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竜の呼声  作者: 比呂
追憶
31/44

愛と言葉5


 過酷な道なりというものは、人の心を容易に折ってしまう。

 ただし、竜族の娘の心はもっと早くに折れていた。


「もう帰りたいわ」


 目を細め、口を尖らせて座り込むレグリアであった。

 彼女の背中にある籠は、既に空となっている。


 それを見て息を吐いたルゴスは、腰元の携帯食料から干し肉を取り出して渡す。


「これでも食べておいて」

「いいわよ」


 彼女が硬い肉をバリボリと喰いちぎっている間に、彼はクラムに話しかけた。


「……食いしん坊のことはさておき、確かに食料事情は良くないね。帰りを考えるとギリギリか、少し足りないくらいだよ」

「わかっている。想定より道が悪すぎた」


 厳しい顔をしたクラムが、周囲を見渡した。

 山道か獣道でもあれば、少しは楽が出来ただろうが、それも当てにならない道行だった。


 そもそも目的は『風喰い』を討伐することだ。

 竜通空帯に出現し、気流を乱している存在を見つけるには、手間がかかる。


 竜族からもたらされた証言から、予想された潜伏先がこの山であった。

 通常であれば山狩りを行い、人海戦術で捜索するのが通例だろう。


 それが、この三人である。

 竜族のプライドを刺激しないために人を集められないのであれば、どれだけの時間がかかるかわかったものではない。


 クラムが顎に手を添え、難しく唸る。


「一度、引き返すより他ないな」

「そうだね、それがいい。天馬でも使えれば良かったんだろうけどね」

「まあ、な」


 無い物ねだりだが、と彼が短く呟く。


 天馬があるだけで、相当な労苦が解消されることは間違いない。

 人間も荷物も山盛りのベーコンでさえも、苦労することなく運んでいける。


 それでも天馬を使わない理由は、『風喰い』が天馬を嫌うことだ。

 『風喰い』の捜索に天馬が使われたが、その際には、一切姿を見せなかったという。


 天馬の使用は竜族にも難色を示されたため、今回の探索には使われていない。

 天馬乗りであるルゴスとしてもやるせないことだが、どうしようもないことではあった。


「さて、お姫様の機嫌を損なわないうちに、一旦帰ろうか――――ん?」


 干し肉を齧らせていたレグリアが、肉を咥えたまま、森の奥を凝視していた。

 しばらくして、興味をなくしたように、目を細める。


 彼女の隣に立ったルゴスは、同じ方向を見ながら言った。


「何かあったの?」

「見られてる気がしたのよ。それも複数ね。でも、すぐに消えたから大したものじゃないわ」

「……それ、人間だった?」

「さあ? 人間か野生動物かの違い何てわからないわよ。まあ、竜族で無いことは確かね」


 それを聞いたルゴスは、勝手知ったる相棒へ視線を送った。

 戦いのことになるとずば抜けた才能を持つクラムが、剣呑な雰囲気で首を横に振る。


 彼が気配を察知できない距離となると、今すぐ戦いになることは無いだろう。


「何にせよ、準備不足だ」

 

 クラムの言葉で、即時撤退が決定される。

 ここから村への帰還は、襲撃されることも予想しなければならない。


 しかし、それに竜族が耳を傾けることも無かった。


「この私を睨みつけておいて逃げるなんて、良い度胸じゃない」


 すっくりと立ち上がったレグリアが、ずんずんと森の奥へ向かって歩いて行ってしまった。

 帰ろうとしていた二人は、一瞬だけ茫然とする。


 先に我に返ったのはルゴスの方で、彼女を捕まえようと追いかけた。


「いやいやいや、待て、待ちなさい、お願いだから止まってくれないか」

「ん? 竜族に喧嘩売っといて、それは無理でしょう」


 レグリアの微笑みの裏には、怒りが内包されていた。


 ――――何を言ってもきかないかもしれない。


 竜族のプライドの高さは、誰もが知るところだ。

 それでも、彼女を止めなければならない理由があった。


 ここで森に入ってしまえば、食料はとても足りない。


「もうベーコンは無いんだぞ? 村に帰ってからにしよう!」

「んぐ」


 竜族の足が止まる。

 真剣な瞳で葛藤していた。


 彼女が視線を地面に向けたその先で、見慣れたものが落ちていた。


「何だ?」


 停止しているレグリアをそのままにして、ルグドは地面に屈む。

 落ちていたものは――――魔鉱石の欠片だった。












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