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竜の呼声  作者: 比呂
風の止む場所
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聖火5


 炎の光に照らされた黒煙が、夜空へ高く立ち上る。


 幾度となく地を走った閃光は、人間も荷物も区別することなく消し炭にした。

 抉られた大地の上を歩くと、まだ熱を帯びている。


 熱気が陽炎を生み、視界が揺らぐ。


 焼ける臭いを嗅ぎ、爆ぜる音を耳にするたび、灰のように罪悪感が積み上がっていった。

 喉の奥まで迫っている気持ち悪さを飲み下しながら、ルグドは手を挙げた。


「さあ、それくらいにしておこう」

「あん? いいのか」


 彼に対して、歯ごたえの無い相手を焼き払っていたリイナが、竜の眼を向けた。

 誇り高き竜として、戦闘の役割を持たない輜重部隊を攻撃することに何も感じていないわけでない彼女であった。


 それでも、今は復讐心が勝っている。

 このままでは最後の一人まで焼き尽くす勢いであったが、それでは竜であっても疲れてしまう。


 彼は、目の前を舞う火の粉を見つめて言った。


「そうだね。荷物さえ始末すればそれでいい。僕の目的は、戦闘部隊を飢えさせることだからね」

「どういうことだ?」

「竜峰の急襲が、とんでもなく素早く行われた理由だよ。それが、この輜重部隊だからさ」

「あー、おう」


 何もわかっていなさそうな竜が、首だけで頷く。


「……まあいいけど。人も竜も、荷物を持ってない方が早く移動できるだろう? だから、食料や野営の準備を輜重部隊に任せて、兵士だけ突撃してきたんだよ」

「ああ、普通だぜ」


 長い首が、鷹揚に上下に動いた。

 しかし、その目は彼を見ていない。


 ルグドは、少しだけ眉尻を落とした。


「だから、彼らの輜重を焼いた。兵士たちは食料を持たされていない。加えて、補給がなければどうすると思う?」

「いや、飯が無いなら探すだろ。普通だな、普通」

「そうだね。恐らく、竜峰で略奪が起きる。まあ、統治する気も無いから良いんだろうけどさ。しばらくは竜峰へ留まらなくちゃいけない。自分の部隊を守るために、クラムだって足止めされる」

「はぁん? で? 人族の勇者がどうなんだ?」

「少しは考えようと思わない?」


 細目で見上げるルグドの視線と、横目で見下ろすリイナの視線が衝突した。

 そしてすぐに、彼女の視線が上を向く。


「イライラすんなよ。私様と一発やっとくか?」


 竜の手が、良い音を鳴らして腹の鱗を叩いた。

 彼はここで、最大級の溜息を吐くことになった。


「はぁぁぁ……。もういいよ。クラムは聖王国の剣だ。つまり、王様が居る。竜族に敵対したんだから、復讐されることくらい考えてるはずだよ。王様なら、自分を守ってもらうために、すぐにでも呼び戻したいはずさ。それを考えると、クラムの居ない今なら聖王国エストレアを叩く好機ってことだよ」


 ルグドの言葉に、彼女が鼻息を漏らす。


「ははぁん。何言ってるかわかんねーぞ。さては、適当なこと言って照れ隠しかー? やったことねぇんだろ。姐さんも罪な竜だぜ」

「ああ、よくわかった。このおバカ。僕を心配して茶化すのは、いらないからな。ともかく、人族の中心である聖王国を叩くのが、最も効果的だよ」

「――――ふん」


 逆に、照れ隠しで顔を背ける竜であった。

 視線を上へ向けて言う。


「私様は気に入らねぇな」

「文句があっても聞かないよ。自分の強いところを、相手の弱いところにぶつけるのが戦いの基本さ。卑怯で結構だ」

「違ぇよ」


 リイナの竜首が下げられて、彼の前で頭を伏せた。

 縦に割れた黄金の瞳が、上目遣いで静かに問う。


「何かさ、ルグドの欲しいものとか無ぇわけ? 自棄になった大将ほど、ついていくのに不安なもんは無ぇよ。別に、人族のくせに竜が好きな変態でもいいじゃねーか」

「……何を勘違いしてるんだよ」

「あー、いや、だからな、知りてぇんだよ、ルグドの事」

「必要ない。これは契約だって言ったろ。僕は約束を果たす。必ずだ」

「そこにルグドの『希望』はあんのか?」


 厳つい竜の顔が、小首をかしげる。

 契約とは互いが幸福になることが理想だろう、というのが彼女の持論らしかった。


 ルグドは呆れたように微笑む。


「あるよ。『希望』はある――――」


 そして、今ではない何処かを見つめながら言う。


「とにかく、勝たないとね。差し当たっては、竜峰の敗残兵を集める。領主のエンテル公が生きていれば、もちろん回収するんだ」

「つってもなぁ……」 


 竜の困惑顔という、見た目にも分かり辛い感情がにじみ出ている。

 一人と一匹で何が出来る、と今更ながらに言われたようなものだ。


「大丈夫、布石は打ってある」


 何もかも承知の上で、彼は夜空を見上げた。

 遠くから、羽ばたきの音が聞こえてくるのだった。







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