愛と言葉10
突風が巻き上がり、木の葉が飛び交う。
頭を押さえつけられるほどの吹き降ろしは、竜種が飛び上がるための揚力に必要なものだ。
水を得た魚のように、空を縫って飛ぶ竜種――――レグリアが小さくなってしまうまでに、それほどの時間を必要としなかった。
「ああなってしまえば、種族の差を思い知らされてしまうな」
クラムがそう語りかけながら、腰に差した剣の柄から手を離した。
彼の言葉が平坦だったのは、何も感じていないのではなく、染み出る感情を押さえつけた結果だった。
人族最高峰の剣技を持ったとして、空を飛ぶ竜種まで斬れはしない。
ましてや、竜種を翻弄する『風喰い』を斬ることなど出来ようものか。
血を吐いてまで努力して、渇望する想いまでは届かない。
そんなことをして何になる、と言葉を向けられることもあった。
クラムが目を閉じ、懐から短剣を取り出す。
「やはり、使わなければ届かんか」
それは、『風喰い』討伐において竜王国の宝物殿から貸与された短剣だった。
これを使うのは、人間の業では届かないことを認めてしまうのと同義であろう。
人間の限界、技の到達点――――それでも届かぬ頂きを前に、息を殺してしまうのは否めない。
諦めを容認することで、己の剣技を汚してしまう気がしていた。
そんな葛藤を知ってか知らずか、目を輝かせた男――――ルゴスが言う。
「いやぁ、やっぱり凄いね。竜種ってのはさ」
「……ああ、まあ、そうだな」
クラムが言葉を濁した。
ただし、ルゴスはそんなことを気にしている素振りがない。
「凄いなぁ、うん、良いなぁ。奇麗だよね、あれ。……近くに行きたいなぁ」
彼は、恋焦がれる少年の顔をしていた。
クラムからしてみれば、身の程を知らない、取るに足らない人間のたわごとだった。
それでも、彼の言葉が素直に聞けたのは、ルゴスが竜種を尊敬していたからだろう。
凄いものは凄い。
ルゴスにしてみれば当たり前のことだが、人族最高峰の剣士にしては身に詰まされる。
すなわち、驕り。
俺の剣が届かないのか、という傲慢。
それが子供の我が侭と大差ないことに気付かされたクラムが、大きく息を吐き、力を抜いた。
「――――はぁ。己の未熟さに気付かされるとはな」
「そんなことより、天馬を起こすの手伝ってくれないかな。行ってみようよ」
そんな事とはなんだ、と言いそうになって口を紡ぐ。
ルゴスが何をしようとしているか理解したからだ。
「行くだと?」
「ああ、そうさ。近くまで行ってみよう」
まさに、結果を考えない好奇心の塊だった。
竜種と『風喰い』の争いに巻き込まれて、命の保証など無い。
ただ、そんなことを言って聞くような男でもない。
つまりはルゴスも子供の我が侭と大差ない。
クラムの溜息が、とても深く吐き出される。
「はぁぁ――――」
感心した己が悪かったのか。
自問しても始まらない。
ただ、間違ってはいない。
驕りも傲慢も反省も好奇心も、全て己自身だと知ったのみだ。
「まあ……やってみるか」
クラムの呟きは気楽なもので、とても晴れやかなものになっていた。
手伝いを待ちきれないルゴスは、勝手に天馬から荷台を引きはがそうとしている。
それをクラムが、剣の一閃で天馬と荷台の接合部を断ち切った。
「うひぃっ! あ、危ないだろ!」
「こっちの方が早い。それで、行けるのか」
「多分ね」
天馬を起こしあげたルゴスは、笑う。
二人の視線が、空へ浮かぶ竜種と『風喰い』に向けられるのだった。




