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不幸姫の道端の天使  作者: 雪花
7/10

兄の帰還


――――

 その昔、辺境の村に住んでいた少女は、神からのお告げを聞いた。


 ーーアルディージャから、ファルマーニを奪還せよ。


 それは美しき大天使ミヒャエル、聖カテリーナ、聖マルガンの姿をしていたという。

 その頃、ファルマーニ王国はアルディージャ王国に敗戦し続けて、ほとんどがアルディージャに征服されていた。


 そこで少女はファルマーニの王太子アルバートに話を持ちかけ、それを信じた王太子アルバートは彼女に手を貸した。


 少女は重要ないくつかの戦いに勝利し、結果王太子はファルマーニの王位を継ぐことができ、ファルマーニ王アルバート八世となれた。

――――



 コンコン。扉を叩く音に、開いていた古書を閉じると彼は扉の向こうに声をかけた。


 現れた男はある女性を監視するように任せていた異端審問官だった。

 男の名は確か。


「ジーン君、久しぶりだねぇ〜」


「ええ、お久しぶりです。局長」


 かなり昔に任務に就かせたものだから、名前はあやふやだったがあっていたようだ。


 10年以上も前に任務に就かせたのは自分だったが、今日まで忘れていたなんて、本当はもっと早く任を解いてやらなければならなかった。


「いや、そろそろ任務を解こうと思っていたところだよ。すまなかったね長い間」


 つけた任務はその頃異端だと判断された、10にも満たない少女だったはずだ。けれど結果として10年以上も何もなく、彼には悪いことをしたと思っている。


 けれど、短髪にした茶色の頭が左右に揺れた。


「いいえ」


「ん?」


「彼女はーー」


 報告を終えて、ジーンは早々に退出していった。


(参ったね)


 1人残った部屋で、彼は右サイドで1つにした太い三つ編みの夕陽のような赤毛を弄りながら考え込む。


 その右の白い手は先程まで開いていた古書に伸びている。

――――



 後に、少女は悪魔と呼ばれ

 その生涯を炎の中で終えた。



――――


 彼は立ち上がると、背中側にあったテラスの大きな窓へと近づいた。

 その先には建物の隙間から今にも沈みそうな彼の髪色と同じ夕陽が優しく照らしている。


「ーー凶とでるか吉とでるか」


 夕陽の最後の輝きを眺めながら、翠玉色の瞳を細めたのだった。


 


 ―――――――


 


(ーー・・・いい香り)


 ふわりと香るのはたぶんアッサムティーだろうか。ミルクで飲むのがアッサムは一番あう。

 香りに導かれて、エルーシャは重たい目蓋を持ち上げた。


「ーー起きたか、良かった」


(え・・・?)


 その声はここでは聞くことのないはずのものの声で、ぼやけていた頭が一気に覚醒する。


「にい、さま?!」


 勢いよく起き上がると、頭の中が回って思わず身体を支える。


「まる3日も眠ったんだ、そんないきなり起きたらだめだろう」


 呆れたような、それでいて心配するその声音は、やはり兄であるライアンのものだ。


「・・3日?」


 寝台から少し離れたところの丸いテーブルで、優雅に紅茶を飲む兄に、もう一度しっかりと顔を向けた。

 肩のあたりでバッサリと切られた自分と同じ色の金の髪を今は青色のリボンで1つに結んで、エルーシャより深い色の海の瞳を持つライアンは、深く頷いた。


「そうだよ。20歳になってまで心配かけて、君は困ったものだね」


「ご、ごめんない。・・兄さま、帰って来られたの?」


「ああ、そろそろこちらの領地にも顔を出さなければとは思っていたから」


「父さまは?」


「父さんまでは帰れないよ。向こうで仕事を押し付けて帰って来たんだ」


 お茶目に左目をウィンクしてみせる兄に、エルーシャは苦笑した。


 父エドゥアルトはこの国ファルマーニの宰相を務め、兄はその補佐をするため王都にいたはずだった。きっと今頃、王都の邸で発狂していることだろう。

 妻を病で早くに亡くしてからは、兄と自分はずいぶんと甘やかされ、息子離れも娘離れも出来ていないエドゥアルトを思うと、不憫でならない。


 それにライアンはただ領地の視察に帰っただけではないだろう。


「兄さま、ディオンから連絡ありましたわね」


 それは確信だ。

 あの日あの後どうなったかはわからないが、きっとディオンは連絡をしている。

 それを見て慌てて帰ってきたに違いない。


 ライアンは優しげにその青の瞳を細めるだけにとどまる。妹のエルーシャから見ても、兄はとても美しい容姿をしていた。それは一瞬見ほれてしまうほどに。


「ーーとりあえず飲みなさい」


 ライアンは器用にティーポットから、カップに紅茶を注ぎミルクを混ぜソーサーに乗せてエルーシャの元に持ってきてくれた。ティーカップも暖かい。きっと準備をしてくれていたのだろう。


「兄さまの紅茶は久しぶりだわ」


 嬉しくなって頬を緩めた。渋めに入れられた濃いブレンドティーはミルクと良くあい、目覚めには最高の紅茶だ。


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