愛と言葉7
ルゴスたちの食事が終わりかけた頃、部屋の外で足音が聞こえた。
小さく扉を叩く音の後に、白髪の老人が入って来る。
村長が、ぎこちない笑い顔で言った。
「さて、ご満足いただけましたでしょうか」
「そうだな、助かった」
クラムが頷き、僅かに笑みを浮かべた。
目前の空になった皿を見せる。
「食事に毒が盛られていると思ったが、そんなことはなかったな」
「……あの、どういうことでしょう。毒ですか?」
村長の表情が硬くなる。
その場の空気が張り詰めたものに変わった。
クラムに油断は無く、座ったままでも剣を振れる技量はある。
ルゴスは興味無さそうに周囲を眺めているが、死角からの急襲を警戒していた。
ただし、どんなときにも緊迫した雰囲気を意に介さない者は居る。
「中々の味だったわ」
得意気な表情のレグリアが、そう言いながら口の中で魔鉱石を噛み砕く。
破砕の音がやけに大きく響き、村長が顔を引きつらせた。
彼女が人間の姿をしているだけに、激しい違和感がまとわりつく。
呆れた態度で、ルゴスは聞いてみた。
「何食べてるのさ」
「え? ここで拾った魔鉱石よ」
「本当に食べるんだね」
「いつもはそんなに食べないわ。空気中の魔素だけで充分だもの。でも、竜撃光を出し過ぎたりすると、無性に食べたくなるわね」
平然と魔鉱石を噛み砕きながら言うレグリアだった。
彼女に恐れをなしたのか、村長が悲鳴を上げて逃げ出した。
「――――ひいいいいっ」
「む、油断した……」
腰を浮かせた状態で、クラムが口元を硬くする。
魔鉱石を噛み砕く音に意表を突かれ、逃げ出した村長を止められなかった。
生け捕りにしようとした慢心に心の中で舌打ちしつつ、援護役を任せていた従者に動きが無かったことも疑問に感じた。
彼の視線が、ルゴスに向けられる。
「わざと逃がしたのか?」
「まだ相手が敵だと決まったわけじゃないからね。ちょっと泳がせてみよう」
「……搦手は苦手だ」
「え、村長に誘導尋問してたよね。毒とか」
「思ったままの感想を言っただけだ。そうしたら逃げた」
真面目な顔をして言うクラムに、一欠けの嘘も無い。
ルゴスは微笑を浮かべ、頷かざるを得なかった。
「ああ、なるほど。毒を吐いたのは君だったというわけだね」
「何を言っている?」
「君は良い人間だな、と思っただけさ」
「馬鹿にされた気分だが」
「……こっちの言葉も素直に聞いてくれたらいいのに」
彼は椅子から立ち上がり、荷物をまとめ始める。
クラムも何も言わず、それに続いた。
レグリアだけが、座ったままでテーブルに手を置いている。
「ところで、人間には食後のデザートというものがあると村長に聞いているのだけど、それはいつになったら出てくるのかしら。ねえ?」
「あー……それは無理じゃないかなぁ」
「どうしてよ」
頬を膨らませて、抗議の意を示す。
彼女の顔が、扉の外に向けられた。
「何か外が騒がしいわね。デザートが来たのかも」
「そうだと良かったんだけど」
ルゴスは苦笑いした。
金属鎧の擦れ合う音がする。
喧騒と号令が飛び、廊下に乱暴な足音が響く。
部屋に飛び込んで来た兵士が複数、槍を構えた。
遅れて、指揮官らしき兵士が抜き身の剣を晒して現れた。
小さい口髭を揺らして言う。
「俺はイルデン領主軍所属、ロンデルだ。貴様らには村民を脅した罪、冬越しのための食料を奪った罪、イルデン領土に許可もなく侵入した罪がある。大人しく捕縛されろ。抵抗するなら、隣国の勇者と言えど容赦せん」
「うん、まあ、わかりやすくていいよね」
へらへらと笑うルゴスだった。
クラムが懐から聖王国由来の紋章を取り出す。
「言いがかりはよしてもらおう。我々は村人に相応の対価を支払っている。イルデン領主にも、聖王国から正式な書簡を送っているはずだ」
「申し開きは、こちらの詰所で行ってもらう! 武装解除して大人しくしろ!」
喧々囂々と人間がやり合っている中、やはり竜族の娘に空気を読むことなど出来なかった。
「ねえ、デザートは?」
「うるさい小娘っ!」
指揮官の兵士が、口を挟んだ少女を一喝した。
抜き身の剣を向けて、脅すように言う。
「次に口を開けば、頭と胴を切り離すぞ!」
「…………」
ルゴスとクラムが、無言で指揮官から距離を取った。
荷物をまとめ、背負う準備をする。
兵士たちの後ろにいた村長も、その場から逃げ出していた。
「ぬ、何だ?」
違和感に気付いた指揮官が剣先を鈍らせるも、遅かった。
皿が満載されていたテーブルが弾け飛び、壁を突き破る。
次の瞬間には、指揮官の兵士が殴り飛ばされていた。
控えていた兵士を巻き込みながら、家屋を破壊して散り転がる。
手の埃を払い、レグリアが言った。
「さあ、私が勝ったわよね。分かったら、デザートを持って来なさい」
そう言った彼女の微笑みは、デザートなる物への期待に満ちていた。
しかし、彼女に話しかける者はおらず、逃げ出した村長は戻ってこないのだった。




