竜と風3
豪奢な調度品に囲まれた客間で、腕組みをしたエンテル公が訝し気に息を吐く。
「ふぅむ、何を企んでいるのかは知らんが、簡潔に話すがよい」
「そうですね。正直、住むところが無いので家が欲しいなぁ、と」
まるで雲を掴むように言うルグドであった。
呆れた物言いに、エンテル公の髭が揺れる。
「住むところが欲しいだけならば、何もこの屋敷でなくとも良いだろう。滞在するというのであれば、部屋を用意してやろうというものよ。どうして買わねばならん?」
「えー、それはですね。きっと迷惑をかけることになりますから、弁償するくらいなら最初から自分のものにしておこうと思ったんです」
「弁償だと? そなた、この屋敷で戦争でも始める気ではあるまい」
竜族の屋敷は、基本的に頑丈だった。
天井は高く、壁も分厚い。
そもそも血の気が多い彼らにとって、触れたら壊れるものでは生活もままならないからだ。
人間が暴れたところでビクともしない。
「あー、それは相手の出方次第というか、何というか」
苦笑いでごまかそうとするルグドに対し、有無を言わさぬ勢いでエンテル公が言う。
「相手は誰だ」
「……聖王国エストレアです」
「攻めてくるというのか? 人族が竜族に喧嘩を売るというつもりであると?」
「喧嘩か? 私様の出番だな!」
ソファに座ったまま、威張った態度で怪しく笑うリイナだった。
相手にすると面倒なので、二人は無視した。
エンテル公が言う。
「そもそもエストレアこそが、邪竜討伐のために竜族と人族の協力関係を築いたのではなかったか? 裏切りは竜族の禁忌に触れるぞ」
「ですが、ジギウス王が認可していれば種族同士の対立までいかないでしょう」
「いや待て。王が認可しているというのであれば、人族の英雄とて容赦せんぞ」
「『レグリア』のことを聞かされていなかったのに、ですか」
目を細めて言うルグドだった。
それを聞いた公爵に、狼狽する様子は微塵も無い。
「ジギウス王が言わないのであれば、それは言う必要が無いと言うだけのことよ。我が忠誠を見くびるな。……そもそも、そなたの話を鵜呑みにしたら、の話だがな」
「まあ、そうですね。では、僕の話を証明してみせますが、準備が必要になります。それまで、先ほど仰って頂いたことを依頼しても良いですか?」
「うむ? 何のことだ」
「滞在するので、部屋を用意してください」
「……なるほど。交渉の基本であるな。到底不可能な物言いでふっかけておいて、本来の己の要望を通したわけか」
エンテル公が頬を吊って笑う。
意趣返しに火でも吐きそうな面構えだが、そうはならなかった。
「良いだろう。二言は無い」
彼が手を叩くと、先ほどまで膝をついていた部下たちが一斉に立ち上がった。
その全ての視線を集めた竜族が、鷹揚に命令する。
「聞いていたな。客室を用意せよ。最も粗末なもので構わぬ」
「はっ」
命令を受けた竜族たちが、駆け足で部屋から出て行った。
してやったり顔のエンテル公が、ルグドに視線を向ける。
「どうだ?」
「ええ、ありがとうございます」
意に介さぬ彼の言葉は、委細承知していたと言わんばかりのものだった。
それでは面白くない領主であったが、流石に言葉にすることは無いのであった。




