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竜の呼声  作者: 比呂
追憶
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風の行方5


 暴力が吹き荒れる。


 縦横無尽に振るわれる大質量の竜尾。

 風すら斬り裂く鋭利な竜爪。

 天罰の如く命を狩りに来る竜牙。


 その全てが、まともに当たれば命は無い。


「――――っ」


 レグリアの眼が細められた。


 空中で漂う人族の男は、まるで木の葉のように翻弄され続けている。

 アルガゲヘナの攻撃によって浮かされ、未だに地面へ足をつけることが無い。


 そして、人族――――ルゴスの頬は恐怖に固まってなど、いなかった。

 むしろ、薄笑いなど浮かべている。


 それに業を煮やすのが、人族など木っ端より劣ると考えていたアルガゲヘナだった。


「ちっ、その顔をお止めなさい。気色が悪いですよ」

「そんな顔も素敵だよ、アル」

「人族ごときが、図々しいっ!」


 頭に血を登らせた、アルガゲヘナの爪が振り下ろされる。

 空中に居ては絶対に躱せない状況の中で、ルゴスは何もない空間を蹴った。


「下らない真似をしますね」


 アルガゲヘナが振り向く。

 暗闇の上に立ち、ルゴスは笑う。


「人が空を飛べないと思ったかな」

「飛ぶ――――ですって? 聞いて呆れます」


 戯れに振るわれた竜爪が、洞窟に張り巡らされた極細の糸を斬り裂いた。

 竜種の姉妹が会話している間、人族が動き回っていたことはアルガゲヘナも知っている。


 人は空を飛べない。

 ならば、小細工を弄するしか手段がない。


 魔導機関などという玩具を使うしか、空へ上がれない脆弱な種族。

 洞窟に糸を張り巡らせて、飛び跳ねる様子は虫と変わらない。


 アルガゲヘナにとって、その人族の糸を斬り捨てるのに、さほどの苦労も無い。

 彼女が初めに暴れて見せたのも、糸を断ち切るためのものだった。

 

 残った糸は、ごくわずか。

 逃げられる空間を失ったに等しい。


 地に落ちた人間に、成す術はない。


「偽者の、道化師が――――そうやって姉さまを騙したのでしょう」


 殺意とも怨恨とも取れる重圧が、ルゴスに降り注いだ。

 只の人であれば、それだけで命を諦めてしまいかねない。


 それでもルゴスが微笑みさえ返せたのは――――人類の深奥が垣間見えたとしか言いようが無い。


「僕はレグリアが好きだよ。愛している」

「――――え?」


 突然の愛の告白を聞かされた竜種の女たちが、目を点にした。

 姉の方が口を開いたまま静止し、妹の方は怒りを吐き出す。


「この下種な下等種族が、姉さまになんてことを言うのです!」

「そうかもしれない。でも、伝えなきゃ始まらないよ」

「伝えたところで――――届かなければ意味はありません」

「意味はあるさ。僕はあなたが好きです、ってことを知ってもらえることは大切だよ。だって、少しでも相手の心に残ることが出来る」

「そんなことで――――」

「伝えるってことと、自分が幸せになるってことは、同じじゃないからね。僕は、あの我が侭な竜種の娘の心を、少しだけ貰うのさ」

「…………愛されないとしても、ですか」

「愛ってのは、心の中にだけしかないよ。何を愛とするかは僕が決めることだ」

「――――」


 黙り込んでしまったアルガゲヘナが、目を細めて、改めて生物としてルゴスを見つめていた。

 塵芥が勝手なことを言う、と考えていた。


 しかし、耳を傾けてしまうのはどういうことだろう、と自問する。

 そこで、アルガゲヘナが気付く。


 前に進み出てきたレグリアが、腕を組んで立っていた。


「さあ、好きにしなさい。アル」

「姉さま?」


 妹の首が傾けられた。

 レグリアが自爆する覚悟であったことを、アルガゲヘナは察していた。


 だからこそ、その変わりように気付かされてしまう。


「頭だけにしてもいいから、ルゴスだけは逃がしてあげて」

「待て!」


 ルゴスは声を荒げるが、姉妹の視線は揺るがない。

 何を言っても無駄だと悟ったアルガゲヘナが、口元を歪めて見せた。


「ふ、ふふふふふあはははは――――いいでしょう、いいでしょう。生かしてあげます。姉さまとそこの人間だけは」


 怨嗟に引き絞られた怨念が、彼女の声を震わせる。


「ただし、それ以外は滅ぼしてあげましょう」


 それこそがアルガゲヘナの愛だと、彼女が高らかに咆哮するのだった。






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