愛と言葉12
大空に上がれば、人族が生きていく場所で無いことを思い知らされてしまう。
肌を刺す冷風に叩きつけられ、大気が質感を持つ。
耳の奥から泡立つような音が漏れて、視界の彩りが変わった。
「ん、ようやく見えるようになってきたよ」
商用の古びた天馬を駆るのは――――口元を緩めたルゴスだ。
彼の背中に手を置き、相乗りしているクラムが言う。
「とは言うが、あの戦いに介入する余地があるのか?」
彼の冷静な返答が、風に流された。
高密度に圧縮された空気が宙を浮いて逃げ回り、それを竜が追いかけている。
時折、竜撃光が放たれると、一条の雲が空に焼き付けられた。
ことごとく、竜種の光が避けられている。
それに加えて、ルゴスたちから距離を取りながら戦闘しているようであった。
しかし、『風喰い』が天馬を嫌っていることは、最初から織り込み済みである。
「空で竜族を圧倒する相手に、真正面から戦えるわけないさ。あくまで『風喰い』の相手はレグリアにやってもらう。……けど、援護くらいはやらなきゃね」
ルゴスの操る天馬は、大きく曲がって飛び始めた。
その挙動に合わせて『風喰い』が僅かに位置を変える。
すると、『風喰い』の表面を舐めるような竜撃光が煌めく。
「あー、惜しい!」
苛立つ彼女の声が響いた。
ルゴスの意図を知ってか知らずか、攻撃の精度は上がったようだ。
「さて、このまま上手くいってくれれば良いけど」
彼はレグリアの動きと『風喰い』の逃げる先を予想しつつ、天馬を動かしていく。
そのたびに竜撃光の精度が増し、ついには『風喰い』の一部をかすめ取った。
「――――――――キ」
『風喰い』の動きが止まる。
そして、風の色が変わった。
「あ、マズイ」
思わず言葉を漏らしたルゴスは、全速力で天馬を発進させた。
背後で珍しく慌てた様子のクラムが言う。
「どうした、何があった」
「攻撃が当たった途端、『風喰い』の色が……いや、更に圧縮され始めたんだよ」
「色? 何も変わった様には言えないがな。ともかく、どうなる?」
「止めを刺しに行ったら、もろとも自爆するだろうね。今はレグリアを近寄らさないようにしないと」
商用天馬の性能はあまり良いものではないが、追い風に乗れば速度は上げられる。
最短で、最速で、空に向かう上昇気流を見分け、組み立てていく。
その彼らの寸前で、牙を剥いたレグリアが飛び込んで来た。
「さあ、これで終わりよ!」
「離れろ!」
ルゴスが叫ぶ。
天馬を彼女の前に割り入れるには、あと少し足りなかった。
体当たりで彼女を止められる時間は残されていない。
残された手段は――――細く伸びた極細の気流のみだ。
「まったく、これだからもう!」
彼は、気流に極細の糸を流し込んだ。
伸びた先には、レグリアがいる。
気流に乗って糸が飛び、その身に巻き付いた。
「あ、ちょっと! 何するのよ!」
「馬鹿、そこから離れろ!」
圧縮を続けていた『風喰い』が、弾け飛んだ。
風圧が気流を押し出し、乱暴に舞う。
遅れて意識が戻ってきたルゴスは、竜の無事を見て喜ぶ。
「ふ、ふぅ、助かってよかった――――あ」
安堵の息を漏らし、ひと段落付いたところで下を向くと、そこには鉱山の入り口が見えた。
そして、入り口から、数個の『風喰い』が生まれ出る。
「これは、また――――」
一体だけでも面倒な『風喰い』が、空へ舞い上がるのだった。




