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竜の呼声  作者: 比呂
追憶
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風の行方2


 歪んだ風の塊によって遮られた空間が、勇者の剣閃で斬り開かれる。

 全身全霊の気迫を以って振るわれる剣の精度は、尋常ならざるものだ。


 思わず剣を放り投げだしそうになってしまうほどには、神経をすり減らしていた。


「――――ぐ」


 クラムにとっては、風を『視る』ことなど出来ない。


 視えないものは斬りようがない。

 まさに天賦の才であろう技術である。


 剣が人より上手に振るえても、届かない高みがあることは理解している。


 しかし、風を『視る』ことが技術であるならば。

 視えた結果、『風喰い』を屠ることが目的であるならば。


 剣を振るうしか能のない『道』からでも、同じ頂を眺めることは出来る。


 同じ場所へ居る必要はない。

 ただ、同じ高みで、同じものを眺めることは可能なのだ。


 友と呼ぶ男が、非凡であることに間違いは無い。


 友が武力という意味で、妙な劣等感を抱いていることも知っている。

 それでもクラム自身が、同じくルゴスに劣等感を抱いていることを教えてやるつもりは無い。


 己自身も友も、尊敬こそすれ侮辱する気はさらさら無いからだ。


 自分の尊敬が伝わらないなら、それはそれで構わない。

 己の『道』を進み、早く来いと言外に伝えてやるのみなのだ。


「……だが、言い過ぎたか?」


 クラムの表情が、苦笑いに包まれる。

 斬るなら斬るで、多大な努力と才能が必要だった。


 『風喰い』の殺傷圏外から攻撃して、自爆を誘発する。


 言葉にすれば短いが、そこまでの道のりは険しく遠い。


 ――――剣を振る。


 その剣筋は、風の流れを捕えなければならない。

 『視る』ことが出来ないのであれば、剣で『触る』。


 それが剣のみで生きてきた男の矜持だ。


 何万何億と振っていると、剣は風を感じられるようになる。

 皮膚が繋がったともいうべき、触感が生まれる。


 剣先からは、あらゆることを教えられる。

 岩石を斬り裂くときなどは、岩石から剣筋を教えられるほどだ。


 斬り降ろしている最中に、刃先が導かれる。


 最早、己で振り下ろしている意識などない。

 剣は斬るもの、などという驕りも無い。


 ありのままに、すべてがそうなるように、剣が『道』を辿るのだ。


 それを『風喰い』に向けて放つ。

 視えないが、さりとて『触る』ことだけを頼りに剣先で伸ばした結果は、剣による斬撃の延長だった。


 つまりは、風を使って『風喰い』を斬るという荒唐無稽な荒業である。


 どう足掻いてもたどり着けない場所を、クラムは知っている。

 それでも必死に剣を振るうことは、無駄ではないかと考えることもあった。


 ――――それでも『道』は開けた。


 洞窟までの道筋に、『風喰い』は居ない。

 そこへ、竜と天馬が降りて行った。


「ふん、後は任せた」


 クラムが無表情で言う。

 全力を尽くして結果を出した後では、他に言葉を付け足す必要を感じていなかった。






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