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竜の呼声  作者: 比呂
風の止む場所
26/44

希望2


 山脈の稜線から、陽光が溢れ出す。


 それに照らされた竜の一団が、黄金色に染め上げられていた。

 微かに反響し、叫ばれる竜の呼声。


 程なくして、光と見紛う竜が降下した。


 噴水を背にして、水に沈む人族を守護するように立ち塞がる。


「――――帰ってきたぞ!」


 疲労困憊の様子で、高らかに宣言した。

 角の無い竜が、血に濡れた王冠を手にしている。


 それをクラムの足元に放り投げた。


 彼が無言のまま、王冠に視線を向ける。


「…………」

「おい、よく見ろよ。『勇者』に命令を出した聖王国エストレアの王は、もう居ねぇぞ」


 リイナの言葉に続き、竜たちが降りてきた。

 傷まみれのエンテル公と、彼を支えて立つシュカ達がいる。


 剣を持ったままのクラムが、極度に疲労した竜族を眺めて言った。


「今更出てきて何の用だ。斬られたいのか」

「……哀れな男よ」


 エンテル公が、憐憫の眼差しを向ける。

 その声音に嘘偽りは無く、侵攻してきた人族に対する怒りも見えなかった。


「友を理解しておきながら、道を違えざるを得なかったそなただ。まだ足りぬというなら、我だけを斬るがよい。気は晴れぬと思うがな」

「――――ふん」


 クラムが抜き身の剣を振り、刀身を鞘へ納めた。


「王が無ければ、斬る理由も無い」

「それが、そなたの考える『理想』か」

「ただの『剣』に理想など無い。あるのは――――いや、もういい。これはお前に語ることではない」

「いいのですか?」


 今まで黙っていたアルガゲヘナが、微笑みを湛えたままクラムの傍らに立っている。

 既に臨戦態勢は整っており、彼女の撫でるような一撃で、ガーレンティア竜峰が灰燼に帰すことだろう。


 しかし、目の前に滅びが見えているはずの竜族達に、その場を引く様子は見られない。

 戦おうとするでもなく、逃げるわけでもなく、ただ、倒れている人族の男と共にあろうとしているだけだ。


 クラムが『友』であった男を一瞥し、背を向ける。


「終わったことだ。それより、聖王国に戻るぞ。国には新しく王を頂かなければいけない。でなければ、『剣』に役割が無い」

「そう、ですか」


 アルガゲヘナが、殺気ではないものを、リイナたちへ向けた。

 それが羨望であったことなど、この場に居る誰もが気付けなかった。


 勇者と邪竜――――強大な存在が去って行く。


 その背中を見送り、リイナが疲れた身体に鞭を打つ。


「さ、もうそろそろ引き上げてやろうぜ」


 彼女が人の姿に戻り、無遠慮に水しぶきを上げながら噴水の中へ入っていく。

 背を向けて浮いているルグドをわき腹から抱え込み、持ち上げた。


「ったく、私様に無茶ばっかりやらせやがって」


 噴水から出ると、彼女にしては丁寧に彼の身体を寝かせた。

 顔にかかる濡れた髪を払ってやり、溜息を吐く。


「光に向かって飛べ、って、もっと分かりやすく言えってんだ」


 横たわるルグドの隣に胡坐をかいて座り、彼を見つめていた。


 この竜峰から太陽の昇る方角に、聖王国が位置している。

 竜通空帯を飛び、太陽の光が僅かでも見える方向へ飛べば、いずれは聖王国へ辿り着くことが出来る。


 そして、帰還の際は太陽の光を背にすることで、良好な視界を保てた。

 その好条件を備えればこそ、遠方にある人族国家への強行軍が成功したのだった。


 結果として、ルグドの思惑通りに事が運ばれた。


 リイナが呟く。


「命が果てるまでの契約、ねぇ。この男、とんでもない詐欺師だったな」


 ――――太陽が昇る。


 次はまた訪れる。


 ただし、全く同じではない。

 失って、得て、繰り返し、過ぎてゆく。


 続いていくことが積み重なり、結果として残るだけだ。

 それでも彼女は、呟いた。


「――――もう一度、話がしてぇよ」


 リイナの声が届くことは無い。

 彼女の願いが叶うことは無い。


 ただ、一人の従者の命と引き換えに、竜族は栄華の道を歩むこととなる。


 その始まりの竜王が、人族に助けられたという話が語り継がれ、後世に伝えられるのだった。







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