからな、親父の名前を出すんじゃねーよ。いつかぶっ潰してやる奴の筆頭だ馬鹿。私様が天下を取った暁には、お前、私様の爪磨き役な?」

「く――――くはっはっは、戯言も度を超すと喜劇であるな。反乱を企て、国家転覆罪で竜の誇りとも言える角を折られた若竜といえど、未だに反省の色も見えぬらしい。しかし、礼儀を教えるのも年長者の務めよ。代償は……そうだな、そなたの折れた角を、二つに増やしてやろう」

「あん? よし、ぶっ殺す」


 一触即発の雰囲気の中、リイナの堪忍袋が音を立てて切れた。


 そして彼女の足元へ、おもむろに近づいて行ったルグドは股間を叩いた。


「ふわあぁっ!」

「ふぅ」


 いい仕事した、といった感じで額の汗を腕で拭うルグドだった。


 怒りが心頭し過ぎて、目を白黒させるリイナが吠える。


「何処触ってんだコラぁ!」

「痛くしたならごめんな」


 彼は片手を出して謝る。

 リイナが牙だらけの口を開閉させた後で、叫んだ。


「痛くねーよ! そういうこと言ってんじゃねーだろ! 喧嘩中に股を叩くな馬鹿!」

「いやあ。どうせなら、僕も自由にしてみようと思ってさ……」

「自由過ぎんだろ! どういう考え方したら雌竜の股を叩こうって思うんだよ! 頭どうかしてんじゃねーのか!」


 唾まで飛んできそうな剣幕を受けた後で、彼は苦笑いを見せた。

 照れ隠しで後頭部を掻きながら言う。


「褒めなくていいよ」

「褒めてねーよ!」


 地団太を踏むリイナだった。


 あははは、と笑い声を残しながら、ルグドは歩いて行く。


 魔導機関に火が入ったままの天馬にまたがり、ハンドルを確かめる。

 無理をさせた所為で、出力が落ちていた。

 木に衝突して減速させたので、フレームも歪んでいる。


 それでも、ルグドは飛んだ。


「じゃあ、まあ、そういうことで」

「いえ、待ちなさい。それは私のものです」


 人間離れした跳躍力で、アリルが天馬に取りついた。

 計らずも二人乗りとなった天馬が、ひょろひょろと森の中に入っていった。


 呆気にとられていたリイナが、我に返って飛び出す。


「待てコラ!」

「そなたら、逃げられると思うてか」


 領主のエンテルも、すぐに飛んで追いすがる。


 闇夜の森に消えて行った人間たちと竜を見つめていた上空の竜族らは、それぞれに困惑して夜空を旋回しているのだった。





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