愛と言葉2
竜族の娘が水浴びをしていた小川から近くに、小さな寒村があった。
行商の通り道でもないので栄えることも無いが、近場にある山脈への足掛かりとして利用されることもある場所だった。
包帯を全身に巻き付けられたクラムが、ベッドの上で呟いた。
「俺も修行が足りんな……」
レグリアが、バツの悪そうな顔をして横を向く。
「私の所為、じゃないんだから」
彼女の視線の先で、ルゴスは顔を腫らして立っていた。
不満が顔から漏れ出している。
「……すいません」
竜族に殴られたとあっては顔面喪失もいいところなので、こちらの方は手加減されていたらしい。
それもあって謝ってはいるが、納得はしていない。
ベッドで寝ているクラムが、溜息を吐く。
「はあ。まあ、しばらくすれば回復するだろう。それより、山へ登る準備を頼みたい。それまではここに居られるんだろう?」
「そうだね」
ルゴスは頷いた。
寒村に医療所などなく、今は村長の家を間借りしている。
少なくない金額を前渡ししているので、数日は宿泊しても何も言われないだろう。
ただし、嫌な顔をされることは我慢しなければならない。
「えぇ……」
それでも、露骨に嫌な顔をするのが、レグリアだった。
邪竜が世界を荒らして以降、竜族は恐怖の対象として見られている。
人族の村で、彼女の気分が良かろうはずもない。
「すまんな。人族が貧弱なばかりに、迷惑をかける」
騎士として、勇者として目礼するクラムだった。
怪我人にそんなことをされては、流石のレグリアも困り顔で応じる。
「概ねその通りだけど、まあ、うん、仕方ないことだわ。竜族が凄すぎるから」
「ああ。代わりに、そこのルゴスを従者として存分にこき使ってくれて構わない」
「え?」
僕に振るのかよ、と言わんばかりの視線を向けるルゴスだが、クラムが薄ら笑った。
「俺が動けないんだ、それしかないだろう」
「いやでも」
「使うのは構わないけど、この従者、本当に役に立つのかしらねぇ。覗き以外で?」
不審人物を睨む瞳をしていたが、それも仕方ない。
竜族の水浴びを覗く変態だという認識で、間違いないからだ。
「この村でも、人族を連れて歩けば畏怖の視線も抑えられるはずだ。角を隠す気はないんだろう?」
直截的なクラムの言葉に、何かを言いかけたレグリアが口を紡ぐ。
「…………。そう、ね。わかったわ」
踵を返し、彼女が一人だけで部屋から出て行こうとする。
扉を開けて、立ち止まることも無く出て行った。
ベッドで寝転んでいる包帯男が、短く息を吐いた。
「何をしてる。追いかけろ。あの娘は金を持ってないぞ」
「え、そうなの?」
「お前も話を聞かん男だな。元々が高貴な出らしいからな、普通なら共回りが付かんと外を歩かん立場だ。買い物が出来ると思うか?」
「無理、だね」
「そんな竜族が村に出たんだ、結果は聞くまでも無いだろう」
「そりゃそうだ」
ルゴスは慌てて追いかけることにした。
部屋から出る間際、顔だけベッドに向ける。
「……で、何を企んでるのさ」
「企みか? まあ、そうだな。全てが片付けば教えてやる」
「ふぅん」
クラムの言葉は、これ以上は喋らないという意味だった。
聞いても無駄なことに、時間を割く余裕はない。
「まあいいけど」
ルゴスは、女の尻を追いかけた。
その尻に敷かれることになるとは、まだ考えてもいない頃だった。




