竜と風4
ガーレンティア竜峰の領地は、人族の街と比べて大きく変わっているところは無かった。
建物に厳めしい竜の装飾が多いと言えば多いが、それくらいなものだ。
そして、角無しのルグドが歩いていても目立つことは無かった。
理由としては――――。
「おい、ルグド! 私様、あれ食いたい」
「……エンテル公の屋敷で、思いっきり食い倒してそれか」
彼の服の裾を、引っ張る竜族がいたからだ。
恐らくは、リイナの召使か何かだと思われているのだろう。
人族と竜族にも、昔から交流自体は存在していた。
細やかな作業や単純労働などの人族が得意な分野と、竜族の持つ能力とで交易がおこなわれていたのだった。
それこそ太古の時代では、信奉の対象であったと思われる壁画なども残されている。
人間を召使として雇う竜族が居ても不思議ではない。
そして、元から偉そうなリイナの態度は、それに合致していた。
「デザートは必要だろーよぉ」
「お金は?」
目を細める彼の態度に、手持ちの少なさが表れている。
そもそも、知り合いの竜族にデザートを食べさせるために竜峰街へ降りてきた訳ではなかった。
「金はあるけどなぁ……手持ちは無い! 貸しにしろ」
「貸せるほど余裕ないんだけど」
「はあ? あの屋敷を買おうってんだから、金ぐらい持ってんだろ?」
「屋敷を買える金額だよ? すぐに現金化できるようなもの、持って歩けるわけ無いさ。魔鉱石の隠し鉱山の場所で、どうやって揚げ菓子を買うんだよ」
「ああ、討伐の褒賞だな? まだ後生大事に持ってたんだなぁ」
「おいそれと換金できるものでもないだろ。第一、お金に換えても運べないし、菓子どころじゃない」
ルグドが目線を屋台に送る。
魔鉱石のコンロで油が煮られ、その中へ狐色をした菓子が浮かんでいた。
程よく膨らんだ菓子は隣の皿に盛られ、きめ細やかな粉砂糖が塗せられている。
「でもよー」
指を咥えて揚げ菓子の山を見つめるリイナだった。
我慢できなくなった彼女が屋台へ行けば、菓子の一つくらい奪うのは容易いことだ。
しかしそれでは、エンテル公の客人として迷惑をかけることになる。
彼女はそれで喜ぶだろうが、部屋を借りている身としてはどうにも心苦しい。
「……一個だけな?」
「わかった!」
差し出された彼女の手に、硬貨を置いた。
小走りで駆けていくリイナの背を見送り、ルグドは首を回した。
竜族の街ではあるが、何処の世界にも『必要なもの』は存在する。
「この辺りだと教わったはずなんだけど……」
街の端まで歩いてきて、此処ではないと分かった時の疲労は辛いものだ。
目を皿にして周囲を眺めていると、彼女が帰ってきた。
「何してんだ?」
片手に一つずつ、揚げ菓子を持っていた。
行儀悪く交互に齧りつきながら、変なものを見る目つきをする。
「工房ならあれだろーがよ」
「そうなのか。助かったよ。……で、何で二個も持ってるんだ?」
「ああ、ルグドが金無さそうに見えたんだろうぜ。二人分くれたから、食ってんだよ」
「…………」
彼が無言で屋台を見ると、店主が苦笑いを浮かべていた。
何となくだが、ルグドと店主の間で意思疎通が円滑に行われたような気がした。
一礼をしたルグドが、彼女に示された工房へ足を向ける。
竜族が工房を――――つまりは天馬を利用することは稀であるが、人族はそうはいかない。
交流があれば物資の輸送も行われるということで、竜峰にも工房は存在した。
領主から認可された人族しか経営することを許されないために、割と貴重なものだった。
「あーん? 私様がいるのに、天馬を買うのかぁ?」
揚げ菓子を食いながら、リイナが嫌そうな顔をする。
基本的に、竜族は誇り高い。
人族の間では、竜族というだけで、人間の貴族と同じ対応をするのが慣例だ。
ルグドも、知り合いでなければ彼女に対する態度も変わっていたことだろう。
無駄な争いを、わざわざ買うことはない。
「買うよ」
「金あるんじゃねーか! もっと菓子を買ってくる!」
「いや待ちなさい。これは弁償なんだから必要経費だよ」
「はあ? 誰に弁償するんだよ」
「居ただろ、アリルっていう人間が」
「……居た、のか?」
本気で忘れている様子のリイナだった。
彼は溜息を残し、先を歩く。
工房にしては、あまり活気のない様子が気になったが、入り口の戸を叩くのだった。




