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竜の呼声  作者: 比呂
追憶
33/44

愛と言葉7


 ルゴスたちの食事が終わりかけた頃、部屋の外で足音が聞こえた。

 小さく扉を叩く音の後に、白髪の老人が入って来る。


 村長が、ぎこちない笑い顔で言った。


「さて、ご満足いただけましたでしょうか」

「そうだな、助かった」


 クラムが頷き、僅かに笑みを浮かべた。

 目前の空になった皿を見せる。


「食事に毒が盛られていると思ったが、そんなことはなかったな」

「……あの、どういうことでしょう。毒ですか?」


 村長の表情が硬くなる。


 その場の空気が張り詰めたものに変わった。

 クラムに油断は無く、座ったままでも剣を振れる技量はある。


 ルゴスは興味無さそうに周囲を眺めているが、死角からの急襲を警戒していた。


 ただし、どんなときにも緊迫した雰囲気を意に介さない者は居る。


「中々の味だったわ」


 得意気な表情のレグリアが、そう言いながら口の中で魔鉱石を噛み砕く。

 破砕の音がやけに大きく響き、村長が顔を引きつらせた。


 彼女が人間の姿をしているだけに、激しい違和感がまとわりつく。

 呆れた態度で、ルゴスは聞いてみた。


「何食べてるのさ」

「え? ここで拾った魔鉱石よ」

「本当に食べるんだね」

「いつもはそんなに食べないわ。空気中の魔素だけで充分だもの。でも、竜撃光を出し過ぎたりすると、無性に食べたくなるわね」


 平然と魔鉱石を噛み砕きながら言うレグリアだった。

 彼女に恐れをなしたのか、村長が悲鳴を上げて逃げ出した。


「――――ひいいいいっ」

「む、油断した……」


 腰を浮かせた状態で、クラムが口元を硬くする。

 魔鉱石を噛み砕く音に意表を突かれ、逃げ出した村長を止められなかった。


 生け捕りにしようとした慢心に心の中で舌打ちしつつ、援護役を任せていた従者に動きが無かったことも疑問に感じた。


 彼の視線が、ルゴスに向けられる。


「わざと逃がしたのか?」

「まだ相手が敵だと決まったわけじゃないからね。ちょっと泳がせてみよう」

「……搦手は苦手だ」

「え、村長に誘導尋問してたよね。毒とか」

「思ったままの感想を言っただけだ。そうしたら逃げた」


 真面目な顔をして言うクラムに、一欠けの嘘も無い。

 ルゴスは微笑を浮かべ、頷かざるを得なかった。


「ああ、なるほど。毒を吐いたのは君だったというわけだね」

「何を言っている?」

「君は良い人間だな、と思っただけさ」

「馬鹿にされた気分だが」

「……こっちの言葉も素直に聞いてくれたらいいのに」


 彼は椅子から立ち上がり、荷物をまとめ始める。

 クラムも何も言わず、それに続いた。


 レグリアだけが、座ったままでテーブルに手を置いている。


「ところで、人間には食後のデザートというものがあると村長に聞いているのだけど、それはいつになったら出てくるのかしら。ねえ?」

「あー……それは無理じゃないかなぁ」

「どうしてよ」


 頬を膨らませて、抗議の意を示す。

 彼女の顔が、扉の外に向けられた。


「何か外が騒がしいわね。デザートが来たのかも」

「そうだと良かったんだけど」


 ルゴスは苦笑いした。


 金属鎧の擦れ合う音がする。

 喧騒と号令が飛び、廊下に乱暴な足音が響く。


 部屋に飛び込んで来た兵士が複数、槍を構えた。

 遅れて、指揮官らしき兵士が抜き身の剣を晒して現れた。


 小さい口髭を揺らして言う。


「俺はイルデン領主軍所属、ロンデルだ。貴様らには村民を脅した罪、冬越しのための食料を奪った罪、イルデン領土に許可もなく侵入した罪がある。大人しく捕縛されろ。抵抗するなら、隣国の勇者と言えど容赦せん」

「うん、まあ、わかりやすくていいよね」


 へらへらと笑うルゴスだった。

 クラムが懐から聖王国由来の紋章を取り出す。


「言いがかりはよしてもらおう。我々は村人に相応の対価を支払っている。イルデン領主にも、聖王国から正式な書簡を送っているはずだ」

「申し開きは、こちらの詰所で行ってもらう! 武装解除して大人しくしろ!」


 喧々囂々と人間がやり合っている中、やはり竜族の娘に空気を読むことなど出来なかった。


「ねえ、デザートは?」

「うるさい小娘っ!」


 指揮官の兵士が、口を挟んだ少女を一喝した。

 抜き身の剣を向けて、脅すように言う。


「次に口を開けば、頭と胴を切り離すぞ!」

「…………」


 ルゴスとクラムが、無言で指揮官から距離を取った。

 荷物をまとめ、背負う準備をする。


 兵士たちの後ろにいた村長も、その場から逃げ出していた。


「ぬ、何だ?」


 違和感に気付いた指揮官が剣先を鈍らせるも、遅かった。


 皿が満載されていたテーブルが弾け飛び、壁を突き破る。


 次の瞬間には、指揮官の兵士が殴り飛ばされていた。

 控えていた兵士を巻き込みながら、家屋を破壊して散り転がる。


 手の埃を払い、レグリアが言った。


「さあ、私が勝ったわよね。分かったら、デザートを持って来なさい」


 そう言った彼女の微笑みは、デザートなる物への期待に満ちていた。

 しかし、彼女に話しかける者はおらず、逃げ出した村長は戻ってこないのだった。








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