表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の呼声  作者: 比呂
風の止む場所
15/44

竜と風5


 工房の中には、埃臭さと潤滑油の匂いが充満していた。

 来客の気配を察知した青年が、工房の奥から現れる。


「っらっしゃい。何かお探しで?」

 布巾で手を拭きながら、革のエプロンを揺らしている。


 独特の雰囲気に懐かしさを感じながら、ルグドは工房の中を見回した。


「ああ、長距離用の天馬を探してるんだけど……」


 そう呟きつつも、工房の中に一人乗りの天馬は少なかった。

 殆どが貨物か牽引仕様の商用天馬で、冒険に向いたものが見当たらない。


 彼の目当てを察知したのか、青年が苦笑いを浮かべる。


「そうですねー。ウチに来る依頼は、大抵が商用天馬の修理ですから。ウチで買うと竜峰価格で割高でしょ? 故障しても、何とかして帰ってから買いなおした方が得だもん。まあ長距離ってだけなら、商用でも貨物装備を取っ払えば形にはなりますがね」

「やっぱり、そうなりますか」


 ルグドも相槌を打つ。


 商用天馬が悪いわけではない。

 荷物を運ぶことに特化されているため、トルクが太く魔鉱石の燃費が良い。


 ただし、乗り心地や最大速が犠牲になっていることは否めない。

 アリルが乗っていた天馬は冒険用の高級天馬だったので、この工房の天馬とは性能も価格も釣り合うものではないだろう。


 彼が難しい顔をしていると、青年が先回りして言う。


「ちなみに、この竜峰で工房出してるの、ウチだけなんすよ。馴染みの商会に頼んで、取り寄せ出来なくもないすけど、高いし、相当待ちますけどね」

「はあ。幾らぐらいですか」

「金貨五百枚が、最低でしょうねぇ。それでも、星が二回りするくらい待ってもらうことになりますが」


 青年の顔が、無理を承知していると言わんばかりに乾いていた。

 確かにその金額を払うなら、竜峰から降りれば半額以下で同じ天馬が買えてしまう。


 加えて、待ち時間というのも、ルグドが竜峰から降りて天馬を買い付け、その天馬で再び竜峰に返ってくるだけの時間と変わらない。


 どうするべきか、と視線を彷徨わせていたところ、工房の壁に天馬のフレームが飾られていた。


「あれは……」

「ああ、この工房の前の持ち主が飾ってたので、そのままにしてるんですよ。古いフレームですけど、面白い形でしょ」


 でも実用性がねぇ、とは青年の言葉だ。


 ルグドが見る限り、工房の趣味品として作られたものに間違いない。

 完璧に速度特化を目的とした、実に先鋭的な形をしていた。


 何せ、ブレーキが見つからない。

 安定翼さえ取り付けることが出来ない。


 軽量化と流線型を求めすぎて、最早、乗り物というよりも、飛び出して墜落するための道具に成り下がっていた。


 ただ、その設計思想から考えると、これ以上ない成功品だ。

 組み上げ方さえ間違えなければ、最高速はどの天馬よりも早くなるだろう。


 そして皮肉なことに、乗員の安全など全く考えていないくせに、空力だけは考えられていた。

乗る人間すら荷物に過ぎないと言わんばかりの純粋さは、既に毒と言っても過言ではない。


「確かに、面白いとしか言いようが無いなぁ。これでも魔導機関が載るの?」

「ええ、壁に飾られる前の完成品を見たことがあるので、乗るはずですよ。まあ、走ってるところは見たことないですが」


 青年が両手を上げた。


 ブレーキの無い天馬が走り出したところで、そのまま無事に済むとは思えない。

 ルグドは腕を組む。


「…………ふむ」


 たった一つの目的のために製造され、一度も空を駆けることが無かった趣味の粋。

 実用性皆無の一点突破型ガラクタ。


 その佇まいは、哀愁を感じさせるほどであった。


「これ、幾らです?」

「フレームだけで、金貨六十枚になりますかねぇ。でも、安全上に問題があるんで、ウチでも組み上げは出来ませんよ? そんなの販売したら、店の許可証を取り上げられますから」

「あー、はい、わかってます」


 純粋過ぎる毒に充てられたルグドは、いつしか、その天馬から目を離せないでいるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ