竜と風6
涼やかな枝ぶりの木々が、風に揺れる。
庭師によって丁寧に計算された庭園の美が、そこにあった。
中心に立つ白磁色の屋敷は、まさに気位の高さと財力を示している。
その屋敷の裏庭で、潤滑油まみれになった人族が、抑えきれない笑みを零していた。
「出来た……」
工房から天馬のフレームを買い取ってから数日後、そのガラクタは完成した。
足りない部品は、アリルの壊れてしまった天馬から貰い受けている。
部品取り、ニコイチなどと言われ、フレームの相性や工房の違いなどによって技術や知識が必要な割には褒められない作業である。
基本的に、天馬は工房の一品ものだからだ。
一つの目的のために、フレームから魔導機関まで考え抜かれて作られているので、他所から持ってきた技術をつぎはぎしても結果が出ないことが多い。
ただ、潤滑油で手を真っ黒にしたルグドの目的が、『速さ』で無ければ、また結果は違ってくる。
「んあー。やっと終わったのかよルグドちゃん。私様ったら、もう暇で暇で」
奇麗に揃えられた芝生の上で、寝転びながら肉を齧っているリイナだった。
人族が考える竜の生態として間違ってはいないが、エンテル公に見つかる度に追いかけまわされていた。
「うん、あと試運転しないと」
「げぇ、まだあんのかよ――――やべ」
殺気を感じたリイナが、肉に噛みついたまま走って逃げた。
逃げる方向とは逆に視線を送れば、屋敷の窓からエンテル公が飛び出してくる。
「竜族として恥を知れ!」
そう叫んだエンテル公が、職務を放り出して彼女を追いかけ始める。
既に日課となってしまった逃亡劇に、慌てる者は少ない。
複数の溜息を残して、日々はつつがなく進む。
そうしていると、屋敷の方からアリルが近づいてきた。
「調子はどうですか」
「最高とは言えないね」
苦笑いを浮かべる彼の表情に、嘘は無かった。
ただし、真剣な目をしていた。
彼女が短く息を吐く。
「それが私の天馬を潰してまで作り上げたものに、言うことですか」
「ああ、うん、ごめん」
「別に謝る必要も無いのですが……まあ、『ルゴス』からしてみれば、そう見えても仕方ないのかもしれませんね」
「そうかなぁ」
彼は曖昧な顔をした。
それを見たアリルが口を尖らせ、天を仰ぎ、大きな溜息を吐く。
「ええ、ええ、私は貴方にそんな事を言いたかったわけではありません。お礼を言いに来たのです」
「え、僕が何かしたっけ?」
本気で理解できていない様子のルグドだった。
顔面に亀裂が入りそうな勢いで静止するアリルであったが、持ち前の精神力で何とか立て直す。
「……幾つかあります。取り立てては、『アウロン』に所属している私が、この竜峰で自由に動けるよう、エンテル公へ働きかけて貰ったことです。おかげで尋問部屋から出ることが出来ました」
竜通空帯の騒動において、難しい立場であった彼女が自由の身になれたのは、ルグドの嘆願があったからだ。
しかし、彼としてはアリルに迷惑をかけてしまったつもりであり、礼を言われる立場でないと思っていた。
互いに言葉が交わらないと考えていた頃、ルグドは天馬のハンドルを優しく叩いた。
「こいつの全力は出してやれそうもないけど、一応、乗れるようにはしておいたよ」
流線型のフォルムから、不器用に伸びた安定翼。
重量増を厭わない増加ステーに、追加ブレーキ。
細身のフレームに無理やり詰め込んだ、大出力魔導機関。
「飛ぶように作られたんだから、飛ばしてやりたいよね」
「設計者の意図を無視してでも飛ばすことに、意味はありますか」
天馬における最高速度を出すためだけに生まれたのであれば、その本懐こそ遂げさせてやるべきでは、と彼女が言う。
飛んで還って来るための、『重り』を付けられたことが、『美しくない』と。
――――全く正しい。
彼は頷いた。
「そうだよ。でもね、それだけが全てじゃなくて良いと思うんだ。天馬は『乗り手』が行く先を決めて動くんだよ」
「行く先、ですか」
彼女が首を傾げる。
ルグドは優しく頷いた。
そんなものがあるなどと、とても信じているとは思えない表情で言ってのけた。
それでも、彼の信じていた者がそう言っていたから、言葉ではなく、その竜を信じていたのだった。




