希望2
山脈の稜線から、陽光が溢れ出す。
それに照らされた竜の一団が、黄金色に染め上げられていた。
微かに反響し、叫ばれる竜の呼声。
程なくして、光と見紛う竜が降下した。
噴水を背にして、水に沈む人族を守護するように立ち塞がる。
「――――帰ってきたぞ!」
疲労困憊の様子で、高らかに宣言した。
角の無い竜が、血に濡れた王冠を手にしている。
それをクラムの足元に放り投げた。
彼が無言のまま、王冠に視線を向ける。
「…………」
「おい、よく見ろよ。『勇者』に命令を出した聖王国エストレアの王は、もう居ねぇぞ」
リイナの言葉に続き、竜たちが降りてきた。
傷まみれのエンテル公と、彼を支えて立つシュカ達がいる。
剣を持ったままのクラムが、極度に疲労した竜族を眺めて言った。
「今更出てきて何の用だ。斬られたいのか」
「……哀れな男よ」
エンテル公が、憐憫の眼差しを向ける。
その声音に嘘偽りは無く、侵攻してきた人族に対する怒りも見えなかった。
「友を理解しておきながら、道を違えざるを得なかったそなただ。まだ足りぬというなら、我だけを斬るがよい。気は晴れぬと思うがな」
「――――ふん」
クラムが抜き身の剣を振り、刀身を鞘へ納めた。
「王が無ければ、斬る理由も無い」
「それが、そなたの考える『理想』か」
「ただの『剣』に理想など無い。あるのは――――いや、もういい。これはお前に語ることではない」
「いいのですか?」
今まで黙っていたアルガゲヘナが、微笑みを湛えたままクラムの傍らに立っている。
既に臨戦態勢は整っており、彼女の撫でるような一撃で、ガーレンティア竜峰が灰燼に帰すことだろう。
しかし、目の前に滅びが見えているはずの竜族達に、その場を引く様子は見られない。
戦おうとするでもなく、逃げるわけでもなく、ただ、倒れている人族の男と共にあろうとしているだけだ。
クラムが『友』であった男を一瞥し、背を向ける。
「終わったことだ。それより、聖王国に戻るぞ。国には新しく王を頂かなければいけない。でなければ、『剣』に役割が無い」
「そう、ですか」
アルガゲヘナが、殺気ではないものを、リイナたちへ向けた。
それが羨望であったことなど、この場に居る誰もが気付けなかった。
勇者と邪竜――――強大な存在が去って行く。
その背中を見送り、リイナが疲れた身体に鞭を打つ。
「さ、もうそろそろ引き上げてやろうぜ」
彼女が人の姿に戻り、無遠慮に水しぶきを上げながら噴水の中へ入っていく。
背を向けて浮いているルグドをわき腹から抱え込み、持ち上げた。
「ったく、私様に無茶ばっかりやらせやがって」
噴水から出ると、彼女にしては丁寧に彼の身体を寝かせた。
顔にかかる濡れた髪を払ってやり、溜息を吐く。
「光に向かって飛べ、って、もっと分かりやすく言えってんだ」
横たわるルグドの隣に胡坐をかいて座り、彼を見つめていた。
この竜峰から太陽の昇る方角に、聖王国が位置している。
竜通空帯を飛び、太陽の光が僅かでも見える方向へ飛べば、いずれは聖王国へ辿り着くことが出来る。
そして、帰還の際は太陽の光を背にすることで、良好な視界を保てた。
その好条件を備えればこそ、遠方にある人族国家への強行軍が成功したのだった。
結果として、ルグドの思惑通りに事が運ばれた。
リイナが呟く。
「命が果てるまでの契約、ねぇ。この男、とんでもない詐欺師だったな」
――――太陽が昇る。
次はまた訪れる。
ただし、全く同じではない。
失って、得て、繰り返し、過ぎてゆく。
続いていくことが積み重なり、結果として残るだけだ。
それでも彼女は、呟いた。
「――――もう一度、話がしてぇよ」
リイナの声が届くことは無い。
彼女の願いが叶うことは無い。
ただ、一人の従者の命と引き換えに、竜族は栄華の道を歩むこととなる。
その始まりの竜王が、人族に助けられたという話が語り継がれ、後世に伝えられるのだった。




