愛と言葉5
過酷な道なりというものは、人の心を容易に折ってしまう。
ただし、竜族の娘の心はもっと早くに折れていた。
「もう帰りたいわ」
目を細め、口を尖らせて座り込むレグリアであった。
彼女の背中にある籠は、既に空となっている。
それを見て息を吐いたルゴスは、腰元の携帯食料から干し肉を取り出して渡す。
「これでも食べておいて」
「いいわよ」
彼女が硬い肉をバリボリと喰いちぎっている間に、彼はクラムに話しかけた。
「……食いしん坊のことはさておき、確かに食料事情は良くないね。帰りを考えるとギリギリか、少し足りないくらいだよ」
「わかっている。想定より道が悪すぎた」
厳しい顔をしたクラムが、周囲を見渡した。
山道か獣道でもあれば、少しは楽が出来ただろうが、それも当てにならない道行だった。
そもそも目的は『風喰い』を討伐することだ。
竜通空帯に出現し、気流を乱している存在を見つけるには、手間がかかる。
竜族からもたらされた証言から、予想された潜伏先がこの山であった。
通常であれば山狩りを行い、人海戦術で捜索するのが通例だろう。
それが、この三人である。
竜族のプライドを刺激しないために人を集められないのであれば、どれだけの時間がかかるかわかったものではない。
クラムが顎に手を添え、難しく唸る。
「一度、引き返すより他ないな」
「そうだね、それがいい。天馬でも使えれば良かったんだろうけどね」
「まあ、な」
無い物ねだりだが、と彼が短く呟く。
天馬があるだけで、相当な労苦が解消されることは間違いない。
人間も荷物も山盛りのベーコンでさえも、苦労することなく運んでいける。
それでも天馬を使わない理由は、『風喰い』が天馬を嫌うことだ。
『風喰い』の捜索に天馬が使われたが、その際には、一切姿を見せなかったという。
天馬の使用は竜族にも難色を示されたため、今回の探索には使われていない。
天馬乗りであるルゴスとしてもやるせないことだが、どうしようもないことではあった。
「さて、お姫様の機嫌を損なわないうちに、一旦帰ろうか――――ん?」
干し肉を齧らせていたレグリアが、肉を咥えたまま、森の奥を凝視していた。
しばらくして、興味をなくしたように、目を細める。
彼女の隣に立ったルゴスは、同じ方向を見ながら言った。
「何かあったの?」
「見られてる気がしたのよ。それも複数ね。でも、すぐに消えたから大したものじゃないわ」
「……それ、人間だった?」
「さあ? 人間か野生動物かの違い何てわからないわよ。まあ、竜族で無いことは確かね」
それを聞いたルゴスは、勝手知ったる相棒へ視線を送った。
戦いのことになるとずば抜けた才能を持つクラムが、剣呑な雰囲気で首を横に振る。
彼が気配を察知できない距離となると、今すぐ戦いになることは無いだろう。
「何にせよ、準備不足だ」
クラムの言葉で、即時撤退が決定される。
ここから村への帰還は、襲撃されることも予想しなければならない。
しかし、それに竜族が耳を傾けることも無かった。
「この私を睨みつけておいて逃げるなんて、良い度胸じゃない」
すっくりと立ち上がったレグリアが、ずんずんと森の奥へ向かって歩いて行ってしまった。
帰ろうとしていた二人は、一瞬だけ茫然とする。
先に我に返ったのはルゴスの方で、彼女を捕まえようと追いかけた。
「いやいやいや、待て、待ちなさい、お願いだから止まってくれないか」
「ん? 竜族に喧嘩売っといて、それは無理でしょう」
レグリアの微笑みの裏には、怒りが内包されていた。
――――何を言ってもきかないかもしれない。
竜族のプライドの高さは、誰もが知るところだ。
それでも、彼女を止めなければならない理由があった。
ここで森に入ってしまえば、食料はとても足りない。
「もうベーコンは無いんだぞ? 村に帰ってからにしよう!」
「んぐ」
竜族の足が止まる。
真剣な瞳で葛藤していた。
彼女が視線を地面に向けたその先で、見慣れたものが落ちていた。
「何だ?」
停止しているレグリアをそのままにして、ルグドは地面に屈む。
落ちていたものは――――魔鉱石の欠片だった。




