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竜の呼声  作者: 比呂
風の止む場所
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天馬の嘶き5


 焚火の爆ぜる音が気にならないほどに、騒がしい夜だった。


 レースの予選が終わった村は、決勝戦の前夜祭で大いに盛り上がっている。

 隙間風すら堂々と通り抜ける工房に、村の喧騒を防ぐ手立ては無い。


「……もう頃合い、かな」


 焚火の上に吊るされた鉄鍋の中身を見て、ルグドは言った。

 藁束をまとめてベッド代わりに寝転んでいたアリルが、身体を起こす。


「では、食べましょう」


 彼女がそう言いつつも、何も用意することはない。

 当然のように半眼で、姿勢を正したまま鉄鍋を見つめている。


「まあ、良いんだけどさ……」


 短く息を吐いた彼は、籐で編まれたバスケットからパンを取り出し、ナイフで適当に切る。

 それに加えて、鉄鍋の中で煮えていた鶏のスープを椀に盛って渡した。


 鶏のスープを見つめて、彼女が言う。


「肉がたくさん入っていますね?」

「ああ、今日は祭りだからね。ミレーナさんが持たせてくれたんだ」


 自分の分を椀に注ぎながら、彼は頷く。


 アリルが工房に泊まることが決定的になると、それはそれで問題が噴出した。

 カフェに帰ろうと思っていたルグドだったが、余所者であるアリルに工房を任せて放っておくことは難しかった。


 これで彼女が工房を破壊して逃げ出せば、責任はルグドに向かう。

 そうなれば店長に迷惑をかけることにもなるだろう。


 そしてもう一つの問題が、食事の問題だった。


 屋台か何かで済ませればいいものを、アリルの希望で彼が作ることになったのだ。

 その所為で、一度ライダーズカフェに帰ってから、再び工房まで戻って来る羽目になっていた。


 確かに謝礼としては破格のものを貰っているが、段々と疲れが身に染みてくるルグドである。

 鶏のスープを飲んで、パンに齧りついたところ、彼女から椀を差し出された。


「お代わりです」

「早っ」


 食事の早さに驚きつつも、二杯目のスープを渡す。

 どういう食い方してるんだろう、と疑問を持ちつつ彼女を凝視していると、椀を持ったままのアリルが言った。


「ところで、この食材はダリル・ホークからの差し入れですか?」

「いや、ちゃんとお金は払ってるけど。……あれ? 店長の名前知ってたのか」

「ええ、人探しをしているのですから、それくらいは」


 何でもない事のように呟き、彼女が椀に口を付けた。

 遠くで天馬の排気音が響く。


 レース大会に触発された者たちが、自前の天馬を走らせているのだろう。

 若者の集団が集まり、高揚するのも珍しいことではない。

 

 そう思っていたのも束の間で、工房の周囲を取り囲まれれば、否応にも不安が募るというものだ。


「お代わりです」

「いや、だから早いって。どうやって飲んでるんだよ」


 周囲の騒音に気を取られるあまり、アリルの食べ方を見損ねてしまったルグドだった。

 それでも三杯目を注いでやるのは、やけに手のかかる相棒を世話していた名残だったかもしれない。


 一際甲高い排気音が響いたかと思うと、工房の戸が倒された。

 顔にスカーフを巻き付けた天馬繰士が、無遠慮にも入り込んでくる。


 腰を浮かせたルグドが言う。


「え、ええ? あの、いつものお爺さんなら居ませんよ?」

「…………」


 ゴーグルとスカーフをした天馬繰士の表情など、伺うことは不可能だ。


 男の体格は良く、黒革の上下で揃えた装具。

 不機嫌そうに舌打ちしたかと思うと、背を向ける。


「――――やれ」


 その男の一言で、工房の外に居た天馬繰士たちが、短剣や棍棒を手にして侵入してきた。

 ゆっくりとした足取りで、食事をしていた二人を取り囲んだ。


 時折、驚かせるのが目的のようで、棍棒が地面に叩きつけられていた。


「っ、いや、え?」


 へっぴり腰のまま、ルグドは周囲を見回す。

 その中で、暢気に三杯目の椀を飲み干したアリルが立ち上がっていた。


「ごちそうさまでした」


 椀が、そっと地面に置かれる。


 それを油断と見た男が、棍棒を振るった。

 骨を砕きかねない威力の乗った棍棒が――――回転しながら飛んで行った。


 鍋の中身を撒き散らすように、男の内容物が飛び散る。

 首から上を無くした身体が、数舜だけ立ち尽くした後で、倒れ込んだ。


 『黒い腕』から蒸気を立ち上らせ、彼女が微笑む。


「差し入れは確かに頂きましたよ――――ダリル・『マッド』・ホーク」

「クソが。……何処の差し金かは知らねぇが、生きて帰れると思うな」


 スカーフで顔を隠していた男が、否定もせずに言い放つ。

 その傲岸不遜な態度には、情の一つも存在していなかった。


「て、店長?」


 思わず、ルグドの呟きが漏れる。

 その言葉を拾ったダリルが、普段見せていた親密さを見せた。


「ああ――――何でだろうな。何でこう、上手くいかねぇんだろうな。せっかくカタギに戻ったってのによう。お前を拾って、柄にもなく『良い事』をしたつもりだったのによう。どうしてこうなっちまうんだろうなぁ?」


 次に彼が見せたのは――――悪意だった。


 誰にともない怒りだった。

 せっせと集めた砂で城を作り、それを横合いから波でさらわれた者が見せる表情だ。


 しかし、それを嘲笑する者もいる。


「片腹痛いですね。そうやって、どれだけの人間を食い物にしてきたんですかね。今更、それが自分に降りかかってきて嘆くなんて、クソ以下のゴミが見せて良い顔ではありませんよ?」


 アリルが両腕を広げた。

 その腕は、肩まで黒い手甲に覆われている。


 ゴーグルを外して投げ捨てたダリルが言った。


「『魔導兵装』――――闘士か。お前ら、下がってろ。ただし、そこのルグドは捕まえとけ。この女の後始末に使うからな」

「どういう、意味、ですか」


 表情を曇らせたルグドは、それだけしか言葉に出来なかった。

 静かな空間に、舌打ちが響く。


「金に目がくらんで余所者から追い剥ぎした、ってとこだ。逃げても無駄だぜ。この工房のジジイも共犯者だからなぁっ!」


 心臓の付近に手を当てたダリルが、大きく笑う。


「そんでよう、何も『魔導兵装』を持ってるのは、お前だけじゃないんだぜ」

「だからどうしましたか」


 今度は無表情で答えるアリルだった。

 黒い手甲に覆われた腕で徒手空拳の構えをとり、ダリルと対峙する。


「我らが同胞から奪い取ったその武器で、いい気になっているのも今のうちです」


 彼女の殺気が膨れ上がる。

 それが研ぎ澄まされ、狙いがつけられた。


 先に動いたのは――――ダリルの方だった。


 血しぶきが舞い、工房の壁に張り付く。



 戦いが、始まった。







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