愛と言葉3
村の広場に出てから、レグリアを探すのに苦労することは無かった。
ルゴスの視線の先に、黙々と作業を行う彼女がいたからだ。
村長の家から出て真っ先に竜の娘が行ったことは、目についた家畜小屋へまっすぐに向かい、豚を小脇に抱えることだった。
「ど、泥棒っ」
「え、何処にいるのよ。私が懲らしめてやるわ!」
抱えられている豚がプギィ、と鳴いて足を動かし、空中を泳ぐ。
彼は豚を取り上げようとするが、レグリアが一歩下がった。
「何するのよ」
「他人の物を勝手に取ったら泥棒だぞ」
「ええ、そうね。だから何?」
豚を抱えたままで、彼女が訝し気に睨みつけてくる。
本気で分かって無さそうなので、大きな溜息と共に、彼は口調を変えて言う。
「ブタ、トル。オマエ。ドロボウ」
「ちょっと待って。その言葉遣いは馬鹿にされているようで腹が立つわ」
「オマエ。ワカラナイ。オレ。カナシイ」
「……今度は手加減しないわよ」
レグリアが握り拳を見せたところで、ルグドが首を振った。
「とりあえず、その豚は返そうか」
「嫌よ。これからあの山に登る準備をするんでしょう? ご飯が必要じゃないの」
奪われないように背後へ豚を隠すレグリアだった。
うんうん、とルゴスは頷く。
「だから、その豚を連れて行くのかい?」
「当たり前よ」
「どうやって食べる気?」
「飲み込めるでしょ、これくらい。携帯するなら丁度いい大きさだわ」
「ああ、なるほど」
彼は優しい目になった。
確かに種族の壁というものは存在していたらしい。
豚を見て飲み込むという発想は、人間では中々出てこないものだ。
竜にとって、豚はお弁当という感覚なのだろう。
「でもまあ、その豚は返してくれるか。村人に怒られるから」
「え? 何で勇者が村人に怒られるのよ。逆でしょう。私たちは山の『風喰い』を退治しに来たのだから、ご飯くらいくれるのが礼儀ってものじゃない?」
「あー、まあねぇ」
彼の相槌に、いまいち納得がいっていない様子の彼女だった。
竜族としては、王が民のために戦うのは当たり前で、貢物も当たり前なのだ。
人族も大枠ではそれで間違っていない。
ただし、今回は事情が存在する。
「ここ、聖王国じゃないから」
「?」
眉をひそめて、首を傾げるレグリアだった。
豚が鳴く。
「お隣さんの国だからね。勇者の肩書も、あんまり意味ないんだ。きちんとお金を払わないと、牢屋に入れられるね」
「人族同士で、国が違うの?」
単一種族で成り立っている竜族の娘としても、物知らずなことだった。
箱入り娘とも違う、認識のずれがある。
微かな違和感を抱きつつ、ルゴスは頷いた。
「違うんだよ。だから、その豚は返して、もっと良いものを買おう」
「もっと良いもの?」
明らかに餌に喰いついてきた顔をしていた。
その純粋な興味に、ルゴスの頬が緩む。
「豚の丸飲みよりは美味しいさ」
なあ豚くん、と彼はレグリアの背後に声を掛けた。
すると返事をするように、豚の鳴き声が響き渡るのだった。




