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竜の呼声  作者: 比呂
風の止む場所
20/44

聖火4


 何もかもを覆いつくす暗闇の中で、ルグドは竜の娘を生贄に選んだ。


 願いのための犠牲は必要だった。

 より大利を得たいのであれば、差し出すものも比例する。


 彼の冷たい視線が、リイナを貫いた。


「君は――――命果てるまで、僕の命令に従うことが出来るか?」

「それで、竜族が救えるならな」


 彼女の縦に割れた瞳孔が、金色に輝いている。

 祈りとも決意ともとれる感情を映し出していた。


 その瞳を、羨むように見返したルグドが言う。


「わかった。契約しよう、リイナ・エンハント。僕は君の命を以って、より多くの竜を救って見せる」

「……ああ、信じるぜ」

「信じなくていい。どうせ君も、僕を呪いたくなるはずさ。ただ、結果は出すよ」

「あん?」


 首を傾げるリイナに、薄笑いを浮かべるルグドだった。

 彼は下草を踏みしめ、最初の命令を下す。


「とりあえず、竜の姿になってくれ」

「敵地のど真ん中なんだが……」

「だからこそさ。心配しなくていい。ここで君の命を使い捨てるほど、楽な道は選ばせないよ」

「なんつー慰めだ。まあ、やるけどよ」


 彼女が天を仰いで溜息を吐き、四肢を伸ばした。


 皮膚から強靭な鱗が浮き出して盛り上がっていく。

 その最中、何かに気付いたリイナが、一つの鱗を投げ渡してきた。


「これ、返しておくぜ」

「返す?」

「もう、誰かに売ることも出来なさそうだしな」


 口端を引いて笑う彼女の顔が、既に竜そのものとなっていた。

 鱗を受け取ったルグドは、それを懐に仕舞い込みながら、地面に倒れている大男の近くに歩いていく。


 屈み込んで、腰元に付けられていた短剣を剥ぎ取った。

 すると、竜の長い首に覗き込まれる。


「『竜殺し』か?」

「……ああ、これも必要になるんだ」


 竜殺しの短剣を誰にも見られないように隠し、立ち上がった。

 首を回して一息ついたかと思うと、輜重部隊が幕営している場所を指さす。


「あれを吹き飛ばしてくれ」

「私様はいいけどな。ルグドが元『従者』だとバレたら、人族がいる場所じゃ生きていけねーぞ?」


 人族へ反旗を翻した裏切り者のなるのだと、彼女が言外に告げてきた。

 しかし、彼はうるさそうに手を振った。


「気にしなくていいよ。それより、早くしないとファルコの様子を伺いに、人が来ると思うけど――――遅かったか」


 鎧を身に着けた兵士たちが数人ほど、ルグドの方へ警戒しながら近づいてくる。

 兵士の持つ灯りによってリイナの姿が浮かび上がると、兵士たちが一斉に槍を構えた。


「りゅ、竜だ!」

「――――いや待て。この方は良いのだ」


 兵士の中から、背の高い男が前に出て、背後の男たちを制した。


 髭を生やして兵士というよりは、戦士といった様相だった。

 むさ苦しい髭が、もっさりと揺れる。


「お久しぶりでは無いですか、ルゴス様」

「デュオス、か。こんなところで何をしてる」


 自然と、彼の口調が咎めるものとなる。

 思わぬ旧友との再会に、痛恨の極みを感じていた。


 デュオスと呼ばれた髭の男が、照れ隠しを浮かべて後頭部を掻いた。


「がはははっ、邪竜討伐の恩賞で近衛に選ばれたものの、むずかゆくて仕方ありませんでなぁ。酒場で喧嘩した末に、追い出されたんですわ。ですがなぁ、末席とは言え除名にするのも体裁が悪かったみたいでしてな。今ではしがない輜重部隊におります」

「……そうか」


 ルグドは目を伏せた。


 この男らしい、豪放磊落な性格だと思った。

 兵士というよりは山賊が似合うと、誰もが口を揃えたものだった。


 そんな男の眼光が輝く。


「さて、ルゴス様。この状況は?」

「うん」


 彼は静かに頷く。

 何も事情を知らない者が見れば、現『従者』が惨殺され、得体の知れない大男の死体まで転がっている。


 それに加えて竜まで居るのだから、事情を聴きたがるのは当然だろう。

 彼も、旧友に対してごまかすつもりは無かった。


「僕がやった」

「当然でしょうな。この切れ味は、他の誰にも真似できますまい。ただ――――クラム様が何と仰るやら」


 苦笑いを浮かべて、髭をさするデュオスだった。

 言い訳をするにしても、度が過ぎている。


 目を細めたルグドは、短く息を吸い込んだ。


「……僕は、竜の味方をすることに決めた」

「ほう、それはそれは。では、我らは敵ですかな」


 髭の男に、戦士の笑みが零れる。

 戦いの果てに理想郷があるのだと、信じて疑わない男の顔だった。


 巡りあわせの悪さに辟易した態度で、彼は言う。


「そうだよ、デュオス。こんな所に来るべきじゃなかったのさ」

「いやさ、ルゴス様。自分はここに居られたことを、誇りに思いますぜ。あんたに挑むことが出来るんだ、戦いの神に感謝してる最中でさぁ」

「そうか。正々堂々じゃなくて、悪いな」

「そいつも戦争ってもんです」


 ――――風が鳴る。


 闇に潜り込んでいた極細の線が、デュオスに襲い掛かった。

 髭の男がその顔に似合わぬ流麗な槍さばきで、線を断つ。


 一本、二本、三本――――と切ったところで、槍を立て、石突を地面に落とした。


 にかり、と笑う髭面の男が、光に包まれた。

 ルグドの背後から、鎌首を下ろしたリイナの竜撃光が飛ぶ。


 デュオスは、笑顔のまま光に呑まれて蒸発した。


 その一直線上にいた兵士も、荷物も、天馬も、吹き飛ばされて無くなった。

 リイナが声を掛けようとして、躊躇っている。


 彼は短く息を吐いて、足を進めた。


「いくぞ、まだまだ焼き払え。この輜重部隊を壊滅させるぞ」


 その足取りは重く、鋳造した鉛のようであった。










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