愛と言葉4
山を登るということは、旅慣れた者でも難しい。
険しい坂に体力を削られ、見通しの利かない道程で遭難を起こさせる。
ただし、空を飛べる竜種がそれを知る由も無い。
「飛べばいいじゃない?」
真顔のレグリアが、そう言った。
鬱蒼と茂る森に囲まれた山を見て、放った言葉である。
「――――」
額を抑えるクラムと、呆れた笑いを浮かべるルゴスの顔があった。
何と言って良いか言葉に悩むクラムを尻目に、ルゴスが従者としての役割を果たす。
「君のところの王様から、話は聞いてるよね?」
「『風喰い』を退治すればいいんでしょ。簡単だわ!」
自信が溢れんばかりに満たされている彼女の笑顔が美しい。
ついでに中身も伴っていれば、と思ったルゴスだった。
「確かに、竜が戦えば『風喰い』など鎧袖一触、何するほどのものでもないけどね」
「わかってるじゃない」
ふんふん、と気持ちよく鼻息を荒くする竜種の娘。
これで話が終われば、竜族と人族が並んで退治に行く必要はない。
ルゴスは仕方なく口を開く。
「ただね、相手は古代精霊種だからねぇ。生物というよりは自然現象に近い存在なんだよ。強い気配に敏感で、竜種が来ると姿を消すんだ」
「臆病者のすることよ、仕方ないわ」
「そうだね。その臆病者に『竜通空帯』の風を喰われて、原因調査を頼んで来た竜もいるんだけどね」
君んとこの王様だけど、とは心の中で呟くだけにしておいた。
基本的に、竜族からの頼みごとは珍しい。
大きな貸しを作れるということで、狂喜乱舞した聖王国の重鎮が二つ返事で承諾した結果、討伐を押し付けられたルゴスたちが、何を言うべくもない。
「ふぅん、そうなの。何か聞いたことがあるような話ねぇ。でも心配いらないわ。私がいるでしょう?」
いつまでも鼻息が荒いレグリアであった。
この娘を送り込んできた竜族の王に物申したい気分さえ沸き上がる彼だが、お目通りすることは無いので考えても仕方ない。
それよりは、目の前の娘を何とかする方が建設的と言うものだろう。
「だから話は戻るけどね、その背中にある山盛りのベーコン、降ろそうか」
「嫌よ」
彼女が顔を横へ向けた。
背負っている籠には、山盛りのベーコンがこれでもかと敷き詰められている。
この村にあった保存食をすべて買い漁った成果である。
冬籠りの準備とかどうすんだ、とルゴスは思わなくもなかったが、それよりも竜族から賜るものの方が良かったらしい。
ちなみに、レグリアが村人へベーコンの報酬として渡したものは、『竜の涙』だった。
それも、味見と称して食べたベーコンが美味しすぎて流した涙である。
『竜の涙』は万病に効くとされ、都で売れば籠一杯のベーコンなど話にならない金貨が手に入る。
「そんな幻の品なんて、どうやって本物か偽物か見分けるんだ」
と素朴な疑問を口にしたクラムの言葉さえ、村人には届かなかった。
勇者と従者が検討した結果、いざというときは村人が使えばいい、という判断で落ち着いた。
問題は、竜の娘がベーコンを気に入りすぎたことだ。
「でもね――――」
尚も説得しようとする彼の肩を、クラムが掴む。
「もういいだろう。話していても日が暮れる。この娘の荷物は、俺たちで分担するぞ」
「やっぱり、そうなるよね」
ルゴスは弱々しく笑い、山への道のりを見て肩を落とすのだった。




