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竜の呼声  作者: 比呂
風の止む場所
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天馬の嘶き6


 一触即発の空間で、全ての者が立ち尽くす。


 耳を破裂させる勢いで轟音が吹き荒れた。

 後の静寂の中――――鉄錆の匂いが広がり、この場でただ一人の勝者が笑う。


「あ、あ――――あ?」


 ダリルの表情が固まっていた。

 何が起こっているか、理解しきれていないのだろう。


 眼球を動かしてようやく、首から血を流して屹立する己の胴体を見つけた。

 工房の壁に張り付いた血が、何処から流れていたか悟った時、彼の命の炎が消える。


 その頭部を片手に、『少女』が笑った。


「はっはっはーん、私様を抜きで喧嘩を始められるわけないだろー。ま・ぜ・ろ・よ、人間ども」


 その少女の頭には、両側の側頭部から小さな角が生えていた。

 片方は無残にも切り取られているが、およそ人間のものではない。


「何処から出てきましたか――――」


 驚きの表情が隠せていないアリルが、臨戦態勢を崩さすに言う。


 彼女の判断は間違っていない。

 あどけない少女に見えて、角の生えた人間など存在しない。


 けらけらと、およそ少女らしくさえない笑いを残す者こそ――――竜族であった。


 少女が、アリルの問いに答えた。


「何処から――――だって? 決まってるでしょうが。あそこからだよ」


 天高く指を掲げる少女。

 その先は、夜空だ。


 工房の屋根に大きな穴が開き、満天の星が輝いている。

 ただ、彼女が示すのは――――『竜通空帯ドラゴンズベルト』のことだ。


 天馬が高空域を飛べない理由にして、原因である。


 古くから空高い場所は、竜の領域だった。

 それぞれの空域に縄張りがあり、竜族にとっては領地のようなものだ。


 天馬繰士が運転を誤って竜通空帯に侵入すれば、竜に喰らわれるのも当然と言えよう。


 しかし、アリルの顔は厳しさを湛えていた。


「この空域の領主、エンテル公には裁可を頂いています」

「けっ、此処の領主なんか、しーりーまーせーんー。こっから先は、全部、私様の決定が全てだ。それ以外はゴミだ」

「……これはまた、変なのが出てきましたね。その角を見る限り、領地を追い出されたか、罪を犯した『はぐれ』なのでしょうが、エンテル公を侮ってはなりませんよ? 竜族とは誇り高く、決して無法を許しはしないでしょう」

「ああん? さっきからうるさいな人間。『ルゴス』の隣に立ってなかったら殺してるところだ」

「え? ルゴス?」


 彼女が視線を動かした先には、首から上の無いダリル。

 もう反対側には、忍び足で逃げ出そうとしているルグドの姿があった。


 少女が口に手を添えて言う。


「おーい、ルゴス。もういい加減に諦めて、私様の配下になってしまえよ」

「――――勘弁してくれないか、リイナ」


 困った表情をして、彼が後頭部を掻く。


 彼の雰囲気に、変わったところはない。

 だからこそ、この異常事態で、普段のままに居られる神経が際立つ。


 さっきまで親しくしていた知人が、血を流しているその横で、彼の見せる苦笑いが、何か別のものに見えてしまうことさえあるだろう。


 リイナと呼ばれた竜族が、腕組みをして口元を歪める。


「私様が手に入れると決めたら、万物が従うべきなんだよ。分かれ」

「ごめんな」


 年下の娘を諭す彼の言い方には、余裕すら感じさせる。

 手慣れたものだと、部外者でもすぐに察することが出来た。


 ただ、リイナの目つきが変わったことには、ルグドしか気づけなかった。


「えーっとな。私様はとっても優しい寛大な支配者だからな。ルゴスが言うことを聞きたくなる情報を持ってきた。聞く気がなくても聞かせるからな」

「聞いたらリイナの手下にならなきゃいけないんだろ? なら必要ないよ」


 彼の視線が一瞬だけ、アリルに向けられた。

 戦闘態勢にあった彼女が、それに気づかない訳がない。


 ルグドは力を抜いて、倒れ込むように駆けだした。

 魔鉱石が満タンにされた天馬に飛びつき、慣れた手つきで魔導機関を始動させる。


 ウィングが浮力を持ち、地面から離れたところで出力制御した。

 勢いを持て余した天馬が勢いよく横滑りをはじめ、立ち尽くしていたアリルに突っ込む。


「な、何をしますか――――」


 急減速した天馬の後部に、彼女が倒れ込んだ。

 荷物とおなじ要領で乗せられたアリルを見ることも無く、彼が言う。


「捕まってて欲しいな。竜は怖いぞ」


 返事を待たず、天馬が駆け出す。

 駆動力を絞り上げ、一目散に脱兎のごとく逃げた。


 工房から飛び出した天馬が、夜の闇を抜けていく。


 その時、耳をつんざく竜の咆哮が響いた。

 ぼろかった工房が、ものの見事に崩壊した。


 爆風と土埃の中、巨体が飛び出してくる。

 黄金に輝く瞳と、強靭な鱗に守られた異形の種族。


 大空の覇者。


 ある者にとっては――――恐怖を。

 ある者にとっては――――悔恨を思い募らせる。


「聞けぇーーーーっ!」

「……さて、逃げようか」


 ルグドは地面に向かって天馬を急降下させた。

 運転することが出来ないアリルにとって、恐怖以外の何物でもない。


「気は確かですか!」

「まあねぇ、最高速度も旋回性も負けてるからさ。こっちが有利な場所で戦わないとね」


 普段のやる気がなさそうな顔で、彼は地面を見続けている。

 背後から迫りくる竜を尻目に、天馬が一直線に駆けていくのだった。




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