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不幸姫の道端の天使  作者: 雪花
3/10

シャナが生まれた日


『とりあえずは1ヶ月ほど安静になさって下さい』


『ええ、わかったわ』


『足の方が一番重症でしたが、他にも所々火傷の痕がありました。お可哀想にーー・・熱が出ておりますから、これは熱冷ましと痛み止めの飲み薬、塗り薬です』


『ありがとう、グエンザ先生』


『構いませんよお嬢様。では私はこれでーー』


 ボーとする頭に声が響いていた。

 薄っすらと目蓋を開けると、横にいた誰かがホッと息を吐いたのがわかる。


「目が、覚めましたか?喉乾きませんか?」


 声の主は女の人だった。柔らかな声音は、どこか落ち着かせるような声で、確認しようと横を向こうとしたのだけど、身体に鈍い痛みが走って諦めた。

 そのかわり喉は無性にカラカラに乾いていたので、頷いてこたえる。


「お口、開けて下さいね」


 言われて素直に唇を開けると、水差しが差し込まれて冷たい水が喉を潤した。

 そのあとすぐに「私は目覚めたことを伝えにここを離れますね」そう言って足音が遠のいて行った。


(今度も、どこだろう・・)


 目覚めら前は土砂降りの中山道にいたはずなのに、今度は寝台の上にいるらしい。きょろきょろ、目だけを動かして最低限のことを確認した。


 しかもなかなかに上等な天蓋付きの寝台だ。かけられた布団一枚にしても、敷かれたシーツにしてもこれ以上ないくらいの肌触りだ。


 身体の自由がきかないから、それ以上は確認できずにおとなしくしていると、扉の向こうが騒がしくなり、扉が開かれる。


(誰か入ってきた・・)


 身体を動かさないから、見ることもかなわない。

 足音は2つだ。

 足音はちょうど寝台の横で止まり、視界の端に豪奢(ごうしゃ)な黄金色が見えたかと思うと、それが視界いっぱいに広がる。


「ーーわ、!」


 驚きで思わず出た声に、目の前の空色の双眸は笑みを作る。


「良かったわ。目が覚めて」


 鈴の音のような声で心底安心したように頷いたその美しい人は、あの山道で出会った人だった。

 そう言えば、その後から記憶がないことに気づく。どういった経緯でこうなったのだろう。


 不思議に思っていると相手にも伝わったようだ。


「貴女ね、わたしを見た瞬間そのまま意識を失ったの。身体が限界を迎えていたのよ、高熱もあったしね。あの日から3日間貴女は目を覚まさなかったのよ」


 だから目覚めて本当に良かった。そう言って心底ホッとしたように彼女は息を吐き出した。


「・・ーーそれはどうもすいません・・」


 心配されたことにどうしようもなく申し訳なくなり、掠れた声で謝る。


 すると彼女の大きな瞳が釣り上がり、両方の頬をそれなりの強さでつままれた。


(い、痛い・・っ)


「貴女、凄い大怪我をしてるのよ!」


 どうやら彼女は怒っているらしい。わけが分からないが、とりあえず頬が痛い。涙が出るほどには痛いとわかってほしい。


 すると横から彼女を落ち着けるように、その両手を(なだ)めるように手が伸びてきた。


「エルーシャ様、大怪我してるんですからさらに痛みを与えてどうするんです」


 なかなかにいい声の男が、どこか可笑しそうに彼女ーーエルーシャにさとす。


 言われて気がついたようで、慌てて両手を離してくれた。けれどたぶんその両頬は赤く染まっていることだろう。鏡がないので分からないが、エルーシャが、微妙な顔をしていたのでそういうことだ。


 とりあえず怒りをおさめてくれたようで、話を変えるように彼女は薄紅いろの唇を開いた。


「まず貴女がどうしてあそこにいたのか、あんなーー・・」


 言ってからエルーシャの瞳は今は動かない足元の方に向いた。痛々しそうに眉根がよったのを見て、火傷のことを言ってるのだとわかった。確かにあんな酷い状態だったのだ、それは当然の反応だ。


 気持ちを落ち着けるようにエルーシャは一度息を大きく吐き出した。


「全部聞きたいのだけど、それは貴女が動けるようになるまで待とうと思っているわ」


 安心させるように微笑まれて、一瞬どうしようかと考えてしまう。

 けれど彼女の話は続く。


「だけど、名前だけは教えてほしいのよ。屋敷で働く者もそうだけど、わたしも貴女をなんて呼べばいいのか困るから」


 そう言われて理解はできた。けれど困った。名前と言われて答えられるものがない。はっきり言えば答えがない。

 記憶がないのだから当たり前だ。だから彼女に答えられるものが何もない。


 仕方ないので、意を決して口を開く。

「わかりません」と。


 あまり何も考えずに答えた言葉だったが、彼女が息をのむのがわかった。

 みるみるうちに眉を寄せて険しい顔になる。


「お答えしたいのですが、わたしは答えを持っていません」


 別に記憶がないことを悲しいなんて思わなかったけれど、何故か彼女が辛そうな顔をするのを悲しいと思ってしまう。


「わかったわ」


 辛そうに呟いたエルーシャにずきり痛む胸を不思議に思いながら、次の言葉を待った。


「では、今日からこう名乗りなさい」


 


 

 ―――シャナ、と。


 


 記憶喪失の少女はそうしてシャナになった。



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