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竜の呼声  作者: 比呂
風の止む場所
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天馬の嘶き2


 静かだったハーフェル村が、太陽の動きと共に騒がしくなってきた。


 その中でも特に騒がしいのは、ライダーズカフェ『天馬の嘶き』だ。

 店内は満員御礼で、空席が見当たらない。


 小さくも無い馬屋からは天馬が溢れ出して駐車され、見本市のような様相である。

 カフェの一角では壁にオッズ表が張り出され、恰幅の広い常連客が声を張り上げていた。


 最も忙しい受付が終わり、束の間の平穏が訪れる。


「…………ふぅ」


 目の回る忙しさから解放されたルグドは、つい溜息をこぼしてしまう。

 給仕でさえこの仕事量なのだから、調理場とて繁忙を極めただろう。


 村の者が数名ほど手伝いに来てくれてはいるが、それを上回る盛況だった。


「レース大会、か」


 ぼぅ、と遠い目をしてルグドが呟く。

 店主のダリルから聞かされてはいたが、ここまで忙しいとは思っていなかった。


 近隣の村からも天馬操士ペガサス・ライダーたちが集まり、村の外周をコースとした草レースが行われる。


 早朝から常連客がやってきたのも、賭場を仕切るためだったらしい。

 天馬のレースは、村の住人にとっては最大の娯楽だった。


 女房に怒鳴られながらも、仕事を投げ出してカフェにやってくる男たちが後を絶たない。

 村長や村の若衆が、広場で選手を相手にルールの確認を行っている声が聞こえてくる。


 そこで、調理場にいたダリルから声を掛けられた。


「おい、ルグド! 休憩行って来いよ! 今の間に何か食っとけ!」

「あ、はい」


 返事をしながら調理場へ手を振って、カフェから出る。

 眩しく照り付ける日光は清々しく、絶好のレース日和だろう。


「まあ、僕には関係ないんだけど……」


 彼がズボンのポケットに手を突っ込むと、僅かながらのチップが音を立てる。

 この様子では昼食すらままならないかもしれないので、食べられるときに食べておくのが基本だろう。


 幸い、レース客目当ての出店がいくつか並び、商魂たくましい農家の倅が焼いて潰した芋などを売っていた。

 知り合い未満の村人から、芋を買う。


 塩とバターだけで味付けしたシンプル極まりないものだが、腹には溜まる。

 おまけとして、スライスしたソーセージもついてきた。


 これでエールでもあれば言うことは無いのだが、流石にそれは止めておいた。


「……うん」


 強い日差しから逃れ、ちょっとした木陰に腰を下ろした。

 涼やかな風に吹かれながら、芋を食う。


 時折、ソーセージを合いの手にはさみ、遠くを眺めていた。

 天馬の魔導機関が、唸りを上げる。


 それぞれにカスタマイズされ、工房も違う天馬が一列に並んでいた。

 観客たちがそれを囲み、選手を囃し立てている。


 今か今かと号砲を待ち続ける選手たちに、待望の破裂音が響き渡った。


「さてはて」


 一斉に飛び出していく天馬たちには興味の無いルグドだった。

 金も賭けていなければ、応援したい者もいない。


 願わくばもっと静かになってくれ、とは彼の正直な感想だ。


 そんなルグドの前に、一目で余所者と分かる格好の天馬が現れた。

 目前で停車し、フードとゴーグルが跳ね上げられる。


 顔を出したのは、短髪の女性だった。

 表情は硬く、冷たく、可愛いというよりは奇麗といった印象を思わせる。


 一つも笑わず、彼女が言う。


「ここで『天馬の嘶き』という喫茶店を知りませんか」

「はあ、あっちにありますが」


 彼が指を差した方向に、彼女の欲する場所がある。

 それにも関わらず、女性が無表情で口を開く。


「案内してください。謝礼はします」

「いや、見えてますよね、建物。そんなことで謝礼は必要ないと思いますけど……」


 変なものを見る目となったルグドである。

 面倒事を持ってこられた気分になるのは仕方がない。


 事実、道案内としては破格すぎる貨幣を投げ渡された。


「紹介をお願いします。私はアリル・オーレインです」


 有無を言わさぬ口調だった。

 彼女にとって、敬語こそが武装だと言わんばかりの脅迫だ。


 金を返そうとしても、受け取らないだろう。

 道案内しなくとも、彼女が表情を変えることは無いだろう。


 ただし、拳をポキポキと鳴らしていることからして、何らかの報復は免れ得まい。

 細身だが手足は長く、その佇まいはしっかりとしている。


 無駄を削ぎ落した結果としての体格をした女性だった。

 気迫は闘士を思わせる。


「それじゃ、オーレインさん。こちらにどうぞ。先に天馬を停めましょう」


 ルグドが逆らうはずが無かった。


 常連客の拳であれば、二、三発は我慢できる。

 だが、彼女の拳は一撃でも貰いたくないと感じた。


 それを勘違いしたのか、握り拳を解いた彼女が言う。


「殴りませんよ? それと、貴方」

「はい?」

「どこかでお会いしたことはありませんか」


 見逃してしまっても不思議ではないほどの僅かな殺気と共に、そう言われた。

 彼は、記憶になかった。


「ありませんね」

「そうですか。あと、アリルと呼んで貰って構いません。私がこの村に滞在中は、面倒を掛けますから」

「…………えぇ」


 心底嫌そうな顔をするルグドだった。

 とても面倒な手合いに絡まれたことを実感していた。


 アリルが目を細める。


「それは私を名前で呼びたくないということでしょうか」

「はい、まあ、そういうことです」

「……正直が常に美徳になるとは限りませんよ?」


 彼女の拳が握りしめられた。

 あと一言でも余計なことを口走れば、真っすぐ飛んでくるだろう拳だ。


 彼は肩を落とした。

 気を抜き、普段のやる気が無い表情を取り戻す。


「わかったよ、アリルさん。出来るだけ手伝うから、その拳を下ろしてくれるか」

「理解して頂けて光栄です。あと、殴らないと言ったはずですよ」


 無表情だった彼女の表情だが、口元が僅かに緩む。

 ゆっくりと拳が差し出され、半回転したその手が開かれた。


 手の中には、先ほどと同じ貨幣があった。

 ルグドは首を横に振る。


「いらないよ、貰い過ぎだ」


 これ以上、金を貰って仕事を押し付けられるのは御免だとばかりに、彼は背を向けて歩き出すのだった。






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