聖火6
空を掴む竜族の翼が、不規則に乱れていた。
山から吹き降ろす風と、燃え盛る炎の上昇気流によって大気が不安定な所為だった。
加えて、夜間の視界不良が行く手を阻む。
墜落もかくや、といった状況で、次々に竜が着陸してきた。
後続に突っ込まれないよう、地面に降りた竜は、転がることもためらわない。
「いやあ、うん、見事なものだね」
ルグドは頷く。
連携が取れているとは言い難く、お世辞にも軟着陸には見えないが、重傷者はいなかった。
それをリイナが横目で睨む。
「何だぁ、こいつら。おっさんとこの部下じゃねーか」
「そうだけど……そこ、危ないよ?」
「――――うおおぉぉぉぉっっい!」
急に落ちてきた竜族を避けて、リイナが横っ飛びした。
受け止めたところで怪我をした竜が増えるだけなので、正しい判断だと言える。
先ほど墜落しきてきた竜が三回ほど跳ねた後、勢いを止めた。
寝転がったままのリイナが言う。
「私様には、もっと早く教えろよ!」
「大丈夫。さっきので最後だから」
「そっか、そりゃ良い事聞いた――――わけねぇだろ! 全然大丈夫じゃねーから! 危険を察知したら教えろっての!」
憤慨するリイナを横に置いて、ルグドが言う。
「今忙しいから後でね。……代表者の方、おられます?」
「あ、ええ、私ですが」
既に着陸して竜集団の点呼をしていた竜が、彼を見た。
副官らしき竜に雑事を任せ、その竜が彼の元へやってきた。
「シュカ・ファルネと申します。先日はどうも」
「先日?」
「エンテル様がルゴス様を歓迎なさったときに、口を挟んだ者です」
「あー」
ルグドは頷いた。
友だ何だと話しかけられた際に、首を差し出そうとした女兵士のことを思い出していた。
ここまでエンテル公に重用されるのであれば、腹心の部下と評しても過言は無いだろう。
彼女らが危険を承知で、ルグドたちを探しに来た理由も知っている。
「なるほど。それで、援軍が入用ですか」
「はい。……どうやら我らに味方してくださるようですね」
シュカが周囲を見渡し、輜重隊の惨劇を眺めた。
彼女の瞳を眺める限りでは、竜峰にも相当な被害があったことが分かる。
短く息を整えた後で、シュカが言う。
「……現在、竜峰はほぼ人族に制圧されたと言っても良いでしょう。非戦闘員を公爵邸に集めて保護し、残存兵力で抗戦していますが、『勇者』の動き次第で陥落は免れない状況です」
「そうだね、エンテル公ならそうするはずだ」
彼の脳裏には、先陣に立つ竜の姿が浮かんでいた。
義理堅く真面目なあの竜であれば、我が身を犠牲にしてでも領民を守ろうとするだろう。
そして、反撃の手立ても考えるのが定石だ。
手元に戦力が無いなら、余所から持ってくるしかない。
現状、エンテル公に味方する戦力は、ルグドとリイナくらいなものだ。
『勇者』クラムでさえ、真っ先に抑えにかかった相手が――――『従者』ルゴスである。
戦力不足の中、領主軍の一部を探索に出してでも手に入れたい戦力だった。
そこで目を引いたのが、輜重隊が燃え盛る炎だろう。
竜峰から見下ろす位置にある場所が焼け、人族達が動揺すれば嫌でも理解できる。
その輜重を焼いた炎が誘導灯の役目を果たし、領主軍をここまで導いたのだ。
そんなルグドの思惑を知ってか知らずか、シュカが言う。
「エンテル様より伝言です。『友人たるルグドに屋敷を進呈したいので、取りに来られよ』とのことです」
「まあそうだね。一度は欲しがった手前、今更断るのは無しにするよ。けれど、一人で住むには広すぎるから、誰かに手伝ってもらえると有難いんだけど――――」
彼は薄嗤う。
出来るだけ相手に嫌悪を抱かせるように。
卑怯な手を使っているように。
目の前の雌竜が、顔を厳しくして頷いた。
「我らがルグド様の指揮下に入ります。如何様にも使い潰し下さい」
その代わり――――瞳の奥に燃えるものが見える。
彼女らが欲するものを手に入れなければ、顎を以って喰いちぎるぞ、と。
ルグドは鷹揚に首を振った。
「いいよ、大丈夫。僕がエスコートしよう」
両手を広げ、舞台役者の如く大仰にふるまう。
彼の手には、風が乗っていた。
目印も無く、敵地に戻らねばならなかった。
それを事も無げに、言い放って見せたのだった。




