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竜の呼声  作者: 比呂
風の止む場所
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竜と風2


 息を呑む緊迫感が、公爵邸の客間を支配していた。

 その空気を切り落とすように、邸宅の主が言葉を放つ。


「待て、聞き捨てならんぞ。我ら竜族の英雄は、まだ『生きている』。遺骸などという戯言を吐くなど、幾らそなたらでも庇うわけにはいかぬ。……そもそもあの雌竜は、『ルゴス』の相棒であろう――――」


 己の言葉に、心臓を掴まれた気分となるエンテル公であった。

 ルグドの目には揺らぎなどなく、言葉を返す様子も見せない。


 だが、しかし。


 そうであるとするならば、今、竜王国の膝元で英雄として祭り上げられている『レグリア・ラクスブルグ』という名の竜が何者なのか、という疑問が生まれる。


 ――――邪竜アルガゲヘナの討伐。


 その偉業を達成して生き残った者は、三名だけだ。


 勇者『クラム・レオニルド』。

 従者『ルゴス・ウィルフェン』。

 竜姫『レグリア・ラクスブルグ』。


 彼らは生き残ったからこそ讃えられているのであり、逆はあり得ない。

 そもそも、公爵の地位にあるエンテルがレグリアと会わない訳が無く、晩餐会や議会などで顔を合わせることもある。


 エンテル公が、腰を浮かせて顔を顰めた。

 それに、リイナが意地悪く答える。


「あー、まあ、消えた竜が一匹。そんで、生き残った竜も一匹だ。そんなら、結果は一つだろーがよ」

「馬鹿なっ! そのようなことが許されてたまるものか! 邪竜が奪った命は数え切れぬ! それに、我が王が……知らぬわけが……」

「もちろん、知ってるぜ。竜族を束ねる竜王国ファルニドが、英雄として祭り上げてる竜こそが――――アルガゲヘナだってな」

「在り得ぬ!」


 怒号を以って仁王立ちするエンテル公であった。

 彼が王に置く信頼は、一方ならぬものと誰もが認めるものだった。


 未だにリイナの襟首を掴んだままのルグドは、静かに言う。


「別に、信じなくていい。むしろ、信じてはいけないんだ。それはレグリアも望んでいたことだからね」

「そなたがそれを言うか!」

「僕があいつの意を汲んでやる以外に、何をしてやれるって言うんだよ。あと、全部聞かなかったことにして欲しい」


 ルグドは大きな溜息を吐き、襟首から手を離した。

 薄笑いを浮かべるリイナを睨みつける。


「なあ、僕、本気で怒るぞ」

「いーじゃんかよ。このおっさんは利用してナンボだぜ。姐さんの遺骸を手に入れるってんだから、生半可なことじゃいかねーよ。親父の力なんざ借りられねーからな」

「……だから、どういうことなんだよ。確証があって言ってるんだろうな」

「私様は姐さんのことで嘘は言わねーよ。ただまあ、私様が騙されてるって話なら分からなくもねーがな」

「それを確証がないって言うんだろ」


 柔らかいソファに身を投げ出したルグドが、嘆息しながら天を仰ぐ。

 豪奢な装飾がなされた天井には、空を舞う竜が描かれていた。


 そんな彼をのぞき込んで、リイナが言う。


「まあいいさ、これを見ろよ」


 彼女が胸元に手を突っ込み、取り出したのは――――竜鱗だった。


 人の掌ほどの竜鱗で、懐かしい色をしていた。

 全てが失われたと思っていた物だった。


 彼は差し出された竜鱗を、奪うように手に取った。


「――――これは」

「人族で最大の国家――――聖王国エストレアで見つけたのさ。そんときはまだ、『魔導兵装』に加工する前だったかんな。それでなくても、良い値段がしたぜぇ」


 ほれほれ、と金を催促するための手が動く。

 それを手で掴み、ルグドは身を乗り出した。


「他には?」

「なぁんも? 売ってた商会に金を積んでも、手下で脅しをかけても、他には出てこなかったからなぁ。冒険者風の男が売りに来たって話だけど、足取りも見つけらんなかったもんでね」


 握られた手を見つめて、リイナが口を尖らせる。


「……あんまり派手なことをしちまったから、聖王国から追い出されてよ。親父からの追手もかかるわ、大変だったんだぜ」

「それで――――俺が言うことを聞く話って、このことだったのか」

「応よ。んで最初に言っとくが、親父に言っても意味ねーから。取っ掴まんのが関の山だな。何か知ってんのは違いねーが、裏もあるだろうよ。親父が権力使って、本気で私様を捕まえようと思えば、どうにかなっちまうからな」


 悔しいけどよ、とリイナが口元を横に張って見せる。

 彼女の態度からするに、ジギウス王の思惑に乗せられていると知りつつ、動いていることが理解できた。


「つまり、手掛かりは聖王国にある――――ってことだよな」


 そしてもう一つの目的は、ルグドを巻き込むこと。

 リイナが竜鱗を見つけ、それを真っ先に伝える相手としては、ジギウス王かルグドしかいないだろう。


 既に王が知っている事柄であれば、彼女の動きは、ルグドに伝えることだと明白になる。

 ここまでくれば、リイナが竜鱗を見つけたことさえ、誰かの思惑であるとさえ考えられた。


 しかし、どんな思惑が働いていようとも、彼はレグリアの事で誰かに譲歩するつもりは無い。


「さて」


 彼のやる気のない顔の――――双眸に光が灯った。

 元々が陰気な顔だったため、ちょっとやる気を出すと悪だくみでも考えている顔に見えるのが残念なところだった。


 ただ、それでもいい。


 それでもいいと、彼女が言ってくれたから、彼としてはそれでよかった。

 それだけでよかった。


 そのためになら、全てを投げ出してもいいと思っている。


 ルグドはソファから立ち上がり、客間を見渡した。

 最終的に視線をエンテル公の前で止め、傲岸不遜に言い放つ。


「手始めに、この屋敷を買わせてもらおうかな」

「そなた、何を言っておる?」


 不機嫌を隠さずに、領主が立ち塞がる。


 当然の結果だろう。

 はいそうですか、と答える権力者がいるはずもない。


 そんなことは、ルグドだって知っている。


「友人だから、お金を払うと言ってるんです。友人でなければ貰ってますけどね」


 決して英雄の物言いでは無かった。

 くけけけ、とリイナが嗤う。


「性格悪いなー。やっぱこうでなけりゃ」

「これが、英雄の従者――――『ルゴス』の本性であるか」


 苦み走った表情を見せるエンテル公が、今にも竜の姿になりかける。


「奪えるものであれば、奪ってみるがいい。一度の敗北で、領民を売り渡す竜だと思うてか!」

「思いませんけど」


 笑みを崩さないルグドは、剣呑な雰囲気の中で静かに頷く。

 戦う気であった領主も、彼の言葉に眉を曲げるのであった。





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