風の行方3
魔鉱石の鉱山に空いた横穴は、通常よりも大きく幅が取られていた。
掘削することが労力に繋がるため、村人が集まった程度の人数で簡単に掘り出せるものではない。
そんなことを考えながら、ルゴスは天馬から降りて徒歩で進んでいる。
壁際に置かれた照明が、弱々しく揺れていた。
「そうだなぁ……」
魔鉱石を燃料にした照明は、珍しくも無い。
しかし、照明が置かれている間隔がやけに長いことは気にかかっていた。
「村長から詳しく聞いておけば良かったかな」
適当なことを呟きながら、先に行ったレグリアのことを追いかける。
彼女が竜の姿で飛んで行ってしまったが、何処まで行けるのかは定かではない。
ただ、限界に近いとはいえ、竜種が飛べるほどの広さであることが理解できる。
耳を済ませれば、洞窟特有の湿った風と耳鳴りが聞こえていた。
「翼の音は聞こえない、か」
羽ばたけるような広さではないが、滑空することでかなり距離を稼いでいるだろう。
すぐさま合流するつもりであれば天馬に乗っていた方が早いのだが――――『風喰い』が天馬を嫌う理由も知れていない。
「まったく、世話の焼ける……」
ルゴスは時折、虫を払うように手を振っていた。
その表情に油断は無い。
歩を進めるが、暗闇によって時間の感覚が鈍らされる。
どれだけ歩いたのか、と自問する頃には結果が出た。
耳の奥に、風の集まる音が響く。
すると、レグリアの驚嘆する声が聞こえたので怪訝な表情を漏らしてしまった。
「な、なんで――――」
彼女の影が、魔鉱石の照明によって揺れる。
その先にあるのは――――彼女と同じ姿をした竜種だった。
竜が、口端を広げてニコリと笑う。
「あらあら、お客様ですのね。足音が無いので気付きませんでした」
「これまた美しい竜だね」
「まあ、嬉しいことを言ってくださいますわ。これが噂に聞く求婚というものでしょうか。ねえ、姉さま」
ルゴスと竜の視線が、レグリアに向けられた。
彼女の眼が細められる。
「どういうことか説明しなさい、アル。いえ、アルガゲヘナ」
「どういうこと、ですか?」
アルガゲヘナがわざとらしく目を見開き、次に口元を押さえて笑う。
視線を周囲にぐるりと這わせ、レグリアを捕えた。
「姉さまと同じ、だとは思われませんか」
「同じ? でも、アルは改造の影響で身動きが取れないって――――」
「あら。肉親の言葉よりも、長老の言葉を信じるのですか」
くすくすと笑みを漏らす。
何も知らない幼子を見ておどけるときと、同じ仕草だった。
レグリアの表情が曇る。
「別に良いのよ。アルが幸せだったのなら、何だってね。……でも、そうじゃないから聞いてるんでしょうが。姉さまを舐めるんじゃないわよ」
「ふふふ、怒らないでくださいな。相変わらず、姉さまはお優しいことです。気を悪くしないで欲しいのですが、本心ですよ。だってほら、私は姉さまを待っていたのですから」
アルガゲヘナが、その翼を畳み込む。
すると、ルゴスの耳に聞こえていた耳鳴りが消えた。
風の壁が取り払われ、重苦しい臭気があふれ出た。
「なによ――――」
風の壁によって隠されていたのは、岩壁に打ち付けられた竜種の遺骸だった。
腐り果て、一部が骨を晒している。
竜種を岩に繋ぎ止めているのは、やはり、竜種の骨だった。
それらの足元には、おびただしい数の竜だったモノや、血痕に溢れていた。
喉の奥に張り付くような空気を、アルガゲヘナが肺一杯に吸い込んだ。
「見てください。私たちを『こんな』にした者どもですよ? 『技術者』たちも、自分が腑分けされるときは懇願するのですね。私たちの時に、聞きもしなかったことは忘れる物でしょうか。……ねえ、姉さま。褒めてください。アルは良くやったと、抱きしめてやってください」
「…………そうね」
レグリアが、顔を俯せにして呟いた。
抑揚も無く言葉を続ける。
「なら、一つだけ質問に答えて頂戴。外に出られたなら、どうして一番に私に会いに来なかったの?」
「それは――――姉さま。私にはやるべきことがあったのです」
「ふぅん」
目を細めたレグリアが顔を上げ、アルガゲヘナを睨みつける。
彼女の瞳に、強い光が宿る。
「ああそう、私に会うより大事な用事だった、て言うのね? そこの残骸に父さまと母さまが交じってるけど、それについて弁解はある?」
「あれらは、私たちを見捨てた元凶ではないですか!」
「ええ、そうね。……ところで、私に討伐される覚悟は出来たかしら」
「そんな!」
「大丈夫。私はちゃんとアルを愛してる。だからこそ――――止めなければいけないのよ。あなた、この世界を滅ぼすつもりでしょう?」
そう言われたアルガゲヘナが、小さく口を開けた後で、再び閉じた。
彼女の顔に嘲笑が浮かぶ。
「流石は姉さまです。そこまで見通せますか」
「というか――――技術者を脅して『風喰い』を操ってまで、私を呼び出そうとしたわけじゃない? そうすれば、全部辻褄が合うわけで。どうせアルのことだから、苦しまないようにってことで、私たち家族を亡き者にしてから動きたかったんでしょう」
「まあ――――そうですね。一番の障害になりそうな姉さまには、一番手の込んだ仕掛けをしたのですが、無駄になってしまいました」
「そうね。一番最初に私に会いに来て、出合頭に竜撃光でも放っていれば、決着はついていたでしょうにね」
「そのようです」
アルガゲヘナが、静かに頷いた。
己の失策を深く味わうように、深く頭を下げる。
「でも、無理でしょう。私はこの世界が――――とても憎い。姉さまを愛しているのと同じ程」
「そう? 私はちょっと、見直していたところよ」
レグリアの視線が、一瞬だけルゴスに向けられた。
少しだけ笑みが漏れる。
「とても甘いのよ、蜂蜜って」
彼女が翼を広げた。
ここから先は逃がさないとの意思表示だった。




