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不幸姫の道端の天使  作者: 雪花
6/10

曲げられない運命


 彼女が屋敷にやってきて3ヶ月経つ。


 真っ直ぐな銀髪と、大きな瞳の金紫色の珍しい色彩の15歳前後少女は、記憶がないことを嘆くわけでもなく、感情も表立ってしっかりとあらわす、普通の少女だ。


 エルーシャは嬉しそうに馬に跨るシャナを微笑ましげに見上げていた。

 けれど少し前にディオンが言っていたことを思い出す。


『あの娘は普通じゃありませんよ』


『どういうこと?』


『普通じゃできないことをやってのける』


 気をつけて置くことに越したことはありません。

 普段ヘラヘラとしている彼だが、たまに護衛の顔になるものだから、その時は何も言えなかった。


 確かに一度だけ、首をかしげるようなことがあった。

 この間うちの女中(ハウスメイド)の1人が、給仕をしているときに足をつまずいて熱いポットを持ったままこけそうになったのだ。そのポットの先がエルーシャだったこともあってディオンが慌てて庇うように目の前に立ったのだ。けれどいくら待っても女中がこけることもなければ、熱いポットの中身が散ることもない。


『あっ、ありがとうございます』


 戸惑ったような声は女中の声だ。


『いいえ。間に合って良かったです』


 ポットを片手に、女中を支えてシャナはホッと息を吐き出していた。


 少し離れた場所にいたと思っていたが、近くにいたのだろうか。ディオンを見上げれば、酷く険しい顔をしていたのを覚えている。


(だけど、どう見たって普通の子だわ)


 嬉しそうに頬を緩めて、馬に乗る姿はなんとも絵になる。シャナには美しいとかそんな言葉より、可憐という言葉が似合うだろう。彼女は自分の容姿に余りにも無頓着なのか、エルーシャがいくら褒めたって、逆に褒め称えられるばかりなのだ。


(そういうところも可愛いけれど)


 自身も愛馬にまたがりながら、エルーシャは笑みをもらす。


(妹がいたらこんな感じかしら・・)


 兄が1人と、幼馴染のような兄弟のようなディオンに囲まれて育ってきたエルーシャには、それはなんともこそばゆい言葉だった。





 アルフォンス公爵領のモンテーヌ地方は、農業が盛んで、食の都とも呼ばれるほど美味しいものが溢れている。その理由の1つが気候だ。比較的南にあるため、冬の寒さも少なく雪が積もったこともあまりない。さらには、水には困らないほどの水脈があった。そのため、他では見られない品種の果物や、野菜がたくさん育つのだ。


 もちろん育つのは食だけではない。

 花だって、他とは比べものにならないほどの美しさを持っているだろう。最近では、花街道という観光名所まで出来ている。


 アルフォンス領主館はその街より少し山よりの、小高丘の上にあり街まで下りるには馬で15分ほどかかり、その街までの間は広大な農園が広がる。

 黄金色に広がる畑と、青葉色に染まる畑が、今年も豊作を伝えていた。


 シャナは見るもの全てが珍しいのか、きょろきょろと辺りを見渡して瞳を輝かせていた。

 記憶を無くした少女。それだけならば、ディオンはあまり警戒しなかったと思う。


 金と銀を乗せた二頭の馬の後ろをついて行きながら、

 鋭い目を向けた。

 あの日、つまづいた女中を助けた身のこなしは、普通の少女の動きではなかった。それは間違いない。

 けれど普段がどうかと聞かれれば、容姿だけのぞけばそこら辺の娘と変わらないのだ。


 ふと考えを巡らせていたら、エルーシャが馬から飛び降りて慌てたようにかけて行く。


(なっ・・!)


 驚いたのは一瞬だけだ。

 なるほど。収穫を終えた積荷を乗せた荷馬車が、横転していてたくさんの人が周りを囲っていた。

 あの様子では怪我人がいてもおかしくない。


 ディオンも続くように馬から降りてかけて行く。

 予想通り、怪我人がいるようですでにエルーシャが対応しているようだ。


 1人は荷馬車を引いていた農夫で、どうやら彼は打ち身程度で済んだらしい。


 けれどももう1人が重症だった。

 エルーシャの腕の中で今にも生き絶えそうな、10歳ぐらいの男の子で、横転した荷馬車の下敷きになったらしく、頭を強く打ったのか浅い息を吐き出しながら瞼を閉じていた。


「エルーシャ様!」


 ディオンが声をかければ、彼女は今にも泣きそうな顔で見上げてくる。


(これはもう間に合わない・・)


 少年の様子を見て、ディオンも顔を歪めた。それを見たエルーシャの頬をとうとう一粒涙が滑り落ちた。


 けれど、いくら良い医者が駆けつけたところで、いくら高名な魔術士がいたとしても、少年を助け出すことはできないだろう。

 俯く彼女を見て、妙な胸騒ぎを起こす。


「・・ダメだ。エルーシャ」


 この感じはそう、10年以上前のあの日を思い出すのだ。


『ーーあぁ!どうしてこの子が』


『ーー約束だ。その力は後にも先にも今日だけであったと』


『ーー頼んだよ。ディオン』


 その日から、護衛と主人として彼女を守り続けてきた。安全なこのモンテーヌという箱庭で、必死に守り続けてきたものが壊れようとしている。


(どうして今なんだ・・)


 ポツリ、ポツリ。


 先程まで快晴だったのに、空はいつのまにか大きな分厚い雲に覆われ、雨粒を落とし始めた。

 どうあっても、運命は彼女を見放してはくれないのだろうか。少年を恨まずにはいられない。


「ごめんなさい・・ディオン」


 もう一度顔を上げた彼女を見て、止められるはずがない。覚悟を決めなければならない。


 淡い光が彼女から発光して、輝かしいばかりに美しい花のような魔方陣が地面に現れる。彼女に詠唱なんて必要ない。


 彼女だけに許された力。

 次第に光は天へと伸びて、一瞬のうち目も開けられないほどの光を放った。


 それが間も無く収縮していくと、エルーシャは意識を手放してその場に倒れ、少年は緩やかな呼吸を繰り返していた。


 周りを囲っていた人々は何が起きたのかわからないのか、動くことをしない。けれどその顔は、驚きやはたまた恐怖に彩られている。


「エルーシャお嬢さまはいったい・・」


「今のは魔法なの?」


 口々に呟くように彼らに、とりあえずディオンは少年を預けた。


「この少年はもう大丈夫だから、早く皆はうちへ帰りなさい。この雨だ風邪を引いてしまうから・・」


 ディオンに声をかけられてからか、慌てたように皆動き出して横転した荷馬車は男どもが元に戻して、周りはいつのまにか人の姿は消えていた。


 けれど帰る間際まで、彼らはエルーシャを気にしているようだった。


「ーー私たちも帰りましょうか」


 今は気を失ってしまった彼女に話かける。


 目覚めた時、全てはやはり変わっているのだろうか。何も変わらないままではいられないのだろうか。

 エルーシャを抱え上げると、ディオンは置いてきた馬の方へ歩き出した。


 けれどふと足は止まる。目の前に銀色の少女が立っていたからだ。

 その銀紫色の瞳は何を考えているかわからない。微動だにしないまま、じっとこちらを見据えている。


(・・なんなんだ)


 いわれぬ違和感を覚えて、知らずディオンは抱える手に力を入れた。


「ーーまた繰り返されるの?」


「何を・・」


()()()()()は世界の敵ではないのに」


 驚いて、ディオンは目を丸めた。


「君はーー」


 いったい何者なんだ。そう続けようとした言葉は最後まで言葉にならならない。


「な、な!エルーシャ様!大丈夫ですか?!」


 血相変えて駆け寄ってきた少女は、いつものシャナに戻っていた。


「いったい何があったんですか?!ディオン様!」


「いや、・・・とりあえず邸に戻ろう」


 まるで今見たものが幻だったかのように。


 ディオンは一度深く呼吸をして、そう促した。



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