プロローグ
最初は魔女だった。
次は聖女と呼ばれ、女神になり。
最期は悪魔と呼ばれた。
チリチリと痛みが広がって行く。
ーーー熱い熱い熱い。
もうそのすぐつま先まで広がった炎の海に、彼女は小さな息を吐き出すだけだ。
太い丸太にくくりつけられ、ロープが腕や身体に食い込んで痛い。
周りを囲む群衆は、その姿を見て止まるどころかそれを当たり前のように眺めていた。
ーーー彼女は悪魔だから。
誰が言ったか、彼女は悪魔に成り下がった。
最初にその力を欲したのは彼女と同じ人間なのに、彼女はその同じ人間の手で殺されようとしていた。
けれど彼女は、ホッとしてした。この死の状況下で、1人ホッと息をついている。
(ーー・・やっと、)
このどの群衆の一人一人よりも、彼女は一番自分の力を恐れ、恐怖していた。だから、そのことからの解放に、死ぬことの恐怖よりもこの上ない幸福に思えたのだ。
群衆の彼らに彼女のその気持ちは1ミリも伝わらないだろう。
炎が一層勢いを増す。
景色は真っ赤に染まりつつある。
思い残すことは彼女にはあまりになく、あるとするならば。
彼女を見守る夜空に輝く星々を見上げた。
「―――・・次の世は、幸せになりたい・・」
ひとしずくの涙を流して、彼女は業火に呑まれていった。
燃え尽きる間、彼女の悲鳴一つ誰一人として聞かなかったという。
ーーーーーーーーー
その日は晴天から一転、悪天の土砂降りだった。
「もう!なんてついてないの?!」
いい天気だからと、ちょっと遠乗りに出かけたのがわざわざいしたのか、エルーシャ=ディア・アルフォンスは、頬に張り付く金髪を鬱陶しそうに片手で払い、馬を走らせていた。
「エルーシャ様は本当についてないですよね」
エルーシャの馬と平行して、ディオン・ルーディは彼女自身自覚している余計なことを笑顔で言ってくる。しかも彼は無駄に顔が良いものだから、さらに腹がたつ。
「ディオン!お前本当に主人に向かって嫌味な奴よね!!」
「いえいえ、本当のことですから仕方ありませんよ。この間は何もないところでつまづいてその横の池に落ちて、魚とお友達になっていたでしょう。その前は、本棚から本を取ろうとして何故だか全部の本が棚から降り注いで、その前はーー・・」
「も、もう良いわ!」
楽しそうにその前は、その前はといつまでも続きそうなエルーシャの不幸を語るディオンを、彼女は慌てて止めた。
悔しいが、全部事実である。
アルフォンス公爵家の不幸姫とは世間では有名な話だ。
そのためか、20歳となる現在も嫁の貰い手はおらず、行き遅れの域に入っていた。
それさえなければ彼女はとっくの昔に嫁いでいてもおかしくないのだ。
今は濡れて輝きを失っているにしても、輝く黄金色の美しい髪を持ち、同じ色のまつ毛の下は空色の瞳。すらりとした肢体は出るところはちゃんと出ていて、少々おてんばな所を除けば、絵に描いたような姫君だった。
そんな完璧なエルーシャに、今まで縁談がなかったのかと言われればそんなことはない。
社交界にデビューを果たした16の頃は、数えきれないほどの縁談が舞い込んだものだ。不幸姫でも構わない。最初はみんなそう言った。
けれど結果として、皆最後にはこう言うのだ。
「この縁談はなかったことに・・・」
自分たちから縁談を持ちかけたくせに、まったく失礼な話ではある。
だが、縁談の場でも不幸姫は不幸だったのだから仕方ない。
出されたお茶を相手にひっくり返す。階段でつまづいてよろけた拍子に相手に寄りかかれば、相手だけ階段を転がり落ちる。果ては庭園を散歩していた時、沢山の鳥が頭上を飛び、隣を歩いていた相手だけに大量の糞を落として言った時には、エルーシャの頬も引きつったものだ。
そんなことが何度か続けば必然的に縁談話は少なくなり、とうとう途絶えてしまったのだ。
だからと言って彼女は別に卑屈になるわけでも、引きこもりになるわけでもなく、今日もこうして遠乗りに出かけて不幸を味わっていた。
「なんでもいいけど早く屋敷に帰るわよ!!」
再び馬に鞭を打ち付けスピード上げたエルーシャに、続けとばかりにディオンは鞭をを打った。
今日も今日とて不幸なエルーシャが、今日この日運命を左右する出来事が起きるなんて、その時は誰も彼もが知ることはない。